魔力至上主義世界編 - 140 中世の終わり (12)
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「いったいどうすればいいのだ……」
中神官ドミルは頭を抱えていた。
まあ、彼の頭には『泥草さん、ごめんなさい』と書かれた看板が刺さっているので、頭を抱えようとすると手が看板に当たってしまって邪魔なのだが、ともかく頭を抱えた。
彼は大神官ザリエルから「魔法の力を愚民どもに見せつけろ」という無理難題を命じられていた。
そう、無理難題である。
「できるはずがないだろ……」
魔法を放っても、人体にはまるでダメージを与えられないのだ。
まったくの無傷である。
こんなもの(もはや魔法など『こんなもの』としか言いようがない)を使ったところで、何の役にも立たない。
そこらへんに落ちている石ころでも投げた方がマシである。
「おい、お前たち。何か案はないのか!?」
「そうは言ってもな……」
「ううん……」
居並ぶ中神官たちも、皆うなる。
イリスの中神官たち7人は、自分たちだけで会議室に集まり、押しつけられた無理難題をどう解決すべきか話し合っていたのだ。
失敗すれば連帯責任である。
「とにかく祈りながら、神の御心に沿って魔法を撃てばいいのではないか?」
「バカか、お前。そんなので効いたら苦労はしない」
「なんだろ、貴様。祈りを侮辱する気か、この不信心者め!」
「なんだと!」
中神官たちは顔を真っ赤にしての罵り合う。
弾正がこの世界にやってきたばかりのころは、彼らは「泥草ごときにいいようにあしらわれるとは、教団の恥ですな」などと言いながら、余裕たっぷりの顔で互いに丁寧語を使いながら会話をしていた。
それが今や、本能をむき出しにして、乱暴な言葉で叫び合っているのだ。
「おいおい、お前たち、落ち着かんか!」とドミルが仲裁するが、「うるせえぞ、ジジイ! だいたい、大神官様に直接命じられたのはお前だろう! お前1人が責任を取ればいいんだ」と罵声を浴び、「なんだと、貴様! この中神官筆頭のおれになんてことを!」と怒り狂ったドミルと罵り合いをはじめる。
中神官たちはおおよそ1時間ほど、エネルギーの限りを尽くして怒鳴り合い、叫び合い、罵倒し合った。
まったく生産性のないそれらの行為が終わったのは、いいかげん疲れ果てたのと、1人の影の薄い中神官が遠慮がちに放ったこの一言だった。
「あの……人間相手には魔法は通じなくなっているけれどさ、物相手なら通じるんじゃないの?」
中神官たちは顔を見合わせた。
(なるほど!)という気持ちがその顔に浮かび上がっていた。
物を相手であれば魔法は通じる。
確かにその通りかもしれない。
試しに、適当ながらくたを持ってこさせて魔法を放ったところ、見事に魔法の弾丸は貫通した。
「おお!」
「魔法が通じるぞ!」
「これならいけるかも!」
中神官たちは歓声を上げる。
実のところ、人々に魔法が通じなくなったのは、弾正達によって人間限定で魔法が通じなくなるように施されたからであり、人間以外が相手であれば従来通り魔法が通じる。
「で、どうやって我らの力を見せつける?」
「決まっておろう、物を破壊するのだ」
「そうだ。家々を破壊して回ろう」
「商店で陳列されている商品を破壊して回るのもいいな」
「その通り。市民どもの家々に魔法をぶち込もうぞ。我ら教団の力を見せつけるのだ」
「おお!」
「そうだとも!」
「やるぞ!」
「はははは、楽しみだ!」
中神官たちは楽しげな声を上げるのだった。
◇
翌日、ドミルを筆頭としたイリスの中神官7人と、彼らの部下の小神官や助官たち、総勢100人以上が町を練り歩いた。
何事かと市民たちが視線を向ける中、ドミルは適当な広い街路上でぴたりと止まると、こう叫んだ。
「聞け、市民どもよ! わたしはイリス中神官筆頭のドミルである。大神官様、および高等神官様からイリス支配を委託された、事実上のイリスのトップである。
さて、市民ども。わたしは悲しい。なぜか? お前たちが魔法をバカにするからだ。神から与えられた尊き力である魔法をバカにするなど……それも泥草どもの口車に乗ってバカにするなど、あってはならぬ。
よって、わたしは魔法の力をお前たちに今から見せつけようと思う。よく見ておけ!」
そう言うと、ドミルは近くの民家に魔法を放った。
赤い弾丸が、民家の壁をつらぬく。ガシャン、という音がする。中の家具も破壊されたのだろう。
「さあ、お前たち、どんどんやれ!」
ドミルの命令により、神官たちは魔法を乱射した。
魔法は家々の壁に穴を開けていく。
商店に陳列されている商品を破壊していく。
町中で飼われているブタなどの家畜を(中世では家畜が町の中で飼育されていた)を虐殺していく。
人々の大事な住居を、財産を破壊していく。
「ひゃはははは! 壊せ壊せ壊せ!」
「見たか! これが我らの力だ!」
「思い知ったか!」
「神は偉大なり!」
「我らこそが正しいのだ! 神がついておられるのだ!」
市民たちが茫然自失とする中、神官たちは叫びながら、次々と魔法を放っていく。
その顔は紅潮していた。
彼らは鬱憤が溜まっていた。
このところずっと泥草たちに言いようにやられ、最近では市民たちから冷たい目で見られ、挙げ句の果てに魔法まで効かなくなってしまっていた。
エリートであるはずの自分たちが悲惨な目に合っていることに、ずっとストレスを感じていたのだ。
それが今や、思う存分魔法を放つことができる。
力一杯攻撃することができる。
魔法の力を見せつけることができる。
その高揚感で、神官たちは高揚していたのだった。
彼らは気づいていなかった。
市民たちが茫然自失から覚め、いまや怒りに満ちた顔をしていることに。
何しろ彼らは、ずっとずっと『神に選ばれた尊き聖職者様』として人々から敬われ、畏れられ、チヤホヤされてきたのだ。
市民というのは、自分たち聖職者が何をしても言いなりになるものだろうと。なんだかんだいっても最後は言う通りにするものだろうと思っていた。
『エリート』である彼らは、ただただ魔法の威光を見せつければ、市民たちは恐れ入るに違いないと信じていたのだ。
だが、それは思い込みであった。
あの大神官ジラーや、高等神官イーハ、軍率神官グジンでさえ、最期は檻に閉じ込められて市民たちから泥をぶつけられたのだ(まあ、彼らはまだ生きているので、最期というわけではないが)。
どうして、それより地位の低いドミルたちが、無事でいられようか。
「おい……」
ドミルは、妙にドスのきいた声と共に、肩をポンと手で叩かれた。
「ああん!?」
せっかく気持ちよく破壊しているところを邪魔するな、と言わんばかりにドミルが振り返った時である。
ドミルの顔面をパンチが襲った。
市民の1人が思いっきりぶん殴ったのだ。
「ふぎゃあ!」とよろめいたドミルは、怒りに満ちた叫び声をあげた。
「き、き、貴様! 何をする! おれは中神官ドミル様だぞ! そのおれを殴るとはただで済むと思ってほぐはぁ!」
ドミルはまたぶん殴られた。
「うるせえ! 中神官だか何だか知らねえが、なに、ひとの家ぶっこわしてんだよ! このくず野郎!」
「なななな、なんだと! このおれがくず野郎だと! よくもそんなことを! この不信心者め!」
「うるせえ!」
市民とドミルの殴り合いが始まる。
そして、殴り合っているのは、この2人だけではなかった。
彼らに触発され、あちこちで市民と聖職者たちの殴り合いが始まったのだ。
「死ね!」
「なんだと、この野郎!」
「うるせえ、やっちまえ!」
「神の威光をなんと心得る!」
「だまれ、インチキ野郎!」
こうして、イリスの一角で、壮絶な乱闘が始まったのだった。