魔力至上主義世界編 - 134 中世の終わり (6)
イリス市民たちが天国を味わっていた頃、弾正は並行して別のことも進めていた。
彼は配下の者たちに2つの命令を下していた。
「エクナルフ地方の住民どもに、イリスの住民と同様、天国を味わわせるのじゃ」
「エクナルフ以外の地方の住民どもに、教団と泥草のどちらを選ぶか問うのじゃ」
命令を受けた配下の者たちは「かしこまりましてござりまする」と言い、ただちに行動する。
まず、エクナルフ地方の町や村に向けて、天空城を作り、飛んで行く。
エクナルフ地方の町や村の住民達は、教団を選んだ者たちである。みな、少し前に「教団か泥草かどちらか選べ」と弾正一派に迫られ、教団を(つまり泥草たちを虐待する道を)選択した人々である。
最初、彼らは空飛ぶ大量の巨城にびっくり仰天する。
「わ、な、なんだ、ありゃあ!」
「し、城が! 城が空を飛んでいる!」
続いて、謎の金の粉が降ってきたかと思うと(一寸動子が仕込まれている粉である)、体がふわりと宙に浮かぶ。
「な、なによ、これ! 体が! 浮いてるわ!」
「ひ、ひいい! と、飛んでるうう!」
そして、天空城へと吸い込まれていく。
「ひゃひいいい! たたた、助けてくれええ!」
「いやああああああ! 吸い込まれるううう!」
吸い込まれた先は何もない石造りの倉庫のような部屋である。
そこで最初の3日間は放置される。
飢えと渇きに苦しむ。
「み、水……」
「ああ……み、水を……」
そうして3日が過ぎた頃、謎の泥草の声と共に、水が届けられる。
人々は文句を言う。
「ふざけないでよ! 低劣な泥草ごときが出したもんなんて、誰も飲まないわよ!」
「そうだそうだ! クソ泥草は帰れ!」
が、いくら叫んだところで、渇きは我慢できるものではない。
ついに口をつける。
口をつければ、あまりの上質な味に、
「ひゃあああああ! うますぎるうううう!」
「うひいいいいい!」
と叫ぶ。
水だけではない。
食糧、ベッド、心を震わせる音楽、華やかな香り、などなども届けられる。
おまけにどれも上質極まりない。
極上の料理、ふかふかの寝具、なめらかな衣服、すばらしい音楽、香しい匂い……。
最初はそれでも『泥草ごとき』に出されたものなんかで……と思っていた人々も、数日も経てばすっかり蕩けてしまう。
「ああ、天国だ……」
「本当ね……これはまさに天国だわ……」
そんな生活を丸々3ヶ月過ごす。
そして、すっかり快適ニート生活に慣れ親しんだところで、突如として地上のもといた町や村に帰されるのである。
「……え? え? え?」
「うぇ? うそ? て、天国は? さっきまでの天国は!?」
彼らは皆、絶望の悲鳴を上げる。
上空では天空城がどこかに飛んで行ってしまおうとしている。
「ま、待ってくれええ!」
「て、天国! 天国うううううう!」
いい歳した大人たちがみっともなく叫びながら天空城を追いかけるが、高速で飛んでいく空飛ぶ城には追いつけない。
城はすぐに見えなくなってしまう。
「さ、さあ、みなさん! こ、これで泥草の呪縛から解放されました。これまで通り神を信じて敬虔に生きていきましょう。そうすれば死後、天国に行けるのです。よかったですなあ。は、はは、はははは……」
神官がそんなことを言うが、たった今、まさに天国のようなところにいた住民たちからすれば、その言葉は空々しく響くのだった。
弾正一派、それに面白がって協力してくれたオットー少年を初めとした子供たちのおかげもあり、エクナルフ中の町や村がまたたくまに天国を……そして天国が消える絶望を味わうこととなるのだった。
◇
一方で弾正一派は、弾正の「エクナルフ以外の地方に、教団と泥草のどちらを選ぶか問うのじゃ」という命令も忠実にこなしていく。
この世界は、ただひとつの大陸で構成されている。
大陸の形はおおよそ次のようなものである。
□ □
□■□□
□ □
□と■が陸地だ。
■部分が、この世界の政治・経済の中心となるエクナルフ地方である。
首都であるイリスはここにある。
広々とした肥沃な平野が広がり、大陸の人口の3割がここに集中している。
今回、弾正は□の地方にも、配下の者たちを派遣したのである。
やったことはかつてエクナルフ地方で行ったことと同じである。
まず町や村に降り立つ。
そして子供たちと泥草たちを勧誘し、教団をボコボコにし、泥草と教団のどちらを選ぶか選択させたのである。
きちんと情報も与える。
「我々は神の子の技が使えるぞ」
そう言って、一寸動子を彼らの目の前でやってみせる。
「教団が言うことが本当に正しいのか今一度考えてみるのだ。彼らの言っていることは、すべて自称に過ぎぬではないか。何の証拠もないではないか。もう一度、自分の頭で考えてみるのだ」
そう言って、教団のあり方を問う。
「私たちは、お前たちが自慢する魔法よりも、ずっと優れた技を使える。パンを作り出せる。ワインも作り出せる。空も飛べる。魔法を弾き返すことだってできる。それでもお前たちは泥草を見下すというのか? 教団の言うことを真に受けて、これからもずっと泥草を虐待し続けるのか?」
そう言って、泥草の見方を見直すよう、彼らに問うのだ。
それでも大多数の住人は、教団を選ぶ。
住民のうち、泥草は99%が弾正一派についてくるが、泥草ではない者は95%が教団を選択する。
10歳以下の子供たちがついてくるのは70%。
「まあ、そんなものじゃろう」
弾正は結果を見て、そううなずいた。
エクナルフ地方とほぼ同じ結果である。弾正としてはそれで十分である。
ふくれあがっていく弾正一派の人数と勢力図。
急速に勢力を拡張していくのだった。
◇
「さて、そろそろ総仕上げと参ろうかのう」
弾正が楽しげに口にする。
悪そうな顔をニヤリとさせ、楽しげに笑う。
「総仕上げですか?」
アコリリスがたずねる。
「さよう。総仕上げじゃ。中世を終わらせ、近世・近代・現代をすっ飛ばし、一気に未来へと参る。そんな総仕上げを行うのじゃ。
じゃが、その前に」
「その前に?」
「イリスの大神官どのに挨拶をしておく必要があるのう。挨拶は大事じゃからな。きちんと挨拶をするぞ。さあ、参ろうではないか」