魔力至上主義世界編 - 20 塔を建てる
天使の正体が判明してイリスの街中が大騒ぎになっていた頃、泥草街ではこんな会話が繰り広げられていた。
「塔を建てるぞ」
「塔……ですか?」
弾正の言葉にアコリリスが聞き返す。
「さよう、泥草街に天下無双の塔を築き上げる」
「塔を建ててどうするのよ?」
ネネアが聞く。
「謀反魂じゃ」
「は?」
「謀反魂じゃよ。でかい塔。そびえたつ塔。そこには謀反の魂がこもっておる」
「……ごめん、言っている意味がよくわかんない」
「大聖堂という建物があるじゃろう?」
ネネアの言葉を無視して、弾正が言う。
「はい、あります」
「ちょっと、あんた、人の話を……」
「イリスの市民どもは、あれを誇りに思っておる。そうじゃろう?」
「はい、とても自慢してます」
「……まあ、そうね」
大聖堂は教団の本拠地である。高さが70メートルあり、イリスで一番高い。現代で言えば20階建てのビルに相当する。
これほどまでに高い建物は大陸中探しても他になく、イリスの聖職者や市民たちはこれを大層誇りに思っていた。
「であれば、もし、あれより高い建物を我々が建てたら、あやつらはどう思うかのぉ?」
「わっ! そ、そうです! きっと歯ぎしりして悔しがります! 素敵な案です! さすがは神様です!」
「……あんたらしい企みね」
こうして塔を建てることが決まった。
◇
泥草たちの中には、建築が得意な者が多い。
彼らは一寸動子で木材や石材を作れる。
その木材や石材に飛行成分を与えて運ぶ。積み上げる。組み立てる。
釘やセメントはいらない。一寸動子があれば、物体同士を原子レベルで接合することができるからだ。
ハシゴや足場もいらない。飛べるからだ。
そうやって、あっという間に建物を作る。
「そんなそち達の建築の腕前を見込んで言う。立派な塔を建てて欲しいのじゃ」
弾正は、宝石団の建築部門の長に言った。
長と言っても宝石団員なのでまだ童なのであるが、建築が得意な泥草たちをまとめて、なかなかうまく取り仕切っているという。
長自身が高い一寸動子の能力を持っていることが、取り仕切る上で説得力を持たせているのかもしれない。
その長は、弾正の要望にこう答える。
「は、はい。神様のご要望をあれば喜んで。ですが……」
「どうした?」
「その……正直に言いますと、高層建築はやったことがありませんので、ちょっと自信が……」
彼らが作ってきたのは、せいぜい4階建ての建物までである。
70メートルを超える建物を急に作れと言われても自信がない。
「うむ、もっともじゃ」
弾正がさほど機嫌を悪くすることなくうなずいたので、長はほっとした。
日ごろあまり表に出てこない黒幕的存在の弾正が珍しく直接命令をしてきたので、彼は緊張していたのだ。
その弾正はというと、楽しそうであった。うきうきしていた。
あの偉そうにしている教団の連中が自慢する大聖堂。あれを超える建造物をこれから作ろうというのだ。わくわくしていた。
ふと、遠い昔、日本にいた頃に交わした会話を思い出す。
「弾正様、今度新しく作る城のことなのですが」
「おお、なんじゃ」
「この天守閣、というのはなんでしょうか。ずいぶんと高くて立派な建物のようですが」
「うむ。その名の通り、天に届かんとする高い建物じゃよ」
「しかし……そんなものが必要なのでしょうか? 遠くを見渡すだけなら、普通のやぐらで十分ですし、お金もかかりません」
「わはは、理屈の上ではそうじゃがな。しかし、想像してみろ。巨大な天守閣が隆々と立っている様を。旧態依然とした古臭い連中を見下ろすように高々とそびえたっている様を。すべての偉そうな連中に挑戦するという謀反魂を感じぬか?」
「はあ、謀反魂……」
ずっとずっと昔の話だが、それでも弾正はあの時の相手の変な顔を、今でも思い出せる。
そうして、遠い目をする。
が、すぐに意識を現実に引き戻す。
「そちは確かピルトという名であったな」
「お、覚えて頂いていて光栄です!」
「さて、ピルトよ。わしはできぬことは要求せぬ」
「は、はい」
「それゆえ、わしは絶対に作れとは言わぬ。試行錯誤すればよい。なあに、まずは気楽にやってみよ。でかい積み木と思えばよい。失敗してもわしが責任を取るだけのこと。そちらは、ただ遊びと思え」
「わ、わかりました! そうまで、おっしゃっていただけるのなら、やってみます!」
こうして、建築が始まった。
場所は泥草街の小聖堂の跡地である。
泥草街の小聖堂は、そこに勤める聖職者全員が顔に「わたしは泥草に負けました」と書かれるという失態を犯し、投獄されてしまったため、誰もいない。
近隣の小神官たちが共同管理する手はずになっていたが、天使騒ぎのおかげでそれどころではなくなってしまったため、いまだに無人のままである。
「誰も使っていないなら壊してしまえ」
弾正のこの一言で、小聖堂は小聖堂跡地になった。
小聖堂跡地は泥草街の中心地から離れている。
うっかり塔が倒れてしまっても、近隣への被害は出ない。
思う存分「積み木遊び」ができる。
はじめは50メートル級の塔を建てることとした。
石が次々と積み上げられ、高く、高く、塔が天に伸びていく。
さすがに建築が得意なだけある。
中世では……いや、現代でもあり得ぬほどの速度で塔が築き上がっていく。
が、あるところで、ミシリと音が鳴った。
そして。
「全員、退避!」
ガラガラと音を立てて崩れた。
ピルトと泥草たちの間で会話が繰り広げられる。
「何がまずかったのでしょう?」
「自重が重すぎて、崩れてしまったのではないか?」
「なら、もっと軽い素材を使いましょう」
「それだと強度が足りないだろ」
「軽くて丈夫な素材を作ってしまえばいいんですよ。一寸動子でいろいろと実験してみましょう」
「ううむ。……よし、やってみるか!」
弾正はその様子を頼もしい目で見ていた。
泥草たちは創意工夫をする。仮説を立て、実験をし、それでだめならまた別のやり方でやり直す。
彼らは「我々は正しい」とは考えていない。
自分たちは間違っているかもしれない。だから、絶えず検証し、試行錯誤し、現状を否定してでも、少しでもいいものを作ろうとする。
(あやつらは、あまり中世の常識には染まっていないようじゃな)
ふと、弾正は思った。
もとより、泥草たちは、つらい日々を送っていた。
殴られ、馬鹿にされ、笑われる。人々を救うはずの教団からは、泥草は苦しめと言われる。
「我々は正しい。なぜなら教団が真理を知っていて、我々を導いてくれるからだ」という中世の常識に従えば、教団の言うことは絶対であり、自分たちが苦しむのも当然のことになるのだが、多くの泥草はそういう風には考えない。
「どうして自分たちだけ……」と考える。
もともと中世の常識に懐疑的だったのだ。
そんな中、アコリリスという童女が現れ、泥草たちの前で、泥や草からパンを作ったり、服を作ったり、という常識外れのことを次々とやってのけた。
それどころか、泥草たち自身もまた、一寸動子を教えられ、自らの手で食べ物を生み出すという常識外れのことを実体験させられた。
これまで「正しい」と思っていたことが、次々と目の前で崩れていく経験をしたのだ。
「我々は正しい」という中世の常識は、これで吹き飛んでしまった。
(何もかもアコリリスのおかげじゃな。さすがわしが見込んだ童女じゃ)
と弾正は思う。
ネネアがこれを聞いていたら「あんたがすべての黒幕でしょうに」と言っていたに違いないが、あいにく彼女はここにはいない。
(ぜひとも、こやつらを新時代の旗手にしてやらねばならぬ。そのためには……もっともっと謀反じゃな!)
試行錯誤しながら塔を作っていく泥草たちを見ながら、弾正はそう思うのだった。
◇
泥草たちは期待に応えてくれた。
何しろ彼らの建造速度はすさまじい。もともと、わずか1日で家1軒を建ててしまうほどである。作業が早ければ、ノウハウがたまるのも速い。技術の進歩も速い。
わずか1週間後には50メートルの塔を建ててしまった。
ついでに塔に照明(飛行石の光る成分を石に与えたもの。すさまじく明るい照明)を持ち込み、夜間はピカピカ光るようにする。イリス中から見えるように目立たせる。
このペースなら100メートルの塔、200メートルの塔だって、すぐに建つだろう。
大聖堂を超える日も近いに違いない。
「その時、自分たちが正しいと思っている市民どもがどんな反応を示すのか、楽しみじゃわい」
弾正は建築現場を眺めながら、楽しそうにそう言うのだった。




