魔力至上主義世界編 - 16 飛行ベルト
「空ですよ、空! いいですよねえ、空。空って飛ぶんですよ。ああ、いや、間違えた。空を飛ぶんです。
飛ぶ! 良い言葉ですねえ。鳥のように飛ぶ。人類の夢! ほーら、ばたばた。
あ、夢って言えば、私、子供の頃ですね……」
変な男が現れた。
いきなりアコリリスに会いたい、と言って、彼女のところにやってくると、こんなことを言い出したのだ。
パドレの二度目の襲撃を追い払った翌日のことである。
男はもじゃもじゃの頭をしていた。ひょろひょろの体をしていた。しゃべる時に眉が激しく上下する癖がある。眉の下にあるグレーの瞳は、泥草の証である。
歳は20代後半くらいだろうか。
メイハツと名乗った。
「……あんた、何が言いたいの?」
ネネアが呆れた声を出した。
アコリリスは神の子、ということになっている。神の子である以上、お供の者がいなければ格好がつかない。だいたいネネアが近くにいる。アコリリスを引き立てるように、黒い地味めの服を身にまといながら、一緒に歩いている。
アコリリスも、仲が良くて気楽に話せるこの黒髪ツリ目の童女のことが好きなので、喜んでいる。
そうして、毎日、どこかしら見回りに行く。生産現場に行ったり、建築現場に行ったりする。アコリリスだけだと敬われて頭を下げられて終わってしまうので、そこらへんはネネアが上手く仲介して、現場の状況を聞き出す。
この日もそうやって見回りをしていた。
そこを、このメイハツという変な男に捕まってしまったのだ。
「いやあ、空ですよ。空。やっぱり空。ほら、私の指さすほうを見てください。あるでしょう、空。青い空! どこまでも透き通る青空! すばらしい。あれぞ夢ですよ。希望ですよ。そうは思いませんか?」
「行くわよ、アコ」
「え、あ、うん」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」
立ち去ろうとする2人に向けて、メイハツは慌てて声を上げる。
「あんたねえ、言いたいことがあるなら、ちゃんとわかりやすく……」
そう言って振り返ったとたん、ネネアは固まった。
「むふぅ。どうです。すごいでしょう!」
メイハツは2メートルほど高さの宙に浮いていたのである。
「……え?」
ネネアは驚きの声を上げる。
「……ああ、なるほど」
アコリリスは、ぽんと手を叩いて、なるほどなるほどそういうことかぁ、と言うと、自らに手をかざした。
アコリリスの体もまた、2メートルほど宙に浮かぶ。
「え、ちょ、アコ?」
「えへへ、わたしもできたよ」
「な、なにそれ? と、飛んでるの? どうやって?」
「原理は簡単だよ。ほら、飛翔石ってあるでしょ? 一寸動子を使って、普通の石に飛翔石の飛ぶ成分を上手く与えれば、自由自在に飛ばすことができるよね。
だったら、飛ぶ成分を自分の体に与えれば、空を飛ぶこともできるんだよ。石を飛ばせるなら人間も飛ばせる。
言われてみれば当たり前だけれど、なかなか思いつかないよね。すごいよ」
「そ、そうなの?」
ネネアは試しに自分の体に一寸動子を使ってみる。
ほんの数センチだが、ふわりと浮く。
「わ、わ、浮いたわ! すごい!」
が、5秒も経つと落ちてしまう。
「ああ、落ちちゃった……」
「それでも十分すごいよ」
アコリリスの言っていることは間違っていない。
アコリリスは別格として、一寸動子は子供のほうが習得しやすい。到達レベルも高い。大人になってから覚えた者と比べ、より速く、大規模に、精密に使うことができる。
宝石団の面々は、みな子供である。宝石団にスカウトしやすそうな人材を集めたとあって、みなどこか素直だ。その素直な子供たちにアコリリスが直々に教えた。
そういうこともあってか、みな一寸動子がかなり得意であったし、ネネアもまたそうであったのだ。
能力レベルをあえて数値化するなら、アコリリスは1000、宝石団員は10、一般の泥草は1~3といったところか。
「すごいですね」
アコリリスはメイハツに対して感嘆の声を上げた。
ネネアでさえ、ちょっとしか浮くことができなかったのに、このメイハツという男は大人でありながら、軽々と2メートルも、しかもさっきから何分間も宙に浮いている。
よほど一寸動子が得意なのか、あるいは「飛ぶ」ということに才能が特化しているのかもしれない。
「いえいえ、違うのです、はい。まったくもって、実は話は別というところでして、ええ。別と言えば、私の両親も、私が5歳の時に別居してしまいまして、まことに愛というものは冷めるのが早いと言いますか……」
「行くわよ、アコ」
「え、あ、うん」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」
メイハツは慌てて呼び止める。
「ちゃんと説明しなさい。ちゃんと」
「はい、ちゃんと。ええ、ちゃんと。ところで、ちゃんとちゃんとちゃんと、って何度も言うの、難しくありません? これって早口言葉になりませんかねえ。あっ! いえいえ! はい、説明します! 説明! これ、これです! このベルトです!」(ちなみにこの世界では「ちゃんと」は「クウェルト」と言う)
メイハツはベルトを取り外して見せた。
「このベルトがあれば、誰でも! そう、誰でも、空を飛べるんです!」
◇
「ほう、なかなか興味深いのぅ」
神の間で茶をすすり、アコリリスの報告を聞きながら、弾正は言った。
「それで、これがそのベルトか」
「はい、メイハツさんから借りてきました」
弾正はアコリリスからベルトを受け取る。
ぶ厚く、ずしりと重い。
「重いのぅ」
「中には飛翔石がいくつも入っているそうです」
「ほう、飛翔石が」
そう思ってベルトをよく見ると、小さなレバーやスイッチがいくつもついているのが見える。
「このレバーやスイッチは何じゃ?」
「飛翔石への空気の当て方をコントロールするものだそうです」
メイハツという男が言うには、こうである。
飛翔石というのは、地面から掘り出すと飛び出す。
不思議ではないか?
なぜ掘り出すと飛び出すのか?
なぜ地面を突き破って出て来ないのか?
ひょっとして、飛翔石というのは、空気に当たることで、初めて飛ぶのではないか。
もしそうなら、空気への当たり方で、飛び方も変わってくるのかもしれない。
空気への当て方をコントロールすることができれば、飛翔石が飛ぶ方向や速度や推進力を自在に操れるかもしれない。
つまり、自由自在に空を飛べる道具を作れるかもしれない。
メイハツはそう仮説を立てると、幾度となく繰り返された実験のすえ、ついにこの空飛ぶベルトを作り上げたのだという。
「すばらしい!」
弾正は興奮の声を上げた。
「何より素晴らしいのは、このベルトが『誰でも使える』という点じゃ。メイハツとやらは確かにそう申したのじゃな」
「は、はい」
「しからば、わし自らが、性能を試して進ぜよう」
◇
当初は弾正は、空飛ぶベルトのテストを、屋外でやろうとしていた。
晴れ渡る空の下で、自由に飛ぶことができれば、さぞ心地よいじゃろうと思ったのだ。
「ダ、ダメです! 危険すぎます!」
アコリリスは猛反対した。
「危ないです」と言い、「ダメです」と言い、「代わりの場所を作ります」と言った。
そうして、城の一角に、ボヨンボヨン部屋なるものを作り上げたのだ。
体育館くらいはある広い部屋である。壁も床も天井もボヨンボヨンで柔らかい。
弾正のために、アコリリスが全ての予定をキャンセルして、急きょ作ったのだ。
弾正はアコリリスを「よくやってくれたのぉ」といっぱいほめると、さっそく実験を始める。
「よいな、決して中には入るでないぞ」
「は、はいっ!」
ボヨンボヨンと跳ねる姿を人に見られたくない弾正は、宝石団員に鶴の恩返しのようなことを言うと、部屋に入る。
操作自体はベルトについたいくつもの小さなレバーやスイッチを指で動かして行うようである。
小さくて動かしづらい。もしかしたら、一寸動子で動かすことを想定しているのかもしれない。
レバーの1つの右に動かす。とたん、弾正は勢いよく真上に飛ぶ。
「のわっ!」
天井にぶつかってボヨンと跳ねる。
床にぶつかってボヨンと跳ねる。
やっと止まる。
別のレバーを動かしてみる。
今度は前に飛ぶ。
壁にぶつかってボヨンボヨンと跳ねる。
「のおっ!」
1時間ほどで飛ばなくなった。
エネルギー切れのようである。
2本目のベルトを試す。
3本目のベルトを試す。
4本目のベルトを試したところで、ようやくコツをつかんだ。
「わはは! これはよいわい!」
すいー、すいー、と自在に飛ぶ。
真上に飛び、そこから滑空し、床にぶつかる寸前にひらりと舞い、今度は円を描くようにぐるぐる部屋の中を回る。
結論は出た。
「これはすばらしいベルトじゃ」
◇
弾正はメイハツのベルトを採用することを決めた。
採用どころか、メイハツを宝石団員として招き、彼の功績を積極的に宣伝することも決めたのである。
「発明大いに良し。これからもどんどん発明すべし。功績は積極的にたたえる。褒賞と名誉も与えよう」
こう明言したのである。
このベルトがあれば謀反が大いに進む。教団に、より一層の屈辱を味わわせることができる。
アコリリスもこう言って賛成した。
「わたしのお父さんは、新しいものを発明して教団に処刑されてしまいました……。でも、わたしたちは教団とは違います。新しいものを作るのは良いことだと思います」
こうして飛行ベルト(そう名付けられた)は量産・頒布された。
未知のものに、はじめはおっかなびっくりだった泥草たちも、勇気のある者たちがまず試すと、次々と後に続いていく。
泥草たちは、まずボヨンボヨン部屋で練習を行い、慣れると大空を飛ぶようになったのである。
自由に空を飛ぶ泥草たちに、イリスの市民たちが驚きの声を上げるのは時間の問題だった。
[お知らせ]
チュートリアル編のラストを変更しました。
(変更前) 弾正はティユと別れてから、新たなる異世界に行く。
↓
(変更後) 弾正は、ティユが幸福なまま天寿を全うするのを見届けてから、新たなる異世界に行く。
「ヒロインと生き別れて、彼女を悲しませる」という展開は、この物語には似合わないと判断したためです。
一度書いたものを大きく変更してしまい、申し訳ありません。
2018/8/9