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魔力至上主義世界編 - 21 皆殺し計画

 弾正(だんじょう)は咳払いをする時、「おほん」とか「ごほん」とか言わない。

 必ず「むっほん」と言う。

 謀反(むほん)が大好きなあまり、咳払いも自然とそうなってしまうのだ。


 塔を建てた翌日、弾正は「むっほん」と言いながら、岩の城を出た。

 泥草(でいそう)街をゆっくりと歩く。

 足下には石畳の敷かれた道が真っ直ぐに伸びている。

 道の両側には、しっかりとした作りの住居や店舗が建っている。

 店先には、新鮮そうな食材、高級感の漂う雑貨などが並べられている。


 道行く人々はつやのある顔をして、色鮮やかな服を身にまとっている。

 女からは下品にならない程度の、ほんのりとした香水の香りが漂う。


 彼らは、弾正に気がつくと、驚いたような顔をする。それから慌てて頭を下げる。

 日ごろ、黒幕として鎮座し、あまり表に出て来ない弾正の存在にまず驚き、敬意を払うべき存在であることに気づいて慌てて頭を下げたのだ。

 小袖に肩衣(かたぎぬ)、袴に大小二本の刀、大きく(まげ)で結われた黒々とした総髪に、悪そうな顔、と見るからに異質な出で立ちなので、一目でわかる。


「おもてを上げい」


 弾正はそれだけ言うと、さっさと先に行く。

 人々は別段、気を悪くした様子でもない。


「あれがあの、アコリリス様と共に我らを導いてくださった神様だよ」


 こんな風に好意的にささやき合いすらする。

 神の子であるアコリリスが、日ごろから弾正のことをそう宣伝しているからだ。


 そのアコリリスとばったり出会う。

 何かの視察中だろうか。

 今日はネネアと、背の高い宝石団員のルートを連れている。


「か、神様! こんなところに! わあっ、わあっ!」


 アコリリスは真っ先に弾正の存在に気づくと、ご主人様を見つけた子犬のように、顔をほころばせてタタッと側に駆け寄ってくる。

 人前なので頭をなでたり、あごの下をこしょこしょしたり、頬を両手でさすりさすりしたり、といったことは求めないが、それでも嬉しかったのだろう。


「神様っ! 神様っ!」


 そう言いながら、ぴょこぴょこ跳ねる。


「珍しいわね。どうしたの?」


 ネネアが言う。

 普段の弾正なら黒幕として岩の城に鎮座していたはずだ。外に出るにしても、目立たぬ姿に変化(へんげ)している。

 それが今は、素のままの姿で、こうして泥草街を歩いている。


「さて、どうしてかのぉ」


 弾正は言った。

 彼自身もよくわからなかった。


 昨日、塔を建てた。

 実のところ、あのような巨大建築を手がけるのは、日本にいた頃以来であった。

 岩の城は作ったが、あれはすでにある岩山をくりぬいたものであり、1から建築を手がけるのは、大和国(今の奈良県)に城を建てて以来である。

 それで、ふと日本のことを思い出した。

 戦国武将として日本を駆け回っていたのは、もう100年以上も昔のことである。

 懐かしさと切なさと様々な思い出とが入り交じり、何とも言えぬ心持ちになった。

 そうして気がつくと、日本の戦国武将の出で立ちのまま、こうして表に出てきてしまったのである。


「でも嬉しいです」


 ルートが言った。


「嬉しい?」

「はい。やはり神様のおかげでここまで来れたのですから。そうやってお姿を見せてくれると、嬉しくなります」

「そういうものかのぉ」


 弾正はあごを撫でた。

「むっほん」とひとつ咳払いをする。

 謀反は変わらず大好きであった。



 弾正が咳払いをしていた頃、イリスの市民は度肝を抜かれていた。

 泥草街に50メートル級の塔が建っていたのである。


 昨日はこんなものなかった……はずである。

 実のところ、昨日は、泥草たちによる食べ物降下が久しぶりに、かつ大規模に何度も行われた。いまや、泥草の飯はめったに味わえないものとなってしまったため、久しぶりの大チャンスとあって、市民たちはすっかりそちらに夢中になってしまったのである。

 泥草街のほうなどよく見ていなかった。

 それでも一部の市民は、何やら泥草街に妙な物が建ちつつあることに気づいていたが、食べ物集めで殺気立っている大多数の市民たちにそんな話を聞く余裕はなかった。

 で、翌朝になって落ち着いて、こうして見事な塔が建っていたことに気がついたのだ。


 50メートルというのは、現代で言えば15階建てのビル程度の高さであるが、高層建築というものが少ないこの時代、この高さの建物は遠くからでも十分に目立つ。

 そんな目立つ建物が、わずか1日で建てられたのである。

 いや、目立たない土台の部分とか、下の階とかは、前日や前々日のうちに作られていたのかもしれない。1日で作られたのは、遠くから見える上の部分だけかもしれない。

 が、それだけでも十分に驚きであることに違いはない。

 人々はびっくりぎょうてんしてしまった。


「……な、なあ、なんだ、あれ?」

「何って、えっと、城……いや、塔……かな?」

「いや、あんなもん、昨日までなかっただろう」

「なかった……よな……」

「じゃ、じゃあ、なんだよ、あれ……? なあ、なんだ?」


 神官たちもまたびっくりした。

 彼らもまた、昨日は天使騒動でてんやわんやで、泥草街のほうなど、ゆっくり見ているひまなどなかったのだ。


「ちゅ、ちゅ、中神官様!」

「なんだね、騒々しい」

「た、た、た、大変です!」

「何が大変だというのだね。もう少し私のように落ち着きなさい。私が若い頃はだねえ」

「と、ともかく、窓の外を見てください!」

「まったく、いったい何が……は? へあ? え? はああああーーー!?」


 中神官は叫んだ。窓の外には昨日までなかったはずの、塔が建っていたのである。

 重厚な石造りの壁にガラス張りの窓がはめられた、現代人が見ればレトロなデザインのビルだと思ってしまいそうな、そんな塔がいつの間にかそびえ立っていたのである。

 場所はどこかはわからないが、中神官のいる聖堂からはだいぶ遠い。

 逆に言えば、遠くからでも見えるくらいに高いということである。


「いいい、いったい何が? 何が!? 何がぁーーー!?」

「ちゅ、中神官様、落ち着いてください!」

「あ……あー、ごほん。……いったい何があったんだね?」

「いえ、わたしもよくわからないのですが、外を見てみたら、いきなりあんなのが……」

「あれはどこだね?」

「たしか、泥草街です」

「泥草街……」


 中神官にとって、泥草というのは、今や聞くのも嫌な言葉である。

 天使騒動では、中神官たちは「天使たちは本物だ」と公式に認定してしまったのである。

 その直後に「天使は実は泥草だった」と判明してしまった。

 恥である。

 それどころか、このままでは、絶対的に正しいはずの教団が間違いを犯してしまったことになる。

 どうにかして、取りつくろわないといけない。

 大神官と高等神官が帰ってくる前になんとかしないといけない。


 その泥草がまた面倒なことをやってくれたのである。

 中神官は頭がくらくらするのを感じながらも、何か心を安心させる材料はないかと視線をさまよわせる。

 何かないか? 何かないか?

 見つかった。


「……いや、確かに驚いたが、よく見ると大聖堂ほどではないな」

「んん……まあ、確かにちょっと小さいくらい……ですかね?」

「そうだ。しょせんは泥草。我々には及ばないということだ」

「まあ……そう……ですね」


 問題はわずか1日であんな建物が建っていたことではなかろうか、と中神官の部下は思ったが、口には出さず、同意しておいた。



「というわけで、あの塔はただのこけおどしです。大聖堂には遠く及びません」


 翌日、中神官会議の席で、中神官の1人がそう発言すると、出席者は口々に同意した。


「まあ、言われてみればそうですな」

「いきなりあんな塔が建っていた時は、ちょっとびっくりしましたが、しょせんは泥草。分際をわきまえているということでしょう」


「我々は正しい」という世界に生きる中神官たちにとって、泥草ごときが自分たちよりも優れた建造物を作るなどあってはならないことである。

 そうやって一通りこき下ろすと、もう話題は次に移る。


「あんなこけおどしより、問題はこれからどうするかですよ」

「と、おっしゃいますと?」

「例の計画です」

「ああ、あれですか」

「兵たちの準備は整いつつありますか?」

「もう少し時間がかかります。何しろ大人数ですので、いろいろと手続きやら、取り仕切りやらで大変で」

「やり方は問いません。ともかく人数を集めるのです」

「まあ、任せてください」


 中神官たちは「天使たちは本物だ」と公式に認定してしまっていた。

 この失態をどう取りつくろうか?

 彼らの出した結論は「泥草街を叩き潰してうやむやにする」である。

 聖職者たちと市民兵とで泥草街を攻めて、泥草どもを皆殺しにし、一連の騒動をなかったことにしてしまおう、という作戦である。


 一応理屈も用意してある。


 イリスに現れた天使たちは、確かに途中までは本物の天使様だった。

 だから教団も、本物だと認定した。

 しかし、途中から不届きな泥草が、卑怯な手で天使様たちの力を奪ってしまったのだ。

(以降、聖典からの引用とその解釈が延々と続く)


 とまあ、こんな理屈である。

「卑怯な手」とは何か? 「力を奪う」とはどういうことか?

 正直よくわからない理屈である。


 が、神官たちはこの理屈を本気で信じている。

 彼らにとって、自分たちは絶対に正しい。

 正しい自分たちが、真理が書かれた聖典を読み解いた末に辿り着いた理屈である。

 間違っているはずがないのだ!


 あとはともかくも力である。

 圧倒的な力さえ見せつけてしまえば、無理な理屈でも通る。


 イリスには約4000人の聖職者がいる。

 中神官、小神官、魔法兵、魔法兵従者などである。

 全員、高レベルの魔法の使い手である。


 この4000人の聖職者に、市民兵2000人を加えて攻めることが決まった。


「泥草どもは3000人。この人数で十分皆殺しにできるでしょう」

「ですな。魔法が使える我らが、出来損ないである泥草に負けるはずがありません」

「ただ、出来損ないとはいえ、相手は3000人ですぞ」

「さよう。万が一、聖職者に被害が出ては、責任問題になりますぞ」

「だったら、市民からも、2000人ほど雇ったらどうです? 貧しい労働者なら食いつくでしょう」

「いいのですか? そんな貧しい連中なんて、たいした武器も持っていませんよ?」

「なあに、相手は貧相で貧弱な泥草どもです。十分でしょう」


 とまあ、こんな会話が交わされたのである。


 これら合計6000人で泥草街を攻める。

 作戦はこうである。

 まず市民兵2000人どもを突っ込ませて、泥草どもを痛めつける。

 そうしてやつらが疲れているところを、遠くから魔法を放ち、皆殺しにする。

 だいたいこんなところである。


 もっとも、4000人の聖職者と、2000人の市民兵を集め、組織化し、動けるようにするには時間がかかる。

 だが、準備が整った(あかつき)には、不届きな泥草どもは全員物言わぬ(むくろ)と化しているだろう。

 そうすれば何もかもが解決する。


「天使騒動といい、塔の騒動といい、正直よくわからないことばかりでしたが、これでやっと落ち着きますな」

「ええ、どうにか大神官様と高等神官様がお帰りになる前に、片が付きそうです」


 神官たちはすでに勝った気でいた。

毎日更新が限界になってきました。

そろそろ不定期更新になるかもしれません。

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