魔力至上主義世界編 - 25 泥草 VS 中神官 (1)
[前回のあらすじ]
職人たちは全員、舌を「何を食べても腐った生ゴミの味しかしない」ものに変えられてしまった。
彼らが泣いて許しを乞うたところ、弾正は「教団にケンカを売り、泥草たちの下で働く」という条件で舌を元に戻してやると言った。
「意外じゃったなあ」
「誰も条件を受け入れませんでしたね」
弾正の誰にともなく言った言葉に、アコリリスが返事をした。
結局、あのあと職人たちは、全員、今の舌のまま生きていくことを選んだのだ。
「本当にそれでいいのか?」
弾正はあらためてそう問いただしたが、職人たちの返答は変わらない。
「きょ、教団に逆らうなんて、と、とんでもねえ……い、いやだ……いやだ……」
「ひっ、か、かんべんしてくれ……教団にケンカを売るって、あんた正気かよ……拷問の末に殺されちまうじゃねえか……」
職人たちの反応はこんな具合である。
「思うに、やつらは、わしら泥草よりも、教団のほうが遙かに強大で絶大だと思っておるのじゃろうな」
「教団のほうが強大ですか」
「さよう。そんな強大で絶対的な教団に逆らうなどとんでもない。神に歯向かうようなものだ。待っているのは、投獄・拷問・処刑。とまあ、こう思っておるのじゃろう」
教団というものは思ったよりも強い影響力を持っているようである。
その教団を、弾正はゴミにしようと思っている。
ゴミにするには、教団そのものを力づくで叩き潰しても意味がない、そんなことをしても雑草を引っこ抜くようなもので、また新しい雑草が生えてくるだけである。
教団のような存在が生まれてくる土壌そのものを破壊しなければならない。
「そのためには謀反を加速せねばならぬな」
◇
職人たちが追い返されてから2週間が過ぎた。
その間、いくつかの集団、例えば裕福な商人と彼の雇う私兵たちとか、腕っ節自慢の連中とか、そういった連中が泥草街を襲撃した。
彼らは口をそろえて「飯をよこせ!」と言う。
「お前ら泥草だろ? 泥草の分際で、あんな美味い飯を食うなんて無礼なんだよ。泥草は腐った残飯でも食っておけばいいんだ」
そう言って、泥草たちを高圧的に脅す。
みな、撃退された。
彼らは職人たちと同様、腐った残飯の味しか感じられないように舌を変えられた。
みな、泣いて許しを乞う。
「お、お願いです! 許してください! こんな……こんな舌、いやです! 元に戻してください!」
「しからば、わしらに土下座いたせ。そして、教団に『お前らは間違っている』と実名で手紙を書き、今後はわしら泥草たちの下で働くのじゃ。さすれば許してしんぜよう」
「ひ、ひいっ! きょ、教団に歯向かうなんて、こ、殺されちまう! い、いやだぁ!」
けれども、教団に逆らうことは拒む。
「やはり謀反の加速が必要じゃな」
弾正はより一層、そう自覚するのだった。
◇
一方、教団にも動きがあった。
泥草街を叩き潰す準備ができたのだ。
4000人の聖職者と、2000人の市民兵、合計6000人の大部隊。その準備が整ったのだ。
その日、イリスの全ての聖堂は閉鎖され、唯一開かれた大聖堂で、中神官たちによる厳かな儀式が行われた。
「おお、神よ! 泥草どもは、天使様のお力を卑怯な手で奪いました。ですが、しょせんは泥草。天使様のお力を使いこなせるはずがありません。必ず我らが泥草どもを駆逐してみせます」
このように、よくわからない理屈を述べる。
彼らの理屈はこうだ。
泥草たちが空を飛んだりしているのは、天使様から卑怯な手で奪った力によるものである。
↓
え? じゃあ、泥草に勝てないじゃん。天使様の力、持ってるんでしょ。
↓
大丈夫。泥草ごときが天使様の力を使いこなせるわけがない。
↓
え? でも、実際空飛んだじゃん。
↓
あれは幻覚。泥草どもには幻覚を見せるのが精一杯。正々堂々と正面から戦えば勝てる。しょせんは泥草。弱い。
とまあ、このような複雑な「真実」を神官たちは聖典から導き出したのだ。
かなり無理のある理屈ではあるが、自分たちが正しいと信じる神官たちにとっては立派な「真実」である。
「さあ、準備は済んだ。今こそ不届きなる泥草どもを、イリスから駆逐しようではないか!」
大聖堂前の大広場に、あふれんばかりに集まった6000人の部隊に向け、最年長の中神官であるドミルが言うと、みな「おおーっ!」と声を上げた。
泥草街への攻撃の時が来たのだ。
部隊は意気揚々と泥草街に向かう。
みな、陽気である。
誰も負けるとは思っていない。
神官たちはこのようなことを楽しげに語り合う。
「どれだけ圧勝できるかが肝ですぞ」
「そうですな。泥草ごとき、ただ叩き潰しても何の自慢にもならない。完膚なきまでに、圧倒的に叩き潰してこそ、初めて意味がありますからな」
「その通りです。そうして、やつらを全員ゴミのような死体に変えて……まあ、もとからゴミですが、ともかくもそうやって本来あるべき姿にしてやれば、一連の騒動も収まることでしょう」
「いやあ、ほっとしますなあ。実は私、今夜、盛大なパーティーを準備しておりましてな」
「お、いいですなあ。一緒に酒池肉林としゃれ込みましょう」
市民兵たちも似たようなものである。
「あいつら、泥草の分際で美味い飯を持っているらしいからな。片っ端からぶっ殺して、俺らのものにしちまおうぜ」
「そうだな。食うもよし。売るもよし。楽しみだぜ」
「俺は、泥草どもをぶっ殺すのが楽しみで仕方ねえや。前に教団の許可をもらって泥草をぶっ殺したことがあったんだけどよ。槍でぶっ刺すと、口をパクパクさせて泣きながら倒れるのな。あれ、結構、面白いぜ」
「マジかあ。俺それやったことねえわ。わくわくしてくるなあ」
彼らは笑い合いながら道を進む。
行軍は順調そのものだった。
中世の狭い道を使って6000人を移動させるのには苦労したが、それでも昼前には泥草街を包囲したのだった。
泥草街はイリスの隅にある。
泥草街と市民達の住む区画との間には、何もない土地が広がっている。
気味の悪い泥草たちには近寄りたくないし、見たくもない、と市民たちは思っているため、緩衝地帯が設けられているのだ。
その緩衝地帯に、6000人の部隊が展開し、泥草街を取り囲んでいる。
ここまでは順調に見える。
ところが、取り囲む兵たちは唖然としていた。
第一に驚愕したのは、ガラスの壁である。
泥草街を取り囲むようにして、高さ10メートルはあるであろうガラスの壁がそびえ立っているのだ。
「はあ?」
「へ? え? あれ?」
「な、な、なにあれ? ね、ねえ、なにあれ?」
「う、うそだろ、あれ全部ガラス? い、いやいや、そんなまさか……え、本物? うそ? うそだ……うそだ……」
中世という時代、ガラスは黄金にも匹敵するほど高価な代物であった。
そのガラスで城壁を作るなど、常識外にも程がある。
現代の感覚で言えば、札束か純金で壁を作るようなものだろう。
しかもそのガラスは、濁ったところも歪んだところもなく、透明かつ滑らかで、キラキラと光ってすらいるのだ。
これだけ見事かつ巨大なガラスなど見たことがない。
兵たちは信じられないものを見た思いでいっぱいだった。
第二に驚愕したのは、そのガラスの壁の向こう側に広がっている光景である。
ガラスは分厚いが、それでもよく透き通っていて、向こう側がよく見える。
その向こう側に、高級住宅街でもありえないほどの立派な街並みが広がっていたのである。
白い石畳で丁寧に舗装された道。
大きく真っ直ぐにそびえ立つ、数々のきれいな建物。ぜいたくなことに、どの建物もガラス窓がふんだんに使われている。
店先には、様々な食べ物や衣服や雑貨があふれんばかりに並べられている。滅多に手に入らないような貴重な食材や、金銀宝石が惜しみなく使われたグラスなどが大量に陳列され、見るからに豊かそうである。
あそこにあるものを一抱え持って帰るだけで、兵たちの一生分の収入を遙かに超える財産になるだろう。
道を歩く人々は色とりどりの見るからに高級そうな服を身にまとっている。婦人などは、きらきら光る宝石のネックレスや指輪を、派手になりすぎない程度に上品に身につけている。みな、色つやの良い肌をして、楽しそうに笑っている。
広場と思わしきところには、噴水が設けられ、精巧な彫像から透明な水が吹き出ている。
噴水の周りには人々がゆったりと腰掛け、思い思いの時間を過ごしている。
中には空を飛んでいる者もいる。
彼らは建物から建物に飛び、道の上を飛び、噴水の上を飛ぶ。
楽しそうにはしゃぐ声が、こっちまで聞こえてくる。
ごちゃごちゃして、汚くて、飢えと貧困に苦しむ中世とは正反対の光景がそこにはあった。
兵たちはみな、呆然とした声を上げる。
「な、なんだよ、あれ……」
「泥草街って、汚いあばら屋が並んでいるだけじゃなかったのかよ……」
「意味わかんねえよ、おい……なんで泥草どもが、あんなきれいな街に住んでるんだよ……なんであんないい暮らししてんだよ……おかしいだろ……絶対おかしいだろ……」
中神官たちもまた、初めて見る泥草街の光景に唖然としていた。
「な、なんですか、これは……」
「う、嘘です! 泥草どもがあんな……私たちよりも良い服を着ているだなんて、私たちよりもきれいな家に住んでいるだなんて、あ、ありえない! こ、こんなの嘘です!」
「ひっ、こ、こんな……泥草の分際でこんな豊かな……何かの間違いだ……間違いに決まってるんだ!」
自分たちの着ている立派な法衣が、みすぼらしいものに見えてくる。みじめな気持ちになってくる。茫然自失とする。
真っ先に立ち直ったのは、最年長の中神官のドミルだった。
「み、皆のもの、落ち着きなさい」
「し、しかし……」
「あれは泥草どもの幻覚です」
中神官たちは一同「あっ!」と声を上げた。
彼らにとっての「真実」を思い出したのだ。
「そ、そうでしたな!」
「い、いやいや、うっかりしておりました」
「なるほど。あれはやつらの精一杯の幻覚。見栄なわけですか。たしかに、泥草にはそれがお似合いですな」
中神官たちは口々に賛同した。
「わかっていただけましたな。さあ、まずは、泥草どもがいかに卑怯で腐っているかをみなに知らせるのです。そうして、みなが落ち着いたら、まずは市民兵どもに攻め込ませましょう。しょせんは泥草。やつらに戦う力なんてありません」
ドミルが言うと、中神官たちはそろってうなずくのだった。
過去の話はちょいちょい改訂しています。
基本的に、誤字脱字修正とか、細かい描写の改善とかですので、特に再読して頂かなくても大丈夫です。
もし、内容に大きな変更のある改訂の場合、この場でお知らせします。
もうそんな変更はないはず……ですが。




