魔力至上主義世界編 - 26 泥草 VS 中神官 (2)
「神様、教団の人達が攻めて来たみたいです」
「思ったよりいっぱいるわよ」
アコリリスとネネアが弾正のもとに報告に来る。
弾正は陣幕の中にいる。
泥草街の一角に、戦国時代のような陣幕が設けられているのだ。
幕には、弾正の家紋である蔦紋が染め抜かれている。
その陣幕の中央で、弾正は甲冑に陣羽織を身にまとい、床几にどっかりと腰かけている。
側には刀持ち役の童までいる。募集をかけたところ、応募が殺到し、抽選で選んだのだ。童は誇らしげに刀を抱えている。
まるで戦国武将である。
いや、実際に100年以上前、この男は本物の戦国武将であったのだが、しかし今、泥草街でわざわざこんなものを拵えているのは、完全に趣味である。気分を出すためにやっているだけである。
もっとも、皆、「神様だから」と言って気にしていない。
「ほう。ぞろぞろと大勢参ったか」
弾正は床几に腰掛けたまま、重々しくうなずいた。
「よかろう。存分にいたぶってやれ。泥草街には一歩も入れるな」
「はいっ!」
アコリリスは弾正に命令されるのが嬉しいとばかりに、ぶんぶん首を振ってうなずいた。
◇
一方、その教団側はと言うと、落ち着きを取り戻していた。
「泥草たちがあんなにも豊かなのは、天使様のお力を奪って幻覚を見せているからである。しかし、安心しろ。やつらには幻覚を見せるのが精一杯。それ以上のことはできない」
このような「事実」が中神官たちの名前で、市民兵や教団の兵たちに伝達されたことで、平常の心を取り戻したのである。
ツッコミどころの多い理屈ではあるが、ともかくも中神官様の言うことである。間違っているはずがないのだ!
「要するに泥草どもが卑怯なことをしているんだな」
兵たちはそう理解した。
続いて、伝令が届いた。
「市民兵たちを泥草街に攻め込ませろ」というものである。
が、ここで問題が生じた。
ガラスの城壁をどうするか、である。
神官たちは「こんなの幻覚だ!」と言い張るが、叩くとコンコン音がする。
蹴り飛ばしてもビクともしない。
よじ登ろうとしても、つるつるしている。
幻覚だろうが何だろうが、これがあるために中には入れないのは事実である。
「門を探せ!」
市民兵の指揮官はそう叫んだ。
「あっちにあります!」
「1つだけか?」
「1つだけのようです」
市民兵たちは、泥草街唯一の門の前に集まる。
大きく分厚い石造りの門は、鉄製の見るからに重そうな扉で固く閉ざされている。
あれを叩き破るなり乗り越えるなりしなければ、泥草街には入れない。
「行くぞ!」
指揮官がそう声を張り上げた時である。
門の上に何かがいる。
人だ! 人がたくさん浮いているのだ!
「な、なんだ、あれは?」
「て、天使様か?」
「違う! あれは……泥草どもだ!」
泥草の証である赤くない目をした人間が、何百人と門の上に、また壁の上に浮いているのだ。
指揮官は瞬時に判断をした。
「あいつらからやれ! ハエみたいにブンブン飛んでやがる泥草どもを血祭りにあげるんだ!」
兵たちはただちに攻撃を開始した。
宙に浮く泥草たちに向けて矢を放つ。槍を投げる。スリングを使って石を投じる。魔法を放つ。
が、まるで効かない。
いずれも、バリアに当たったかのように弾き返される。
「くそ! 死ね! 死ね!」
口々にそう叫んで攻撃をするが、すべて跳ね返される。
そうこうしているうちに、泥草たちの攻撃が始まった。
彼らの手元が光ったかと思うと、ものすごい速さで小さな塊が飛んでくるのだ。
塊は、兵たちの腕に当たる。足に当たる。
「ぎゃっ!」
「ぐあっ!」
兵たちは口々に悲鳴を上げる。
肉にめり込む音がする。
骨の折れる音がする。
兵たちは次々とうずくまり、動けなくなる。
石である。小さな石が次々と飛んできては、兵たちを痛めつけているのだ。
無論、石であれば兵たちも投げている。スリングという投石道具を使ってぶん投げている。
が、泥草たちが放つ石は、それよりも遙かに速く、狙いも確かなのである。
兵たちが放つ石が山なりにポーンと飛ぶとしたら、泥草たちの石はビュンと弾丸のように飛んでくる。
そして確実に兵たちの戦闘能力を奪っていくのである。
「ひ、ひえええ、た、助けて!」
そう言って、逃げようとする市民兵も、そのほとんどが足を撃たれて倒れる。
おおよそ15分もすると、市民兵は9割方、倒れていた。
逃げおおせた者は1割に満たない。
気絶する者、痛みのあたり動けない者、ショックでへたり込んでしまっている者。もはやこの場で戦える者は誰もいなかった。
全滅である。
◇
「し、市民兵が、ぜ、ぜ、全滅しました!」
この知らせが伝令から舞い込んだ時、中神官たちは絶句した。
しばらくして、ようやくドミルが口を開く。
「て、敵に与えた被害は?」
「……皆無です」
「バカな!」
ドミルは叫んだ。
「相手は泥草だぞ! 出来損ないのクズだぞ! それを労働者とはいえ市民が2000人も集まって、何もできなかったというのか!」
「そ、その、泥草たちは空から、ものすごい勢いで石を飛ばしてきまして、それで、その、全く太刀打ちできなくて……」
「魔法はどうした! 市民でも少しは魔法が使えるだろう!」
「え、えと、その……ま、全く……効きませんでした……」
「何をやっているのだ!」
ドミルは怒り狂った。
「どうせ泥草のつまらない幻覚に惑わされたのだろう! 市民ともあろう者が情けない! 皆さん、そうは思いませんか?」
ドミルが中神官たちに向き直ってそう言うと、中神官たちもはっとした顔をする。
「そ、そうですな。情けないことです」
「そもそも市民兵などを頼ったのが間違いでした。ここは我ら自ら、直々に泥草どもを成敗すべきでしょう」
「そうですとも! 我ら神官たちに比べれば、泥草などゴミ同然のクズ。残らず血祭りに上げてやりましょう」
中神官たちが口々にそう言うのを聞いて、ドミルはうなずいた。
「ではさっそく攻撃の準備を……」
「た、大変です!」
伝令が勢いよく駆け込んでくる。
これから攻撃に移ろうというところで邪魔をされ、ドミルは不機嫌そうに言う。
「どうしたんだね、いったい」
「で、で、泥草ども……」
「あのクズどもがどうしたのかね」
「こちらに向けて……我ら聖職者たちに向けて攻撃してきています!」
「な、な、なんだって!」
泥草たちは市民兵を全滅させると、そのまま空を飛んで、聖職者たちの陣まで攻め込んできたのだ。
空中から放たれる高速かつ正確無比な石つぶてに、魔法兵や神官たちは次々と腕を撃たれ、足を撃たれ、戦う力を失っていく。
「魔法を! 魔法を放て!」
「もう放っています!」
見ると、遠くの方、聖職者の陣の端のほうで、空を飛ぶ泥草たちに向けて、赤い弾丸がいくつも飛んでいっているように見える。
けれども弾丸は、泥草たちに当たると、ぱっ、ぱっと弾かれる。まるで効いているように見えない。
「な、なんだ、あれは!」
「わかりません! で、ですが、ともかくあのように魔法が全く効かないのです!」
「バカな! 相手は泥草だぞ! できそこないだぞ! そして我らは神の祝福を受けし者たちなのだぞ! 神に選ばれし者たちなのだぞ! なぜそんな我らの魔法が効かぬのだ! ありえぬではないか!」
「そ、そうはおっしゃいましても……」
空を飛ぶ泥草たちは、まるで数を減らしているようには見えない。
一方で、聖職者たちはというと、泥草たちが石を飛ばすたびに悲鳴を上げ、1人、また1人と倒れていく。
「おのれ、泥草どもめ!」
中神官たちは怒りの声を上げた。
「死ねえ!」
と言って、魔法を放つ中神官もいるが、遠いためか当たらない。
「もっと近づきましょう」
「そうです。ここは、神から特別に加護を受けた我らがやらねばなりません」
「それに我らの服は、特別製の法衣。泥草どもが投げる石コロなんて弾き返してくれるでしょう」
中神官たちが着ているのは、大神官の白銀糸の服には及ばなくても、それなりのバリアを発生させて攻撃を防ぐ効果のある貴重な服である。
この服を身にまとえるのは、中神官以上にのみ許された特権であり、彼らはいつも自らの法衣を誇りに思っているのだった。
「さあ、行きましょう」
ドミルの言葉に、イリスを支配する7人の中神官たちは、多数の小神官や魔法兵たちを引き連れて泥草たちのいる最前線へと向かう。
進むごとに、戦闘を繰り広げている様子が見えてくる。空飛ぶ泥草たちの姿がくっきりと見えてくる。
「ここまで近づけば魔法も届くでしょう」
「そうですね。今度こそ、あの泥草どもに裁きを食らわせる時が来ました。行きますよ!」
中神官たちは手を構える。
「撃て!」
ドミルの号令と共に、魔法が放たれる。
この世界は、魔力の強いやつほど偉いという価値観である。
そんな世界で中神官になるためにはトップクラスの魔力が必要である。
中神官たちは、その並外れた魔力のおかげで、子供の頃からエリートとして扱われ、尊敬と羨望のまなざしを受け続けてきたのだ。
その自慢の魔法が、いま放たれた!
赤く大きな7つの光の弾丸が、すさまじい速さで空にいる泥草目がけて飛んでいく。
中神官たちは、泥草たちが血をまき散らしながら、ゴミのように落ちてくると確信し、笑みを浮かべた。
ぽふっ。
魔法は全て弾かれた。
泥草たちは、風でも当たったかなと、という程度の様子である。
「へ?」
「はへ?」
「ほふぁ?」
中神官たちは目をぱちくりさせた。
何度もまばたきをした。
服の裾でゴシゴシと目をこすった。
何も変わらない。
泥草たちは変わらず空を飛んでいる。
魔法はまるで効いていないのだ。
「バ、バ、バ、バカなあああーーー!」
「な、な、なああああああ! なああああああ!」
「ま、まほ、魔法が……魔法が弾かれた……?」
中神官たちはアゴが外れるかというくらい、口をあんぐりさせるのだった。




