表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/142

魔力至上主義世界編 - 13 恵みの儀式

 アコリリスが神の子と讃えられた翌日、落ち着いた泥草(でいそう)たちは宝石団員たちに詰め寄った。


「なあ、昨夜のあれは本当の出来事だったのか?」

「俺たち、つらい現実のあまり、『神の子が自分達のところに降臨して助けてくれる』っていう都合のいい夢を見ちまったんじゃねえか?」


 宝石団員たちは、こう答えた。


「アコリリス様は本物の神の子だよ。みんなが昨日見たのは、まぎれもないアコリリス様のお力さ」


 そしてこうも言った。


「実は我々もアコリリス様から力を与えていただいたのだ。我々も、あの力が使えるのだよ。アコリリス様にはとうてい及ばないレベルだけどね」


 それを聞いた泥草たちは、我々も是非、あの力を恵んでいただきたい、と言う。


「いえ、別に恵みとかなくても、ただ心の中で『一寸動子(いっすんどうし)』と唱えて、手をかざせば使えるんですよ?」


 アコリリスはそう説明したが、泥草たちは、それでも是非、と言った。

 彼らは、アコリリスが神の子であると信じている。

 心の底から熱心に信じている者もいれば、たぶん神の子なんだろうくらいの感覚の者もいるが、みな、大なり小なり信じている。

 そういう風に自分達が信じている人物から、何か特別な儀式という形で、力を与えて欲しかったのだ。


 こうして「恵みの儀式」が始まった。

 岩の城の一角に、神社風の一室が設けられる。

 紙垂(しで)(白くてギザギザの垂れ下がっている紙)やら、注連縄(しめなわ)(巻かれたり垂れ下がったりしている太い縄)やら、祓串(はらえぐし)(白い紙がいっぱいついた棒)やらが飾られた厳かな空間で、アコリリスと20人ばかりの泥草(1回の儀式に参加できる人数)が、厳かな儀式めいたことをやる。


 正確にはもう1人いる。

 部屋の奥には木の階段が設けられ、その上は壇になっている。

 そこに、黒い甲冑を着た悪魔のような雰囲気の男、つまり弾正(だんじょう)が座っているのだ。

 泥草たちは儀式の途中でアコリリスから「ではここで神様に頭を下げてください」などと言われる。

「神様?」と、とまどいながらも、彼らは甲冑の男に頭を下げる。

 甲冑の男は「大儀である」などと言う。

 最後に一寸動子を発動させて、1回の儀式が終わる。


 泥草たちは満足して帰途につくが、「あの神様というのは何だったのだろう?」と疑問に思う。

 宝石団員に聞く者もいる。


「あの人は一体何者なんだ?」

「えっと、神様らしいんだけど」


 宝石団員も、こうとしか答えられない。


 宝石団において、弾正の立ち位置というのは明確ではない。

 トップは団長のアコリリスである。彼女は神の子であり、団員たちに対する最終的な命令権を持っている。

 では、弾正はというと何か?

 アコリリスは「神様は神様です!」と言う。熱心に言う。なので、団員たちは神として敬っている。すれ違えば、頭を下げる。

 それに、この男が謀反の首謀者であり、今も教団を倒すために様々な(はかりごと)を巡らせていることも知っている。だから尊敬もしている。敬意も払っている。ただ何者かと言われれば困る。神様らしいんだけど、としか答えようがない。


“神様”である弾正は宝石団員に対し、直接命令を下すことはない。

「わしはいずれいなくなる。トップは現地人でなくてはならぬ」と思っているからだ。


 もっとも弾正は、求められればアドバイスはする。

 アコリリスはよく弾正にアドバイスを求める。アドバイスと言うより、指示を求めることすら多々ある。重要なことは必ず指示を仰ぐ。

 それゆえ、実質的な命令系統としては、弾正→アコリリス→宝石団員、となっている。

 実際の弾正の立ち位置としては、黒幕・影の支配者といったところか。


 その黒幕とアコリリスは、丸5日かけて、泥草街の住民全員対する恵みの儀式を行った。

 最後の2日は、泥草街中をまわって病人やケガ人を1人残らず治してやり(ますます神の子の名声が高まった)、そうして回復した彼らを城に集めて、儀式を行った。

 これで名実ともに、泥草街の住民全員が一寸動子を使えることになった。


 そうしてやっと儀式が完遂した日のことである。

 ルートが弾正(だんじょう)に、こう話しかけた。


「何人残るでしょうか?」

「どういうことじゃ?」


 弾正がたずね返す。


「いえ、その、一寸動子のやり方がわかれば、もう泥草街にいる必要なんてないですよね? 食べ物も服も自分で作れます。イリスから出て行って1人でも生きていけるのではないでしょうか? あ、いえ、僕は助けてもらった恩義がありますし、教団も倒したいから残りますけれど、でも、出て行く人もいると思うんです」


 ルートの言葉に、弾正は疑問を投げる。


「なぜ出て行く必要がある?」

「えっと、謀反(むほん)なんて怖くてできないって人も結構いると思うんです。そういう人達は逃げ出すのではないでしょうか?」

「ふむ。そちは謀反と言って、何を想像する?」

「え? えっと、教団に攻め込む、ですか? その、みんなで武装して、わーって叫びながら聖堂を攻めて」

「わはは!」


 弾正は笑った。


「え? え? ち、違うのですか?」

「この神様はね、もっと陰険なことを考えているのよ」


 どこから話を聞いていたのか、いつの間にかやってきたネネアがそう言った。


「え? い、陰険?」

「わはは、まあ、楽しみにしておれ」



 ルートの心配をよそに、泥草街から出て行く住民は、ほとんどいなかった。

 イリスから出て行ったところで、1人や2人で生きていくのは大変だからだ。


 中世という時代、大陸は森で覆われていた。

 森の中で、孤島のようにポツンポツンと都市があり、村があり、どうにか互いに道でつながっていた。


 森には狼がいる。野盗がいる。

 泥草1人1人は英雄豪傑のごとく強いわけではない。泥草はそこらへんの石を飛翔石にして高速で飛ばすことができる。だが、アコリリスと違って、普通の泥草は石を飛ばそうとしたら10秒はかかる。集団で襲われたら対処しきれない。

 防御面でも絶対ではない。泥草たちはみな不動服を配給されている。たいていの攻撃はこれで防げる。とはいえ、24時間ずっと同じ服を着ているわけではないし、服はいずれ劣化する。


 実のところ、泥草にも得意不得意がある。

 食べ物を作るのが得意な泥草。

 服を作るのが得意な泥草。

 石を飛ばすのが得意な泥草。


 おいしくない食べ物を作ったり、質の悪い服を作ったり、ということは泥草なら誰でもできるが、良い物を作れる人は少ない。

 不動服なんて、ほんの一部の泥草にしか作れない。

 街から出て行って、何かの拍子に不動服を失ったら、もう新しい不動服は作れない。

 ほぼ生身の体で、狼や野盗に立ち向かわなければならないのだ。

 危険である。


 泥草たちはそのことがわかっていたから、一部の冒険的な変わり者を除いて、ほとんどが泥草街に残ったのだ。


「でも、みんなが仕事を続けてくれているのも意外ね。むしろ増えたんじゃないかしら?」


 働いている泥草たちを見回りながら、ネネアは弾正(変化(へんげ)中)に言った。


「意外か?」

「ええ。だって自分で食べ物も服も作れるじゃない。働かなくなるのかと思ったわ」

「美味い飯を作れる泥草は限られているからのぉ」

「そうよね。あれだけおいしいご飯を知っちゃったんだもの。自分で作ったまずいご飯を食べても、惨めになるだけよね」


 食べ物を作るのが得意な泥草を集めて作ったご飯は、普通の泥草が作ったご飯よりはるかに美味い。

 自分で作らなくても、配給される宝石硬貨を使ってご飯を買うという手もあるが、飯だけ手に入っても、今度は服や住まいや風呂が手に入らない。


「周りがみんな、色々な服着て、きれいな家に住んで、きれいな体をしているのに、自分だけそうじゃなかったら、かっこわるいし、恥ずかしいわよね」

「さよう。そういうことよ」


 こうして泥草たちは、一寸動子が使えるようになった今でも泥草街で働いている。

 昨日までイリスの街中で働いていた泥草たちも、今では泥草街で働いている。雑用をやって殴られるより、特別な仕事をやってほめられるほうがいい。だいいち泥草街での仕事のほうがずっと楽だ。


 泥草たちは食糧を生産する。

 街路を整備する。

 建物の建築する。

 みな、得意なことをやる。


 一寸動子を使うので、イメージほどの力仕事ではない。

 石を飛翔石にして飛ばすやり方で、ものを運ぶことができるのだ。

 勢いよく飛ばすのではなく、そっと持ち上げるイメージで動かせばいいのだ。

 得意な泥草がやれば、大きな石でも軽々と自由自在に運ぶことができる。


 働けば、宝石硬貨が手に入る。

 その硬貨で、食べ物を買う。風呂に入る。家を建てる。


 こうして、施しが始まって1ヶ月が過ぎた頃には、泥草街は高級住宅街でもあり得ないほどの有様となっていた。

 丁寧に整備された石畳の広い街路。

 きれいな立派な造りの建物。

 食堂から漂ういい匂い。

 店先に並べられた色とりどりの高級食品、高級衣服、高級雑貨。

 通りの所々には小さな広場が設けられ、噴水がきれいな水を噴き上げている。


 泥草街の小聖堂の小神官パドレがやってきて「な、な、なんじゃこりゃあああーーー!」と驚愕の叫び声を上げたのは、ちょうどこの頃のことである。

 教団との対立が始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ