表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/142

魔力至上主義世界編 - 16 飛行ベルト

「空ですよ、空! いいですよねえ、空。空って飛ぶんですよ。ああ、いや、間違えた。空を飛ぶんです。

 飛ぶ! 良い言葉ですねえ。鳥のように飛ぶ。人類の夢! ほーら、ばたばた。

 あ、夢って言えば、私、子供の頃ですね……」


 変な男が現れた。

 いきなりアコリリスに会いたい、と言って、彼女のところにやってくると、こんなことを言い出したのだ。

 パドレの二度目の襲撃を追い払った翌日のことである。


 男はもじゃもじゃの頭をしていた。ひょろひょろの体をしていた。しゃべる時に眉が激しく上下する癖がある。眉の下にあるグレーの瞳は、泥草(でいそう)の証である。

 歳は20代後半くらいだろうか。

 メイハツと名乗った。


「……あんた、何が言いたいの?」


 ネネアが呆れた声を出した。

 アコリリスは神の子、ということになっている。神の子である以上、お供の者がいなければ格好がつかない。だいたいネネアが近くにいる。アコリリスを引き立てるように、黒い地味めの服を身にまといながら、一緒に歩いている。

 アコリリスも、仲が良くて気楽に話せるこの黒髪ツリ目の童女(わらべめ)のことが好きなので、喜んでいる。

 そうして、毎日、どこかしら見回りに行く。生産現場に行ったり、建築現場に行ったりする。アコリリスだけだと敬われて頭を下げられて終わってしまうので、そこらへんはネネアが上手く仲介して、現場の状況を聞き出す。


 この日もそうやって見回りをしていた。

 そこを、このメイハツという変な男に捕まってしまったのだ。


「いやあ、空ですよ。空。やっぱり空。ほら、私の指さすほうを見てください。あるでしょう、空。青い空! どこまでも透き通る青空! すばらしい。あれぞ夢ですよ。希望ですよ。そうは思いませんか?」

「行くわよ、アコ」

「え、あ、うん」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」


 立ち去ろうとする2人に向けて、メイハツは慌てて声を上げる。


「あんたねえ、言いたいことがあるなら、ちゃんとわかりやすく……」


 そう言って振り返ったとたん、ネネアは固まった。


「むふぅ。どうです。すごいでしょう!」


 メイハツは2メートルほど高さの宙に浮いていたのである。


「……え?」


 ネネアは驚きの声を上げる。


「……ああ、なるほど」


 アコリリスは、ぽんと手を叩いて、なるほどなるほどそういうことかぁ、と言うと、自らに手をかざした。

 アコリリスの体もまた、2メートルほど宙に浮かぶ。


「え、ちょ、アコ?」

「えへへ、わたしもできたよ」

「な、なにそれ? と、飛んでるの? どうやって?」

「原理は簡単だよ。ほら、飛翔石ってあるでしょ? 一寸動子を使って、普通の石に飛翔石の飛ぶ成分を上手く与えれば、自由自在に飛ばすことができるよね。

 だったら、飛ぶ成分を自分の体に与えれば、空を飛ぶこともできるんだよ。石を飛ばせるなら人間も飛ばせる。

 言われてみれば当たり前だけれど、なかなか思いつかないよね。すごいよ」

「そ、そうなの?」


 ネネアは試しに自分の体に一寸動子を使ってみる。

 ほんの数センチだが、ふわりと浮く。


「わ、わ、浮いたわ! すごい!」


 が、5秒も経つと落ちてしまう。


「ああ、落ちちゃった……」

「それでも十分すごいよ」


 アコリリスの言っていることは間違っていない。

 アコリリスは別格として、一寸動子は子供のほうが習得しやすい。到達レベルも高い。大人になってから覚えた者と比べ、より速く、大規模に、精密に使うことができる。

 宝石団の面々は、みな子供である。宝石団にスカウトしやすそうな人材を集めたとあって、みなどこか素直だ。その素直な子供たちにアコリリスが直々に教えた。

 そういうこともあってか、みな一寸動子がかなり得意であったし、ネネアもまたそうであったのだ。

 能力レベルをあえて数値化するなら、アコリリスは1000、宝石団員は10、一般の泥草は1~3といったところか。


「すごいですね」


 アコリリスはメイハツに対して感嘆の声を上げた。

 ネネアでさえ、ちょっとしか浮くことができなかったのに、このメイハツという男は大人でありながら、軽々と2メートルも、しかもさっきから何分間も宙に浮いている。

 よほど一寸動子が得意なのか、あるいは「飛ぶ」ということに才能が特化しているのかもしれない。


「いえいえ、違うのです、はい。まったくもって、実は話は別というところでして、ええ。別と言えば、私の両親も、私が5歳の時に別居してしまいまして、まことに愛というものは冷めるのが早いと言いますか……」

「行くわよ、アコ」

「え、あ、うん」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」


 メイハツは慌てて呼び止める。


「ちゃんと説明しなさい。ちゃんと」

「はい、ちゃんと。ええ、ちゃんと。ところで、ちゃんとちゃんとちゃんと、って何度も言うの、難しくありません? これって早口言葉になりませんかねえ。あっ! いえいえ! はい、説明します! 説明! これ、これです! このベルトです!」(ちなみにこの世界では「ちゃんと」は「クウェルト」と言う)


 メイハツはベルトを取り外して見せた。


「このベルトがあれば、誰でも! そう、誰でも、空を飛べるんです!」



「ほう、なかなか興味深いのぅ」


 神の()で茶をすすり、アコリリスの報告を聞きながら、弾正(だんじょう)は言った。


「それで、これがそのベルトか」

「はい、メイハツさんから借りてきました」


 弾正はアコリリスからベルトを受け取る。

 ぶ厚く、ずしりと重い。


「重いのぅ」

「中には飛翔石がいくつも入っているそうです」

「ほう、飛翔石が」


 そう思ってベルトをよく見ると、小さなレバーやスイッチがいくつもついているのが見える。


「このレバーやスイッチは何じゃ?」

「飛翔石への空気の当て方をコントロールするものだそうです」


 メイハツという男が言うには、こうである。


 飛翔石というのは、地面から掘り出すと飛び出す。

 不思議ではないか?

 なぜ掘り出すと飛び出すのか?

 なぜ地面を突き破って出て来ないのか?


 ひょっとして、飛翔石というのは、空気に当たることで、初めて飛ぶのではないか。

 もしそうなら、空気への当たり方で、飛び方も変わってくるのかもしれない。

 空気への当て方をコントロールすることができれば、飛翔石が飛ぶ方向や速度や推進力を自在に操れるかもしれない。

 つまり、自由自在に空を飛べる道具を作れるかもしれない。


 メイハツはそう仮説を立てると、幾度となく繰り返された実験のすえ、ついにこの空飛ぶベルトを作り上げたのだという。


「すばらしい!」


 弾正は興奮の声を上げた。


「何より素晴らしいのは、このベルトが『誰でも使える』という点じゃ。メイハツとやらは確かにそう申したのじゃな」

「は、はい」

「しからば、わし自らが、性能を試して進ぜよう」



 当初は弾正は、空飛ぶベルトのテストを、屋外でやろうとしていた。

 晴れ渡る空の下で、自由に飛ぶことができれば、さぞ心地よいじゃろうと思ったのだ。


「ダ、ダメです! 危険すぎます!」


 アコリリスは猛反対した。

「危ないです」と言い、「ダメです」と言い、「代わりの場所を作ります」と言った。

 そうして、城の一角に、ボヨンボヨン部屋なるものを作り上げたのだ。


 体育館くらいはある広い部屋である。壁も床も天井もボヨンボヨンで柔らかい。

 弾正のために、アコリリスが全ての予定をキャンセルして、急きょ作ったのだ。

 弾正はアコリリスを「よくやってくれたのぉ」といっぱいほめると、さっそく実験を始める。


「よいな、決して中には入るでないぞ」

「は、はいっ!」


 ボヨンボヨンと跳ねる姿を人に見られたくない弾正は、宝石団員に鶴の恩返しのようなことを言うと、部屋に入る。


 操作自体はベルトについたいくつもの小さなレバーやスイッチを指で動かして行うようである。 

 小さくて動かしづらい。もしかしたら、一寸動子で動かすことを想定しているのかもしれない。


 レバーの1つの右に動かす。とたん、弾正は勢いよく真上に飛ぶ。


「のわっ!」


 天井にぶつかってボヨンと跳ねる。

 床にぶつかってボヨンと跳ねる。

 やっと止まる。


 別のレバーを動かしてみる。

 今度は前に飛ぶ。

 壁にぶつかってボヨンボヨンと跳ねる。


「のおっ!」


 1時間ほどで飛ばなくなった。

 エネルギー切れのようである。


 2本目のベルトを試す。

 3本目のベルトを試す。

 4本目のベルトを試したところで、ようやくコツをつかんだ。


「わはは! これはよいわい!」


 すいー、すいー、と自在に飛ぶ。

 真上に飛び、そこから滑空し、床にぶつかる寸前にひらりと舞い、今度は円を描くようにぐるぐる部屋の中を回る。


 結論は出た。


「これはすばらしいベルトじゃ」



 弾正はメイハツのベルトを採用することを決めた。

 採用どころか、メイハツを宝石団員として招き、彼の功績を積極的に宣伝することも決めたのである。


「発明大いに良し。これからもどんどん発明すべし。功績は積極的にたたえる。褒賞と名誉も与えよう」


 こう明言したのである。 

 このベルトがあれば謀反が大いに進む。教団に、より一層の屈辱を味わわせることができる。


 アコリリスもこう言って賛成した。


「わたしのお父さんは、新しいものを発明して教団に処刑されてしまいました……。でも、わたしたちは教団とは違います。新しいものを作るのは良いことだと思います」


 こうして飛行ベルト(そう名付けられた)は量産・頒布された。

 未知のものに、はじめはおっかなびっくりだった泥草たちも、勇気のある者たちがまず試すと、次々と後に続いていく。

 泥草たちは、まずボヨンボヨン部屋で練習を行い、慣れると大空を飛ぶようになったのである。


 自由に空を飛ぶ泥草たちに、イリスの市民たちが驚きの声を上げるのは時間の問題だった。

[お知らせ]


チュートリアル編のラストを変更しました。


(変更前) 弾正はティユと別れてから、新たなる異世界に行く。

(変更後) 弾正は、ティユが幸福なまま天寿を(まっと)うするのを見届けてから、新たなる異世界に行く。


「ヒロインと生き別れて、彼女を悲しませる」という展開は、この物語には似合わないと判断したためです。

一度書いたものを大きく変更してしまい、申し訳ありません。


2018/8/9

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ