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魔力至上主義世界編 - 14 小神官の飛躍

「な、な、なんじゃこりゃあああーーー!」


 小神官パドレは叫び声を上げた。

 泥草街が、この時代ではあり得ないほどの高級住宅街と化してしまっていたからである。


 何度も目をこすった。

 何度もまばたきした。

 光景は変わらない。


(どういうことだ?

 あのクソ泥草どものボロっちい住処が、どうしてこんなにきれいになっていやがる?

 どうしてあんなに高級そうな服を着ていやがる?

 あいつの目は黒じゃねえか! 泥草じゃねえか! クズじゃねえか!

 そのクズがどうしてこの小神官である俺様よりもいい服を着ていやがるんだよ!

 泥草が……苦しんで当然の泥草が、こんないい暮らしをしていいわけねえだろうが!)


「いいわけねえだろうがよぉ!」


 小神官パドレは、顔を真っ赤にして叫ぶ。

 下男も、お供として着いてきた助官2人も、パドレの見たこともない取り乱しぶりと乱暴な言葉づかいにうろたえる。


「おい、下男!」

「へ、へい!」

「どういうことだ! 説明しろ!」

「その、あっしも詳しくはわからねえんですが……」


 下男は汗を拭きながら説明を始める。


「実はこのところ、泥草どもが街に仕事に来ねえって話で」

「仕事に?」

「へ、へえ」


 市民たちは泥草たちに雑用を押しつけていた分、いなくなると困る。

 誰か泥草街に様子を見に行け、という話になる。

 だが、誰も「泥草どもの住むところなんて……」と気持ち悪がって見に行かない。


 泥草街を管轄とするのは、泥草街の小聖堂である。

 だが、小神官は偉い。見に行け、だなんて言いづらい。

 助官もまだ偉い。言いづらい。

 結果として、小聖堂の下男がその役目を押しつけられ、そして見に行って驚愕して、小神官パドレに知らせたということである。


「……それだけか?」

「へ、へい……」

「ちっ!」


 大した情報が得られなかったことに、パドレは露骨に舌打ちする。

 そのパドレの鼻孔に、肉の焼ける美味しそうな匂いが漂ってくる。

 これまでの人生でかいだこともないくらいの、いい匂いである。


「おいっ、お前等、ついてこい!」

「しょ、小神官様、ちょ、ちょっと!」


 パドレは匂いの元である建物へ向かう。

 飯屋だろうか。

 白くて小綺麗な建物が建っている。

 床はピカピカと輝いており、並んだテーブルでは、泥草たちが思い思いに食事を食べている。


「ちょ、ちょっと!」


 店員が呼び止めるのも無視して、パドレはずんずんと中に入ると、1人の客の前に立った。


「ああん!?」


 客がいぶかしげに声を上げるのも無視して、パドレは彼の皿に載った肉をつかむと、口に入れた。


「お、おい! 俺の肉!」


 客が叫ぶのも聞かずに、パドレは肉を噛む。

 美味い! 美味すぎる!

 よく熟成され、ほどよく柔らかく、とろけるようであり、噛めば噛むほど旨味のある肉汁があふれ出てくる。


(なんだよ! なんなんだよ、これ! これ肉? これが肉? これが肉なら、俺が今まで贅沢品だと思って食べていた肉は何だよ? あんなの……あんなの犬の餌じゃねえかよ!)


 今度はワインを飲む。

 透き通るような清涼感。芳醇な熟成された香り。濁りのない澄み切った味。

 これがワインなら、自分が今まで飲んできたのはドブ水のように思えてくる。


 パドレは(みじ)めな気持ちになる。

 惨めな気持ちは、だんだんと怒りに変わっていく。


(クソ! 泥草どもが! こんないい食いもん、どこから手に入れやがった? 俺でさえ知らない肉を! ワインを! どこから! ……盗んだな。そうに違いない。じゃなきゃ、こいつらがこんなの食えるはずがねえ! 許さねえ!)


 パドレは店内を見渡すと、怒鳴り声を上げた。


「おい、責任者はどこだ! 出てこい!」

「あ、あの、お客さん、さっきから何を……」

「いいから出せと言っている! 俺が誰かわかっているのか? 小神官様だぞ! お前らが盗んだこの肉について言いたいことがある! さっさと責任者を出せ!」

「ぬ、盗んだ?」

「盗んだに決まっているだろう! それ以外にどうやってお前らクズがこんな肉を食えるっていうんだ! いいから出せ! 責任者! 責任者ぁっ!」


 パドレはあらんかぎりの声を上げて叫ぶ。

 おろおろする店員。

 どうすればいいのかわからないといった様子の客。

 パドレの味方をすべきなのだろうけれども、何をしたらいいのか分からずに困っている助官と下男。


 そこに一人の童女(わらべめ)が現れた。


「あっ、小神官様、お久しぶりです」

「……ああん?」


 パドレは童女をにらみつける。

 さらさらとした金髪に、形の良い水色の目。透き通るような白い肌。

 見るからに最高級品と分かるような、それこそ大神官でも着られないような服を身にまとっている。


「わたしです。アコリリス・ルルカです」


 金髪の童女は言った。


「アコリリス・ルルカ……」


 どこかで聞いた覚えのある名前である。

 どこだったか?


「ほら、これです」


 アコリリスは一枚の紙を取り出した。

 自主施しの許可証である。

 小神官パドレのサインと教団の印も入っている。


「あ……あ……ああああーーー!」


 パドレは叫んだ。

 思い出した。1ヶ月前に自主施しがしたいと言って小聖堂にやってきた童女である。そういえば、そんなのがいた。

 あの時よりも、はるかに身綺麗にしているから気づかなかったが、確かにこんな顔だった。


「き、貴様、いったい何を!」

「自主施しです」


 アコリリスはにっこり笑って言った。


「自主施しだぁ!?」

「はい。小神官様に許可を頂いたので、こうして施しをしているわけです」

「こ、これを全部貴様が施したというのか?」

「はい」

「この肉も? パンも?」

「服も建物も全部です」

「服も? 建物もだと?」


 パドレは叫ぶようにして聞き返す。


「はい。ほら、この許可証に書いてあるでしょう。泥草相手に施すこと。パン10個以上施すこと。後は自由だって。小神官様の署名と印もある。だから、わたし、小神官様の名前でいっぱい施したんですよ」

「ふ、ふ、ふ……」

「ふ?」

「ふざけるなぁーーー!」


 パドレは絶叫した。


(こいつか! こいつが俺を惨めな気持ちにさせやがったのか! 泥草のくせに盗みまでしてこの俺を惨めな気持ちに! しかも……しかも、わざわざ俺に恥をかかせるようなことを!)


 教団の価値観では、泥草とは苦しむべき存在である。

 その苦しむべき存在が、豊かな暮らしをしている。

 それだけでも問題なのに、その豊かな暮らしは、なんと教団幹部のパドレが許可した施しによって実現したというのだ。

 パドレからしてみれば、恥以外の何物でもない。


 パドレは右手をアコリリスに突きつけて、こう言う。


「お前は3つの罪を犯した!

 第1に、盗みをした!

 第2に、泥草の分際で贅沢な暮らしをした!

 第3に、俺に恥をかかせた!」

「えっと……」

「その罪を今から裁いてやる! 死ね!」


 パドレは魔法を放った。

 赤い弾が、アコリリスの顔面めがけて飛んでいく。


 パンッ! と音がした。

 アコリリスに当たる直前、魔法は消え去ったのだ。

 アコリリスは無傷である。


「……ほわっ!?」


 パドレが驚きの声を上げる。


「ほわっ? へ? え?」


 見たものが信じられないかのように目をこする。


「な、な、なっ……」


 わなわなと体を震わせる。


「く、くそっ! くらえ! くらえっ!」


 再び魔法を放つ。頭めがけて放つ。胸めがけて放つ。腹めがけて放つ。

 いずれも弾け飛ぶ。

 アコリリスはやはり無傷である。


「ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ……」


 何度も魔法を撃ったことで、疲労が蓄積する。息が乱れる。ぜえぜえ言う。


「はぁ、はぁ……。く、くそっ。なんなんだよ! なんなんだよぉ! おい、お前ら!」


 パドレはお供の助官2人に向けて怒鳴る。


「は、はいっ!」

「お前らもやれ! あのガキをぶち殺せ!」


 助官はためらったが、うなずいた。

 彼らは、これまでおろおろして何もしなかったが、それはパドレの日ごろとは違う姿にとまどっていたからであり、別に泥草がかわいそうとか哀れとか、そんな気持ちがあるわけではない。むしろゴミクズだと思っている。

 殺せと言われれば殺す。


「わかりました!」

「行くぞ、泥草! 死ねっ!」


 2人とも、パドレの魔法が弾き返されるのは見ているが、それでも自分達の魔法に絶対の自信は持っている。

 殺すつもりで魔法を放つ。

 1発放つ。2発放つ。3発放つ。

 全て消し飛ぶ。

 何のダメージも与えられない。


「そ、そ、そんな……」

「ありえない……ありえない……」


 自慢の魔法がまるで効かないことに、助官2人もまたショックを隠せない。

 アコリリスの着ている不動服は、大神官の着る白銀糸の服よりもはるかに高い防御力を誇るものであり、この程度の魔法ではビクともしない。

 だが、小神官も助官も、そんなことはわからない。そんなものがこの世に存在しているだなんて、想像すらしていない。


 一方でアコリリスはというと、弾正(だんじょう)に言われたことを思い出していた。

 確か、教団の連中が来たら、できるだけ屈辱的な形で追い返してやれ、と言われていた。


(屈辱。屈辱。えっと……)


 アコリリスはしばらく考えていたが、良い思案が得られたのか、よしっ、と言うと、食堂から外に出た。


「に、逃げるのか!」


 そう言って、小神官一行がアコリリスを追いかけて外に出たところで、アコリリスは「えいっ!」と一寸動子(いっすんどうし)を発動させた。


 とたん、小神官たちの足下の石畳が、ものすごい勢いで上空に飛び上がった。

 石畳に乗っている小神官たちも、ロケットのように空に飛んでいく。


「ひっ、ひゃっ、ひょえええーーー!」

「わっ、なっ、ひゃあああーーー!」

「しょ、小神官様ーーー!」


 アコリリスは石畳を飛翔石に変えてやったのだ。

 高々と舞い上がった小神官たちは、やがて隕石のように地面に向けて突っ込んでいき、あわれにも激突してぺしゃんこになろうかと思われたところで。


 ボヨン!


 跳ねた。

 地面がトランポリンのようにボヨンとはじける。

 一寸動子によって地面をゴムのように変化させたのだ。

 小神官たちはボヨン、ボヨンと、二度、三度はじけ、やがて地面にどさっと倒れた。

 みな、命に別状はない。たいしたケガもない。

 ただし、気絶している。失禁もしている。立派な法衣が汚れている。


「えっと、屈辱屈辱……」


 アコリリスは油性のインクを作ると、失神している小神官の顔にこう書いた。


『私は泥草に負けました』


 後は宝石団の面々に手伝ってもらい、彼らを小聖堂の前に運んで、放置する。

 アコリリスは、うんうん、とうなずいた。


「これでとっても屈辱的だよね。神様喜んでくれるかな」


 弾正にまたほめてもらえるかもしれない、と思うとアコリリスは心がうきうきするのだった。


 弾正は期待に応えてくれた。


「わはははは。『私は泥草に負けました』か。よいよい。実に屈辱的じゃ、よくやったのぉ、アコリリスよ」


 そう言って、いっぱいほめてくれたのだ。


「えへへ、がんばりましたっ!」


 アコリリスは照れ笑いをしながら、喜ぶのだった。

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