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魔力至上主義世界編 - 17 天使の降臨

 中神官議会とは、イリスの街を実質的に支配している集団である。

 その名の通り、教団の中神官たちが集まってできた議会である。


 イリスで一番偉いのは大神官だが、大神官は大陸全体の支配者でもある。

 イリスにばかり、構っていられない。


「任せたぞ、高等神官」


 こう言って、部下である高等神官にイリスのことを任せてしまっている。


 その高等神官はというと、イリスを中心とした半径数百キロ圏内の地域の責任者である。

 イリスにばかり、構っていられない。


「任せたぞ、中神官たち」


 こう言って、部下である中神官たちにイリスのことを任せてしまっている。


 その中神官は、イリスに7人いる。

 通常、中神官というのは都市の支配者なのだが、イリスは大都市であるがゆえに、中神官もたくさんいる。

 誰が一番偉いというわけでもない。


「どうすべきでしょう?」

「話し合って決めるべきでは?」


 こうしてできたのが中神官議会である。

 イリスの法律・税・治安維持など、諸々の決定を話し合いで下す。

 もちろん、最終的には高等神官の了解を取るのだが(そして高等神官は大神官の了解を取るのだが)、重要なことでもなければ、だいたいOKが出る。

 それゆえ、この7人の議会はイリスを実質的に支配しているのである。


 この日も、いつものように議題をこなしていた。

 ありふれた議題を片付けていく。

 そんな中、1つ変わったものが出て来た。

 泥草(でいそう)街の聖職者たちが全員、泥草たちによって、顔に『私は泥草に負けました』と入れ墨をされたと言うのである。


 発覚した経緯はこうである。

 彼らは、ある日突然、顔に包帯を巻くようになった。


「事故で火傷したんだ」


 こんなことを主張しているが、泥草街の聖職者全員が包帯を巻いているのだから、あやしい。

 不審に思った他の地区の聖職者が問い詰める。ついには力づくで包帯をはがすと、顔に『私は泥草に負けました』と書いてあったというのである。


「泥草ごときにいいようにあしらわれるとは、教団の恥ですな」

「いやはや、まったく。よほど油断したんでしょうなあ」


 中神官たちは、やれやれ、と言う。

 その口ぶりに危機感はない。

 彼らの感覚としては、泥草はゴキブリのようなものである。

 そのゴキブリを退治しようとしたら、逆にゴキブリに襲われてケガをした。

 ケガをしたやつがよほどのバカ、という感覚であり、ゴキブリ(つまり泥草)に対する脅威など微塵も感じていない。


「それで、そのバカどもはどうしました?」

「とりあえず全員聖職位を剥奪し、牢に閉じ込めておきました」

「ま、それが妥当でしょうな」

「とはいえ、泥草街の小聖堂を管理する者がいなくなったのも事実です」


 最年長で議長格の中神官ドミルが言うと、確かに、と同意の声が上がる。


「とりあえず、泥草街に近いいくつかの小聖堂で共同管理する、ということでどうですか?」


 ドミルが提案する。


「ふむ……」


 一同は考え込む。

 中神官たちにはそれぞれ縄張りというものがある。

 俺はここ、お前はここ、というように支配する領域が決まっている。

 共同管理となると、泥草街に近いところに縄張りを持つ中神官が有利になってしまう。


(まあ、だが、しょせんは泥草)


 泥草街というのはたいした利権もない、いわば旨味のない土地である。


「賛成」


 1人がそう手を上げると、他のメンバーも次々と同意する。


「では、共同管理ということで」

「それはそれとして、泥草たちはどうしますか?」

「というと?」

「泥草ごときにいいようにあしらわれたとあっては、我ら教団のメンツに関わるではないですか。この件が、大神官様や高等神官様に知られたら、まずいことになりますぞ」

「なあに、その時は、例の顔に入れ墨をされたバカ共に、自らの命で責任を取ってもらえばいいのですよ」

「しかし、泥草どもにも罰を与えなければ、我々のメンツが立たない」

「まあ、それはそうなのですが」


 実は今、イリスには大神官も高等神官もいない。

 2人とも外遊に出かけている。

 中神官たちからしてみれば、上司の目を気にすることなく、おおっぴらに寄付を集めて着服したり、羽目を外したパーティーを開いたりするチャンスなのである。

 中神官たちの頭の中は、金・美食・肉欲への期待であふれている。

 楽しいことが待っているのに、なんで泥草などというゴキブリ駆除に気をつかわなければいけないのか。

 とはいえ、放置するわけにもいかない。


「まあ、あれです。泥草街を共同管理する小神官たちに対処するようにと命じておきましょう」


 ドミルがあまり熱心ではない口調でこう言い、それでこの話題は打ち切られてしまった。



 中神官会議から数日が過ぎたある日のことである。

 イリスの街中で奇妙な出来事が起きた。


「なんだ、あれは?」


 市民が空を指差す。

 ちなみに、市民とは市民権を持つ人のことであり、要は泥草ではない人のことである。

 その市民が指す方を見ると、たしかに何かが空に浮かんでいる。というより飛んでいる。

 人である。人が飛んでいるのである。


 騒ぎになる。

 人が集まる。空を見上げる。

 確かに人が飛んでいる。

 イリスの大広場の上空を、ぐるぐると旋回しながら、ゆっくりと飛んでいるのである。


「天使様だ!」


 誰かが叫んだ。


「本当だ! あれは天使様だ! 天使様が飛んでいるぞ!」


 別の男が叫んだ。

 なるほど、空飛ぶ人影をよく見ると、白く輝くひらひらした服を来ている。透き通るような白い肌をしている。空を自在に飛んでいる。

 言い伝えに聞く天使そのものである。


 言い伝えと1つ違うのは、目に何か赤いものをつけていることである。

 赤いサングラスである。

 現代人から見れば天使がサングラスというのはシュールに見えるかもしれない。

 が、サングラスなんて見たことのない中世人からしてみれば、それすらも神秘的に見えるのだった。


 そのサングラスをかけた天使たちは、次第に数を増やしていく。

 1人、2人。

 10人、20人。

 ついには200人ほどになる。

 みな、空を飛んでいる。


 もう大騒ぎである。

 人がどんどん集まる。競うように上空を見上げる。


「わー、天使様ー!」

「なんと神々しいお姿……」


 叫び声をあげる者。ひざまずいて祈りを捧げる者。

 とにかく、みな、興奮している。


 その時である。

 上空から何かが降ってきた。


「何かが落ちてきたぞ!」

「何だ?」


 何人かが駆け寄る。


「な、なんだ、これは?」

「に、肉?」


 不思議な透明の袋に入った肉が落ちていた。

 1人の男が恐る恐る手を伸ばす。

 つかむ。

 袋の縛ってある口をほどく。


 とたんに素晴らしい匂いがただよってくる。

 肉汁がしたたり、ほどよく焼け、香辛料が効いた、そんな肉の匂いである。


 男はゴクリと唾をならす。

 冷凍技術のないこの時代、肉と言えば大半が塩漬けか燻製であり、こんな風に生肉を焼いたものなど滅多に食べられるものではない。

 今年は不作気味ということもあって、腹もすかせている。

 ついには、ガブリとかぶりつく。


「ど、どうだ?」

「う……う……」

「う?

美味(うま)い! なんだこれ! すげえ! やべえ! とにかくやべえ!」


 男は叫んだ。

 やわらかくて、口に入れるとギュッと凝縮された旨味がほどけて、ジューシーな肉汁と共に広がって、とにかくすばらしいとしか言いようのない美味い肉である。

 こんなの食べたことない。


「そ、そんなにか?」

「ああ、お前も食ってみろ」

「じゃ、じゃあ……」


 そう言うと、彼もまた肉にガブリとかぶりつき、たちまちのうちにこう絶叫するのだった。


「う……うめえ! 美味すぎる! こんな肉食ったことねえ!」


 広場にざわめきが広がる。


「なんだ、いったい?」

「肉だって?」

「肉?」

「ああ、とてつもなく美味い肉らしいぞ」

「で、でもどこから?」


 そう噂する市民たちの上に、また1つ、ぽとりと袋が落ちてくる。

 それはやはり透明な袋に入った肉であり、それを食べた女は「美味すぎるわ! 何なのよこれ!」と叫ぶ。


 そうして、誰かが叫ぶ。


「天使様だ! 天使様が食べ物を恵んでいらっしゃるんだ!」


 上空を見上げると、天使が1つ、また1つと何かを落としている。

 それは透明な袋であり、中には肉が入っているのだ。

 もはや間違いない。


 天使たちは、次々と食べ物を落としていく。

 人々は「天使様のお恵みだ」と争うようにしてこれを取り、食べる。

 ある者は美味さのあまり、踊り出す。

 ある者は美味さのあまり、感動の涙を流す。


 美食家で知られるある金持ちなどは、愕然として、こう叫んだという。


「……嘘だろ? 私が……私が今まで最高の肉だと信じて食べてきたのは、何だったんだ? あんなの豚のエサじゃないか! 私は今までずっとあんなまずいものを、美味い美味いと言って食べてきたのか!?」


 そうして人々が美味さと感動とに酔いしれている時のことである。

 事件は起こった。


 1人の男の子が、肉を取ろうと走る大人に突き飛ばされたのだ。


「あっ!」


 ぎょっとするような声が上がる。

 突き飛ばされた男の子から、血があふれ出ているのだ。

 突き飛ばされた時、とがった石で、のど元を切ってしまったらしい。


「お、おい……」

「どうすんだよ、あれ……」

「どうするって……」


 男の子は苦しそうに、のどを、ひゅー、ひゅー、と鳴らす。

 顔色がみるみる悪くなっていく。

 地面が水たまりのように血で染まっていく。

 もう誰が見ても、助かりそうにない。


「……神官様をお呼びしよう。せめて最期を看取ってもらわないと」


 そう誰かが言った時である。

 天使が舞い降りた。


「え?」


 誰もがあぜんとする。

 上空にいる天使の1人が地上に降り立ったのだ。

 天使はまるで子供のように小柄である。さらさらと透明感のある金髪を風になびかせている。赤いサングラスのために目元は見えないが、整った顔立ちをしているように見える。


 そうして皆が皆、呆然とする中、その天使は瀕死の男の子に歩み寄った。

 さっと手をかざす。


 するとどうだろうか。

 男の子の傷がみるみるふさがっていく。

 顔色が良くなっていく。


「あ、あれ? ぼく……」


 こんなことを言いながら、男の子は不思議そうな顔をする。

 天使はにっこりと微笑むと、さっと上空に飛び立った。


 この日一番の歓声が上がった。


「き、奇跡だぁ!」

「天使様の奇跡だ!」

「天使様が子供のケガを治したぞー!」


 人々の天使を讃える声は、天使たちが上空からいずこかへと姿を消してからもやむことなく、広場に鳴り響いていた。



 岩の城に帰ってきたアコリリスは、真っ先に弾正の元へと向かった。


「言われた通り、たくさん恵んできました」

「うむ、よくやったぞ、アコリリス」

「えへへ」


 弾正が頭をなでると、アコリリスは顔を赤くして喜ぶ。


 天使騒動は、すべて弾正の差し金である。

 アコリリスたちに天使っぽい格好をさせて、空から食べ物を恵んだのだ。

 別段、イリスの市民たちに、いい思いをさせてやろうと思ってのことではない。

 むしろ逆のことを考えている。


「さあて、楽しくなってきたわい」


 弾正はニヤリを笑いながら、次なる企みへと頭を巡らすのだった。



 一方、そのころ。


「どうしよう……」


 教団は困っていた。

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