魔力至上主義世界編 - 132 中世の終わり (4)
弾正は一体この世界をどのようにしたいと思っているのか?
かつて弾正とネネアは、次のような会話をしたことがある。
ちょうどネネアを初めとして、泥草の子供200人で弾正一派を形成したばかりの頃のことである。
――「それで、これからどうするの? 教団を攻めるの?」
――「攻めぬ」
――「どうして? 謀反でしょ? 教団を倒すのでしょう?」
――「力任せに倒したところでな、第2、第3の教団が現れるだけのことよ。雑草を引っこ抜くのと同じじゃ。引っこ抜いたところで、また新しい雑草が生えてくる」
――「じゃあ、どうするのよ?」
――「世界を変える」
――「世界を?」
――「さよう。世界を一変させる。完膚なきまでに変える。後世の歴史の教科書で、我々が生きるまさに今この時が歴史の最大の転換点であったと評されるくらいにな」
弾正は言った。
『世界を一変させる』と。
『完膚なきまでに変える』と。
この悪そうな顔をした元戦国武将は、どのように世界を変えるつもりなのか?
「どう変えようとしているのですか?」
アコリリスは、弾正にそう聞いたことがある。
弾正は、悪人面をニヤリとさせてこう答えた。
「未来を作るのじゃよ」
「未来ですか?」
「さよう。今はちょうど中世と呼ばれている時代じゃ。通常であれば、近世、近代、現代、未来と進んでいく。近代から現代にかけては民主主義というものが広まるのう」
弾正は未来の地球を訪れたこともあるなどして、民主主義というものに何度か触れたことがある。
そうした経験を踏まえたうえで、弾正はこう考えている。
地球において、王侯貴族が倒れて民主主義が生まれたのは、別に『昔の人が愚かだったから王侯貴族を崇拝していた』けれども、『ある時突然、正義の民主主義に目覚めて革命を起こした』からではない。
技術の進歩によるものである、と。
古い時代は、農業が最大の産業だった。
農作物を生み出すのは土地である。
ゆえに、土地こそが最大の富の源泉である。
しかし、土地というものは限られている。
人々はこの有限の資源である土地を争い、奪い合った。
日本の武士が一所懸命と言って、土地のために命を懸けて戦っていたのも、土地が何よりも価値があったからである。
必然、土地を持っているやつが偉い、ということになる。
王侯貴族が偉いのは、要するに彼らが土地を持っているからである。
この世界では、土地を持っているのは教団で、王侯貴族は単にその管理を委託されている存在に過ぎないが、要は王侯貴族の代わりに教団が偉いというだけで、実態は変わらない。
弾正はこのように考えている。
「ようするに、一部の土地を持っておるやつらだけが偉くて、後はゴミという世界じゃな」
ところが技術が進歩し、商業や工業のほうが儲かるようになると、話が変わってくる。
王侯貴族に匹敵する財力を得た商工業者たちは、権力も要求するようになる。
両者の『交渉』がおだやかであれば立憲君主国家となり、過激であれば革命で王政が倒れて共和制国家となる。
いずれにせよ、一部の金持ちによる議会が国を動かすようになる。
「農業以外の金儲けの手段が出てきたおかげで、王侯貴族が時代遅れになったわけじゃな」
そして、さらに技術が発達すると、今度は教育された庶民が大量に必要になってくる。
膨大な数の工場を稼働させ、大量の物資を生産し、輸送し、売り買いし、というのをこなすには、一部の金持ちだけでは無理である。
金をかけて教育した庶民たちに頼る必要がある。
金と知識がまわるようになった庶民たちは、自然と力をつけ、権力を要求するようになる。
成人なら誰でも参加できる議会制民主主義国家の誕生である。
「ところが、これでめでたしめでたしとはいかぬ」
「そうなのですか?」
弾正の言葉にアコリリスは疑問を呈する。
「民主主義……でしたっけ。みんなが政治に参加できるんですよね。そこまで行けば、教団はもう権力を失っているでしょうし、みんなで力を合わせて、いい国を作っていけるのではないでしょうか?」
「そうはならぬな」
弾正は言う。
民主主義は、あくまで他の手段の中で一番マシだから選んでいるというだけの政治体制に過ぎぬ、と。
偽医者よりは、ヤブ医者のほうがマシというだけの話である、と。
「民主主義と言うのは『みんなで話し合って決める制度』じゃが、何百万人、何千万人という数の国民全員で話し合うなど不可能じゃ。必然、選挙で代表を選ぶことになるのじゃが、成人以上の国民全員が選挙権を持っているため、1票の価値は低い。
先祖が勝ち取ってきた選挙権ではあるが、こうなるとありがたみも薄れてくる。
となると、普通の市民が日々の忙しい合間を縫って、政治を本気で勉強した上できちんと政治家を選ぼうとする動機も薄れてくる。
なんとなくで選ぶか、そもそも投票に行かないか。
いずれにせよ、多くの国民は投票に責任を感じなくなる。
人間というのはな、自分のやっていることに責任を感じないと腐るんじゃ。民主主義の主役である国民が、民主主義の根本である投票に責任を感じなくなったら、おしまいじゃろう。
まあ、民主主義なんて、行き着く先はこんなものじゃ」
弾正は民主主義をこのようにとらえていた。
「では、どうすればいいのでしょう?」
「簡単じゃ。自分で国を作ればいい。自分で打ち立てた国であれば、ありとあらゆることが自己責任になる。これ以上責任を感じることはあるまいて」
「そんなこと可能なのですか?」
「可能じゃ。技術がそれを可能にする。誰もが自分で国を作れるようになれば、自ら責任を負う時代がやってくる」
そう弾正が口にしてから1年後、オットー少年が天空城を発明した。ゴーレムを発明した。
弾正は狂喜した。
「わはははは! 見よ、あれを! 実に見事にやりおったわい!」
天空城を指差し、弾正は高笑いする。
「あれですか?」
「さよう。あれぞまさに自らの国であろう。あれをもっと大きくしてみよ。ひとつの国と言えよう。空飛ぶ国じゃな」
「空飛ぶ国ですか……なるほど……。確かに、一寸動子が使えれば誰でも作れます。それに、一寸動子があれば自給自足が出来ますし、自由に移動もできますし」
アコリリスの言葉に弾正もうなずく。
「そうじゃ。我々が今、地上の国の中で生活しているのは、国が無いと死ぬからじゃ。
大勢で集まっていないと野生の獣や盗賊に襲われて死ぬ。
生活に必要な物を協力して生産し合わないと死ぬ。
用水路や道路を、力を合わせて整備し合わないと死ぬ。
じゃが、あの空飛ぶ国はそれらを全て不要にする」
もっとも、と弾正は言う。
「別段、国は空飛ぶ城の形をしている必要は無い。地上を走る町でもいい。海を渡る島でもいい。地中や海底に潜ってもいい。いっそのこと宇宙というのもありじゃろう。なんでもありじゃ。
要は皆が自分の責任で国を作るか、あるいは誰かの作った小さな国の中で責任ある役割を果たすか。それができればよいのじゃ」
「でも、誰かの国で働いたとして、その国の王様がひどい人だったら、どうしたらいいんですか?」
「なあに、その時は別の国に行けばいいのじゃよ。あるいは自分で国を打ち立ててもよい。技術のおかげで、移住も建国も簡単にできるのじゃ。
ひどいことをしたらすぐに出ていかれるとなれば、自然とダメな国は淘汰されていくじゃろう」
「なるほど……あれ?」
アコリリスが声を上げた。
「神様。あれ、見てください」
「む?」
「あのゴーレムです。あれ、すごいです!」
「あれがどうかしたのか?」
「あれ、一寸動子で動いているんです。いえ、一寸動子で動くのは当たり前なのですが、なんと言いますか、直接操作していないと言いますか……」
アコリリスの説明は要領を得なかったが、まとめるとこういうことであった。
あのゴーレムは一寸動子で動いている。
ただし、操縦者が直接一寸動子を使っているのではない。
強力な一寸動子を発動させる石がある。その石でゴーレムは動いているのだ。
操縦者は、石に対してほんのわずかな一寸動子をトリガーとしてこめているだけである。人間が車を運転する時、足の力で軽くアクセルを踏めば、1トン前後の重さの車が高速で動くのと似ている。
世界一の一寸動子の才能を持つアコリリスは、一目見ただけでその特性を見抜いてしまったのだ。
「あれ、すごいです! その気になれば、一寸動子の遠隔操作とか、そういうのもできちゃいます!」
「ほほう。ふむ……」
弾正は何やら考え込む仕草をした後、こう言った。
「しからば、こういうのもできるか? 粉に一寸動子の力をこめて、空からばらまくのじゃ。その粉が服に付着すると一寸動子が発動し、服に飛翔成分を与える。そして、人間を空に飛ばすのじゃ。いわば、浮遊の粉じゃな」
「んー、そうですね……。ええ、ちょっと難しいですけど、できると思います」
「おお、できるか!」
弾正は喜びの声を上げた。
彼は、すぐさまアコリリスに命じて、その粉を作らせた。
同時に、配下の泥草たちに命じて、オットー少年と同じような天空城を作らせる(ちなみに、弾正は自らの配下にいる泥草たちについては、いずれは解放するつもりであるが、謀反が成就するまでの間は配下にしておくつもりでいる)。
その天空城にイリス市民たちを強制的に招待し、天国のような目に合わせようというのである。
「なぜそんなことを?」と問われれば、弾正はこう答えるだろう。
「なあに、市民どもは天国が大好きというのでな。一度味わわせてやろうというだけじゃよ」