チュートリアル謀反 後編
「ティユよ、わしと一緒に謀反を起こさぬか?」
弾正の言葉にティユは即座に、ぶんぶんぶん、と首を縦に振った。
あまりにもぶんぶん振るので、弾正の甲冑に頭突きをしてしまい、この男を慌てさせてしまうほどであった。
後年、ティユが語ったところによると、
「あの時は、貧しくて、ひもじくて、神様助けてください、と祈っていました。そうしたら、弾正様が不思議な青い光と共に現れて、ああこれが神様なんだ、神様の言うことだから間違いはないんだ、とわけもわからず、うなずいてしまったんです。あと頭突きは痛かったです。ふふふ」
とのことである。
弾正はまずティユの能力を検証した。
能力:確率がわかる(ビリプローバと唱えると使える)
これは一体、いかなる能力か?
すぐに判明した。
「ビリプローバ」と唱えた後、たとえば「小麦が明日値上がりする確率は?」と思い浮かべると「80%」といった確率がピンとわかるのだ。
(思った通りじゃ。しからば)
弾正はティユに、能力の使い道のアイデアを披露した。
「まずは商売じゃな。
確率がわかれば、価格の変動がわかる。
たちまち巨万の富を築くことができるぞ。
たとえば『明日になると、80%の確率で1割値上がりし、20%の確率で1割値下がりする商品』を毎日ティユの能力で見つけては投資したとしよう。
1年後には財産は何倍になっていると思う?」
ティユは、えっと、えっと、と考える。
「えっと、5倍ですか?」
「わはは。5億倍じゃ」
「ご、5億!?」
「無論、実際は税や経費などの問題で、ここまで儲けることはできぬ。だが、それでもボロ儲けは間違いないぞ」
弾正は日本にいた頃、南蛮人たちと付き合いがあり、数学や科学に妙に明るく、このような計算もすらすらとできるのだった。
「とはいえ、戦国武将と子供だけでは、商売はできぬ。人材が必要じゃな」
そう言うと、さっそくその日から謀反の活動を始める。
まずは人材集めである。
ティユの力で、忠実で有能な部下になる確率が高い人材を探し出し、次々とスカウトする。
人材の中には帝国人もいた。
帝国人も、全員が傲慢なわけではない。『帝国が嫌いで、虐げられている民族のために働きたい』という変わり者も、ごくごく少数ながらいる。
どうやったらそんな帝国人と出会える可能性が高いか、どうやったら協力してもらえる可能性が高いかは、全部確率でわかる。
彼らには、帝国から富を奪われぬよう、商売の表向きの代表となってもらう。
あとはティユの力で、儲かる確率が高いものに投資するだけだ。
たちまちのうちに、莫大な富を築く。
「次は研究じゃ!」
弾正たちは、帝国人も面倒がってやってこないような山奥に研究所を設立した。
帝国の強さの秘密はゴーレムである。
これを越える兵器を発明してしまえば、帝国の優位は崩れる。
ゴーレムの誕生から1000年以上、誰もそんなものは発明していないため、「ゴーレムを越える兵器など存在しない」というのがこの世界の常識だった。
しかし、今ここにティユがいる。
「研究というのはな、試行錯誤なのじゃ」
「試行錯誤、ですか?」
「さよう。100通りの研究をして、1回当たりを引ければそれでよし、という世界じゃ。つまり、ティユの力で、当たりである確率が高い研究がわかれば、100倍近い速さで研究が進むということじゃよ」
結果、未来を先取りした発明がいくつも生まれた。
弾正とティユのもとには、次々と報告が上がってくる。
「空飛ぶマントができました!」
「見てください、これ。身につけると怪力になり、ゴーレムをパンチ一発で粉砕できる手袋ですよ! 最強のパンチができるんですよ!」
「こっちはもっとすごいですよ。なんとゴーレムの一撃すら楽々と弾き返す服です! すごいでしょう!」
「いえいえ、戦いはやっぱり速さですよ。どうです、この靴。チーター並の速さで、一日中疲れもせずに走り続けられるんですよ!」
これらの新兵器を次々と量産していく。
何もかも弾正の差し金である。
自分が見込んだこのティユという童女の才能を存分に発揮させてやりたい、彼女をゴミ扱いした連中にほえづらをかかせてやりたいと思うと、次々とアイデアが湧いてくるのだ。
ティユもまた「弾正様のためにがんばりますっ!」と言って、期待に応えようとした。
とはいえ、ここまでやれば、さすがに目立つ。
頃合いを見て、弾正とティユは謀反を起こした。
帝国は最初、あざ笑った。
帝国重臣会議は爆笑の渦に包まれた。
「属国の蛮族どもは、わずかな知恵すら失ってしまったらしく、身のほど知らずの自殺行為に乗り出した。あきれたものである」と貴族の1人は日記に書いた。
酒場では謀反が何日で鎮圧されるかの賭けが嘲笑と共に行われた。
自分たちが負けるなど、誰も考えていなかった。
すぐに顔が引きつった。
まずゴーレム200体を率いる現地の帝国部隊が、変な服を着た空飛ぶ属国人たちに粉砕された。
属国軍の被害はゼロである。
「ゴミ以下の属国人の分際で、尊い帝国兵の命を奪うとは許せぬ! 皆殺しだ!」
皇帝は激怒すると、一大ゴーレム部隊5000体を派遣した。
部隊は全滅した。
何の成果も上げられないまま、一方的にガレキの山と化したのだ。
「そ、そんなバカな……」
皇帝は泡を吹いて倒れた。
帝国はパニックになった。
属国軍が大挙して帝国本国に押し寄せて来るのではないかと思ったからだ。
来なかった。
代わりに彼らは、空飛ぶマントや不思議な手袋などの技術を世界中に公開した。
ティユたちは、既により強力な発明を成し遂げており、技術的優位は揺るがない。
が、帝国は困る。
彼らの強さの源は、ゴーレムに必要な鉱石を大量に持っていることにある。
その鉱石をゴミにする新たな技術が世界中に広まってしまっては、自分達の優位がなくなってしまう。
「やめてくれ! 我々が何をしたというのだ! 我らは神に選ばれし者たちなのだぞ!」
帝国のそんな悲鳴は、丁重に無視された。
5年が過ぎた。
今や帝国は、ただの弱小国である。
軍事的優位など欠片もない。
属国はそろって独立しており、彼らを奴隷のように働かせられるという既得権も、彼らの財産を奪い取ることができるという既得権も、もはやどこかに吹き飛んでいる。
それどころか、属国から農作物を奪うこともできなくなったため、今や日々の食べ物にすら事欠く始末である。
帝国は降伏した。
帝国の外交使節団は、顔を涙でぐしゃぐしゃにして泣いて謝った。
「うぐっ……ひっく……わ、私たちが悪かったです……せ、世界中を土下座して回ります……莫大な賠償金も支払います……責任者の処罰もお任せします……だ、だから……どうか許してください」
反帝国同盟総代表のティユ・ルーは、にっこり笑って、けれども断固として帝国人に約束を履行させた。
ほんの5年前まで、自分達は神に選ばれた者だと信じ、他国民をニヤニヤ笑いながら奴隷扱いしてきた帝国人たちは、今や、あらゆる既得権を失い、貧しく落ちぶれ、涙目になりながら土下座している。
自分から土下座することほどプライドをへし折られることはない。
「ちくしょう……俺たち栄えある帝国人が、こんなクズ共に……ちくしょう……」
帝国人たちは涙を流しながら、頭を地面にこすりつけている。
無論、土下座して終わりというわけではない。
帝国には、もともとゴーレム製造以外の産業なんてない。
そのゴーレムが時代遅れの兵器になったのだから、帝国にはもはや何もない。
属国人をいじめるのが趣味であった、とある帝国貴族は、家も土地も財産も全て賠償金として没収され、無一文になった。
彼は小作農として、毎日属国人の地主に頭を下げながら、慣れない畑仕事をするのだった。
「くそぉ……くそぉ……! 俺は帝国貴族なんだぞ! 偉いんだぞ! なのに、こ、こんな下賎な肉体労働をするなんて……くそぉ……」
「ほらほら、口ばかり動かしてないで手を動かして。そんなへっぴり腰じゃダメだよ。ちゃんと腰を入れないと」
「ぐぐ……くそがぁ……クズの属国人の分際で帝国貴族様に命令するなんて……ち、ちくしょうめ……」
「何か言った?」
「ぐ……な……なんでもありません……」
ほとんどの帝国人は、このように悔し涙をぽろぽろ流しながら、屈辱でいっぱいの日々を過ごすことになる。
やりすぎ、という意見はない。
帝国人がこれまで属国人をどれだけ殺してきたかを考えると、むしろ慈愛に満ちあふれた行為とされ、ティユは聖女だとたたえられた。
「ティユ様、万歳!」
「我らが聖女様!」
属国人たちは喝采を上げている。よくやったと叫んでいる。
もはや「ゴーレムを越える兵器など存在しない」という「常識」など誰も信じていない。
謀反は達成されたのだ。
弾正とティユは、謀反の成功を祝う祝杯を2人きりで上げた。
これまでのことをしみじみと振り返る中、弾正はこんなことを言った。
「わしは今、ようやく謀反の神髄が何かを理解したわい」
「謀反の神髄、ですか?」
「さよう」
日本にいた頃の弾正は、謀反を起こす時、管領だの守護だのといった既得権を持つ連中を直接攻撃していた。
偉そうにしている彼らに対し、ともかくも兵数を集めて、直に攻撃していたのだ。
「じゃが、既得権が存在するということは、それが世間から認められているということ。
認められているものを攻撃しても、成果は上がらぬ。
では、なぜ既得権が認められているか?
土台となる常識があるからじゃ」
「属国人を奴隷扱いできる」という帝国人の既得権は、「ゴーレムが強い」という常識に支えられていた。
ゴーレムが強い
↓
ゴーレムをたくさん持つ帝国には勝てない
↓
帝国人に奴隷扱いされても仕方ない
というわけである。
では、もし、この「常識」が嘘だと明らかになったらどうなるか?
既得権など吹っ飛んでしまう。
ゴーレムが弱ければ、帝国人の言うことなど誰も聞かないからだ。
「倒すべきは常識。これぞ、謀反の神髄じゃ」
そうして今、謀反を成し遂げた。
実に心地よい気分でいっぱいである。
「わしは、この世界に来て、まず不遇な者の才能を見抜いた。
共に謀反を起こした。
古くさい常識を破壊し、常識に支えられていた既得権益をこっぱみじんにし、甘い汁を吸っていた既得権益者どもを涙目にした。
これは……よいな! この一連の流れ。すごくよい! 実にすがすがしい! 気分爽快じゃ!
わしはきっと、こんな謀反がずっとやりたかったのじゃ!」
「つまり、わたしのおかげ、ですか?」
ティユがいたずらっぽく笑って言うと、弾正は「わはは、そうかもしれぬな!」と言った。
そこから先は幸せな毎日が続いた。
ティユは母国の指導者として、存分に腕を振るった。
何しろ、国民が幸福になる確率が高い政策がわかっているのだ。
大いに力を発揮した。
そうして国民が幸福になり、弾正が「よくやったぞ、ティユ」とほめると、ティユもまた幸せな気持ちになるのだった。
長い歳月が過ぎた。
ティユは弾正と共に末永く幸せに暮らし、幸福のまま天寿を全うした。
弾正は一人になった。
「さて、これからどうするかのぉ……」
そうつぶやいた時である。
異変に気がついた。
「ややっ、これは?」
弾正は自分の全身が青く光っていることに気がついた。
体がすっと薄くなっていくような、この世界から消えてしまうような、そんな不思議な感覚に包まれる。
「あの時と同じじゃ……」
弾正は思い出していた。
彼がこの世界にやってきた時も、このように青く光っていたのだ。
体が、すっと消える。
(とうとうあの世からお迎えが来たようじゃな。ティユよ、わしも今、そっちにゆくぞ)
この男は、そう思っていた。
ところが、どういうわけだろう。目を覚ますと、そこは新たなる異世界だったのである。
弾正はしばらくの間、「さっきまでのしんみりした気持ちは何だったのじゃ……」とがっくりしていたが、「まあ、よい」と気持ちを切り替えた。
「よくはわからぬが、とりあえず……謀反じゃな!」
こうして弾正は、異世界から異世界へと渡り歩いては、謀反を起こす男となったのである。
そして、今、とある中世ヨーロッパ風の異世界に、この男は降臨しようとしている。
そこには、こんな童女がいたのだった。
名前:アコリリス・ルルカ
性別:女
年齢:11歳
能力:一貫(約4キログラム)の物体を一寸(約3センチ)動かすことができる(一寸動子と心の中で唱えながら、手をかざすと発動)
それは、中世社会を支える常識を根本から粉砕しうる、すさまじい能力であった。




