魔力至上主義世界編 - 127 空を見る少年 (7)
「腕の付け根が溶けるようにすればいいんじゃないか?」
石造りの巨大人型ゴーレムの関節を作るに当たり、オットー少年はそう考えた。
関節部分が溶ければ自由自在に動く。
どうすれば溶けるか?
一寸動子を使ってみた。
一寸動子で色々と材質をいじってみて、肩の部分をやわらかくしてみたのだ。
「うーん、一応出来た……けど……」
やわらかく半分溶けるような肩にすることには成功した。
ちょうどドロドロに溶けたゴムのような具合である。
が、やわらかすぎる。
そのおかげで、腕がだらんと垂れ下がってしまったのだ。
おまけに肩を動かそうとすると、垂れ下がった腕がゴムひもで吊された水風船みたいに、ぶるんぶるんと揺れる。
肩がやわらかすぎるのである。
といって、固くすると、肩が回らなくなる、
どうしたらいいものか。
「困ったよ、シャル。どうしよう?」
「困った時は状況を整理すると良いのです」
「うーん、そうだなあ……」
オットー少年は整理してみた。
肩を動かすには、肩をやわらかくする必要がある。
腕を垂れ下がらないようにするには、肩を固くする必要がある。
両者を両立させるにはどうしたら良いか?
「そうだ! 動かす時だけ肩をやわらかくすれば良いんだ!」
そうすれば、肩は垂れ下がらない。
その一方で、自在に動かせる。
「でも、どうやって一瞬だけ肩をやわらかくするのです?」
「そりゃあ、シャル。もちろん、一寸動子で……あっ!」
オットー少年は自分のミスに気づいた。
このやり方だと、ゴーレムの関節を動かすたびに一寸動子を使わないといけないのである。
まず肩を動かし始める前に一寸動子でやわらかくする。動かし終えたら一寸動子で固くする。
首も肘も膝も手首足首も指も腰も背中も、あらゆる関節を動かす都度、一寸動子を使わないといけないのである。
そんな精密かつ広範囲な一寸動子を一瞬で行うのは無理である。
「あー、ダメかあ……」
「そうですね。何十人ってたくさんの人がゴーレムの関節のところに貼り付いて一寸動子を使えればいいんですが……」
「え?」
妹のシャルの言葉に、オットー少年は思わず「え?」と声を上げる。
「ど、どうされたのですが、お兄さま?」
「お前、今、なんて言った? いや、いい。言ったことはわかっている。そうだ、そうだよ! 貼り付けばいいんだよ!」
「あの……お兄さま?」
シャルは、兄の言っていることのがよくわからない。
「ああ、ごめんごめん。つまりさ、たくさんの人がゴーレムの関節のとこに貼り付けばいいってことさ」
「そんなことできるのですか?」
「できないね」
「え? じゃあダメではないですか」
「人が貼り付かなきゃいいんだよ」
シャルは、やっぱり兄の言っていることがよくわからない。
「つまりね、自動で一寸動子を使うものを作れば良いんだよ」
「自動で?」
「そう。自動で一寸動子を使う。これで、関節も勝手に柔らかくしたり固くしたりできるってわけさ」
「できるのですか?」
「さあ」
「さあって……」
「できないかもしれない。でも、できるかもしれない。こんなこと誰もやってみたことなんてないはずさ。となるとオレは世界初の挑戦者ってことになる。世界初。いい響きだろう? というわけで早速始めるぞ」
それはまったく革新的な発想であった。
これまで一寸動子は人が使うものであった。いや、今でもそれは変わらない。
それをオットー少年は自動で一寸動子を使う何かを作ろうというのだ。
それも、ただゴーレムの関節を動かすためにである。
オットー少年はその革新性に気づいていたか、いなかったか。
いたとして、それが世界に与える影響にどこまで自覚的であったか。
とはいえ、動き始めたオットー少年は止まらない。
彼は自分で言うように、世界初とか世界最初とかいう言葉が大好きだったのだ。
◇
自動で一寸動子を行う何か。
長いのでオットー少年は『一寸君』と呼ぶことにしたが、その一寸君を作るに当たって彼が参考にしたのは、自身が発明したオットー石だった。
オットー石は飛翔石の飛翔成分を石に込め、手動で上下左右前後に自在に動くようにした石である。
石に飛翔成分を込められるのであれば、一寸動子の成分も込められるのではないかと思ったのだ。
が……。
「うーん、ダメだなあ」
「むずかしいです……」
なかなか上手く行かない。
飛翔成分は、飛翔石というモデルがある。
が、一寸動子の成分は、一寸動子石なんてものがあるわけではない。
石に対して一寸動子を使っても、それは石の原子構成が一寸動子によって変わるわけであって、石に一寸動子の成分が宿るわけではない。
「うーん」
オットー少年は悩む。
「うーんです」
妹のシャルも悩む。
2人してうんうんうんうん考え込む。
そうして……。
「あっ!」
オットー少年は叫んだ。
ひらめいたのだ。
一寸君のモデルがあるではないか。
自分である。
自分自身がモデルである。
自分自身は一寸動子を使う。その一寸動子を使っている時の自分をモデルにして、それを石に込めれば良いのだ。
「シャル」
「はい」
「今から俺の体を触れ」
「……はい?」
「いや、いっそ抱きついた方が良いな」
「……あの、お兄さま?」
「オレはこれから一寸動子を使う。その一寸動子を使う時のオレをじっくりと解析するんだ。解析はお前のほうが得意そうだからな」
シャルは、やはり兄の言うことが理解できない。
その後、兄から説明を受け、やっと理解できたシャルは、それでも兄に抱きつくというのが恥ずかしかったが、兄があまりにも真剣なので何だか恥ずかしがるのが失礼なような気がして、首を縦に振った。
「わ、わかりました。やります。やりますから!」
「OK。じゃあ、さっそくやろう。さあ、シャル。ぎゅっとこい。ぎゅっと」
「うー……」
シャルは両手を広げる兄のオットー少年に抱きつく。
抱きつかれたオットー少年は、一寸動子を使う。
「どうだ、シャル。わかったか?」
「うー……、よ、よくわからないのです……」
シャルは赤面して恥ずかしそうに言う。
「そうか。1回じゃわからないのかもな。なら、もう1回」
10回やった。
それでも、シャルはわからないと言った。
「うーん。相性というのがあるのかもな。シャルとじゃなくて、この間知り合ったカーンのやつとやってみるか」
オットー少年が、最近知己を得た少年の名を挙げると、シャルがすかさず反応した。
「お、男同士ですか!?」
「うん? まあ、オレもカーンも男だからな」
「ダ、ダ、ダメです!」
「え?」
「そんなのダメです! わたし、そういうのは嫌いじゃ無いですけど、でも、お兄さまとはダメなのです!」
「あの、シャル?」
「あ……す、すみません、わたし、つい……」
「ああ、いや……」
「あの、お兄さま!」
シャルがずいっと兄に顔を寄せる。
「な、なんだい?」
「もう1度、わたしにチャンスをください。今度こそ! 今度こそ上手くやりますから!」
「いや、そりゃ、お前がやる気なら、何度でも付き合うけど……言い出したのはオレだし……」
「ありがとうございます! わたし、がんばります!」
「お、おう……」
その後のシャルの気合いの入り用はすさまじかった。
あっという間に一寸動子成分なるものを解析すると、それを石に込めることに成功したのである。
石(一寸君)に様々な刺激を与えることで、一寸君に込められた一寸動子が自動で発動する。
一寸君を大岩につけて、一寸君に一寸動子で軽く刺激を与えれば、大岩がやわらかくなったり、ドロドロになったり、コンクリートみたいになったり、ダイアモンドみたいになったり、様々な変化を遂げる。
ちょっとの一寸動子の刺激で、その何百倍もの一寸動子が作動するのである。
いわば一寸動子の増幅器とでも言うべきか。
「ようし、これさえあれば巨大ゴーレムなんて楽勝だ」
そう言って、オットー少年はゴーレム作りを再開する。
最初はゴーレムの肩の上に乗って移動することを考えていたが、落ちると危ないので、操縦席を作ってその中に乗れるようにする。
一寸君は石のように四角くもできるが、電線のように細長くも出来る。
その細長い一寸君を操縦席からゴーレムの手足につなげることで、神経のようにゴーレムを動かすことが出来る。
操縦席で使った一寸同士を増幅して各関節に送ることで、関節を自在に動かし、ゴーレムの体を動かすのだ。
最後に外見を整える。
物語に出てくる伝説の勇者のように、鎧兜を身にまとい、剣を持った姿にするのだ。
こうして巨大ゴーレムは出来上がった。
高さにして、おおよそ10階建てのビルほどはありそうな巨大ゴーレムである。
「さあ、行こう。これで空に行くんだ」
「あの、ついでですから、みんなにも見せて回りませんか?」
「みんな?」
「はい。大きな町の人達とか、故郷の人達とか、子供たちの集落とか」
「ふむ? まあ、シャルがそうしたいならやろうか。そうだな。色々と見せて回ろう」