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魔力至上主義世界編 - 129 中世の終わり (1)

 最終章です。

 長らく続いた本作も、もうじき終わります。

 次の異世界の話はありません。今の異世界の話で完結します。

「わはは、すばらしいわい!」


 弾正は感嘆の声を上げた。

 彼を喜ばせているのは、オットー少年の作り上げたゴーレムである。


重畳(ちょうじょう)重畳(ちょうじょう)。いよいよ謀反も大詰めじゃわい」


 ニンマリと笑いながら、空を飛ぶゴーレムを見る。


 弾正がこれまで訪れてきた数々の異世界の中には、科学文明の発達した世界もあり、そこでは巨大人型ロボットなるものが闊歩していたこともあった。

 だが、弾正はそのことを――人型ロボットの話を、この世界の人間には誰1人として言ってこなかった。

 にもかかわらず、オットー少年は見事なまでに巨大ゴーレムを作り上げた。そのことに弾正は満足しているのである。


 弾正が、人型ロボット――というより科学技術であったり、魔法技術の話であったり、そういった未来の話をしてこなかったのにはわけがある。


(答えを言っては意味がないのじゃ)


 弾正はそう考えている。

 答えを教えるだけなら、その答えに辿り着くだけで終わってしまう。


(大事なのは、答えに辿り着く手段なのじゃ)


 それが弾正の考えである。


 答えに辿り着く手段とは何か?

 弾正はこう思っている。

『自分は間違っているかもしれない』という考えである、と。


 弾正は以前、アコリリスにこう言ったことがある。


「世の中にはのう、2つの考えがあるのじゃ」

「2つ、ですか?」

「さよう。1つは『自分は正しい』という考え。もう1つが『自分は間違っているかもしれない』という考えじゃ。

 後者の代表例は科学じゃな。間違っているかもしれないと思うから実験するというわけじゃ。

 科学はよいぞ? わしが以前訪れたとある異世界では、科学が誕生してから人口が10億人から80億人にふくれあがった。70億人の命は、科学が無ければ生まれなかった命なのじゃ。人の命が尊いと思うなら、『自分は間違っているかもしれない』という思想を敬うべきじゃな」

「『自分は正しい』という考えはどうなのですか?」

「必要悪じゃな」


 何百万人、何千万人、何億人という人間をまとめようと思ったら、何かを崇めて、それを中心にまとまるしかない。

 猿だったころの人間は、せいぜい200匹の群れを作るのが精いっぱいだった。それが膨大な人数をまとめあげられるようになったのは、信仰のおかげである。

 崇めるものは、神だったり、国家だったり、人権思想だったり、革命の理想だったり、まあ崇められるものなら何でもいい。


 人間は、ありもしないものを信じられる生き物である。

 神も国家も人権思想も、人間の頭の中にしか存在しない。物理的には、この世のどこにも神も国家も人権思想も存在しない(まあ、神はもしかしたらいるかもしれないが)。


「そうやって、ありもしないものを崇め、それを信じる自分たちこそが正義だと信じ合うことで、膨大な数の人間がまとまるわけじゃな。これがなければ、人間の集団など、とうにバラバラになってしまうわい」


 人間は集団で組織されていてこそ強い。

 人類がバラバラの小集団のままだったら、今ごろは狼のような野生動物によって絶滅させられていたかもしれないのだ。


「じゃが、この『自分は正しい』は容易に腐敗する」


 弾正はこれまでたくさんの異世界を訪れてきた。

 そのいずれの世界にも『自分は正しい』と声高に主張する集団がいた。

 弾正が彼らに感じたもの。それは腐臭だった。

 彼らは一様に、高圧的で傲慢である。何しろ『自分は正しい』と思っているのだ。自分と考えの違う人間は全員『真実のわからないバカ』か『どうしようもないクズ』にしか見えない。そんな相手には何をしてもいいのだと思い、暴言を発し、暴力を振るう。 

 悪いとは少しも思わない。むしろ正義の行いをしていると思っている。『自分は正しい』のだ。正義の味方の自分に逆らう人間など、愚か者か邪悪なクズである。愚か者であれば、思想矯正すべきである。邪悪なクズであれば、犯罪者として処罰すべきである。そう本気で信じている。

 教団の神官たちは、まさにこれである。


「覚えておくのじゃ、アコリリス。正しすぎるのはクソじゃ」

「正しすぎるのはクソ……」


 アコリリスは弾正の言葉をかみしめるようにうなずく。


「さよう。そして、その腐敗したクソを叩きのめすこと。これぞ謀反じゃ」


 弾正の考える『人間集団の栄枯盛衰の流れ』とはこうである。


 1.バラバラの人間集団がいる。このままだと、他国なり野生動物なりにつぶされる。

 2.神だとか国家だとか正義だとか、ありもしないものをでっちあげ、それを崇めて『自分たちは正しい』と信じ合い、大集団としてまとまる。

 3.歳月と共に、崇めているものが既得権益になっていく。中心になって崇めている連中(宗教なら神官、国家なら役人など)は、誰も逆らえない正義の味方となり、腐敗する。大集団全体の利益ではなく、一部の利益だけを考える。

 4.全体の利益が得られないので、人間集団が弱くなる。他国に侵略されるか、革命でつぶされる。


「わしの見たところ、この世界は今3の状態にある。腐敗した教団が、正義と称してやりたい放題やっておるというわけじゃな」

「弾正様はどうなされるのですか?」

「昔のわしであれば、『正義』を名乗る既得権益者どもを叩きのめして終わりじゃったろうな」


 はじめて訪れた異世界で、はじめて謀反を起こした時、弾正はティユ・ルーという少女と共に、帝国を叩きのめした。

 そして、めでたしめでたしであった。


 だが、のちにまた同じ異世界(ただし、だいぶ未来)を訪れた時、結局元の木阿弥になっていた。

 弾正が立ち上げた勢力が、あらたな正義となり、既得権益者となっていたのだ。1~4のループに戻っていただけなのである。

 結局のところ、短期的にはめでたくとも、長期的にはめでたくも何ともなかったのだ。


 それを「先々のことは子孫に任せることである。人間には出来ることと出来ないことがあり、遠い未来のことまで責任は持てない」と言うのは簡単だ。

 だが「簡単だ」で済ませる気には、弾正はなれぬ。


 ゆえに弾正は、ティユのいた世界において、このループを断ち切った。

 どうやったか?


 結局のところ、『自分は正しい』という思想は腐敗する。

 であれば『自分は間違っているかもしれない』という考えを、浸透させればいいのだ。


 もっとも弾正がこれまで訪れた世界の中には、部分的にであれば『自分は間違っているかもしれない』という考えが浸透している世界があった。

 科学がその代表である。

 科学は、自分が間違っているかもしれないことを前提としている。

 科学の世界においては全ては仮説である。ありとあらゆる考えは「実験して、今のところ矛盾が出ていないから」という理由で暫定的に正しいものとされているだけであり、矛盾が出れば昨日までの常識がたちまちのうちに崩壊する。


 中世という時代は『自分は正しい』というただ一色で染まった世界である。これに対し、『自分は間違っているかもしれない』という考えに基づく科学が誕生した時、中世が終わり、近世が始まるのである。


 だが、そんな科学のある世界でも、多くの人々は科学を他人事のように考えている。

 科学技術に囲まれ、科学のおかげで生きているのに、多くの人々の思想は『自分は正しい』のままである。

 それゆえ、結局1~4のループをいまだに繰り返している。


 なぜこんなことになっているのか?

 弾正はこう考える。

(科学が難しいからじゃ)と。


 もし科学が簡単で、誰でも簡単に『快適自給自足セット』なんてものを作れて、インフラにエネルギーに衣食住に娯楽に、と生きていくのに必要なすべてが簡単に手に入れられれば、既得権益はたちまちのうちに吹っ飛ぶ。

 既得権益が存在するのは、多くの人々にとってそれが必要悪になっているからである。腐っているけれども、無いよりは遙かにマシだからである。泥船で、いつか沈むとわかっていても、海に飛び込んで今すぐ死ぬよりはマシだからである。

 だが、もし簡単に快適な豪華客船が作れたら? 誰も泥船なんか乗らない。


「ティユと謀反を起こした時、わしは帝国を力で叩きのめした。だが、あれは失敗じゃった。やるべきは、ティユの確率の能力で魔法技術を急成長させ、その技術を誰でも使えるように普及させ、誰でも簡単に既得権無しで生きていけるような世界を作り上げることじゃった。

 それに気づいたわしは、以降、必ずそのような謀反を起こすようにしておるのじゃ」


 ゆえに、弾正は、教団を力で叩き潰すようなことはしなかった。

 人々に『自分は正しい』という思想に疑いを持たせるよう、促したのだ。

 教団を徹底的にコケにし、バカにし、権威をこき下ろすようなことをし、この世界の人々が当たり前のように信じている『自分は正しい』という思想を疑わせるように仕向けたのだ。


 それでも、人々の思想は頑固であり、大多数の人々は自分たちの『正義』を選択した。

 それは貧しく、多くの人々が飢えと病気で死に、そして泥草を見下して虐待してゲラゲラ笑う正義であったが、人々は(かたく)なに自分たちの正しさを信じた。


「まあ、それはそれで構わぬ。泥草たちはほぼ全員我らについてきたし、(わらべ)たちは一寸動子を使えるようになった。むろん、(わらべ)たちには将来、わしらについてくるかどうかあらためて問うつもりじゃが、とはいえ、今の感触で言えば間違いなくついてくるじゃろうて。

 であれば、彼らだけで『自分は間違っているかもしれない』という思想を軸とした、今までとはまったく違う世界を築き上げてもらう」

「そ、そんなことできるのですか?」


 アコリリスの問いに弾正はうなずいた。


「できる。一寸動子を教えただけであれば、(わらべ)たちは『これぞ新しい正義』と思い、それで話が終わっておったじゃろう。信じる対象が教団からわしらに変わっただけじゃ。しかし、あのオットーという(わらべ)が、おもしろいことをやってくれた。

 いや、わしは、オットーのようなのが現れることを期待して、童たちに『遊べ』と命じた。新しいことは遊びから生まれるからのう。そしてオットーはそんなわしの期待に、実に見事に応えてくれた。

 天空城を作り、ゴーレムを作った。わしら抜きでな。しかもオットーは他の童たちを煽った。挑発した。『どうだ、オレはすごいだろう。ま、お前たちには無理だろうな』などと、わざとらしく煽った。あれで『何かを正しいと信じるだけでは、取り残されてしまう』という空気が生まれた。見てるがよいぞ、アコリリス。これから、世の中は徹底して変わる!」


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[良い点] ついに最終章! 待ってましたあああああ!(大喜) 中世 終わりますか!(ニヤリ) 弾正 もう いろいろと他の世界で謀反してたんですね! 未来的な知識とか知ってたこと 気になってましたので …
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