魔力至上主義世界編 - 125 空を見る少年 (5)
「ありていに言えば、城が飛ぶことにさほど意味はない。じゃが、城を飛ばそうとしたこと。そこには深い意味がある」
弾正がこのように言っていた頃、オットー少年は早くも天空城作りに飽きていた。
「なあ、シャル。僕はもう天空城作りに飽きたよ」
「もうですか?」
エクナルフ地方では、天空城ブームが起きている。
弾正一派によって一寸動子の使い方を教えられた子供たちの間で、オットー石の作り方は急速に広まりつつある。そこかしこで天空城が飛び交い始めている。
そんな中、ブームの火付け役である本人が既に飽きたというのだ。
元祖天空城で、空高くを飛びながら、城のバルコニーでオットー少年は悲しそうな顔をする。
「僕、別に城が好きなわけじゃなかったんだ。空が好きだったんだよ」
「空ならもう到達したじゃありませんか」
妹のシャルが言う。
彼女の言う通り、オットー少年はすでに天空城を築き上げ、高々と空にまで到達している。
現に今、空にいる。
「違うんだよ、シャル。僕はね、空に行きたいんじゃないんだ。空を目指したいんだ」
「え?」
「僕はもう空に到達してしまった。これから先、どうやって空を目指せばいいんだ?」
オットー少年はそう言って嘆く。
目標に到達したならそれでいいじゃないかとシャルは思うのだが、オットー少年からしてみるとそうではないらしい。
シャルは、兄が困っているのを見て、どうにかして慰めようと思った。
えっと、えっと、と考えた挙げ句、こう言った。
「じゃあ、別の方法で目指すのはどうです?」
「別の方法……」
「はい。城以外の何か新しい方法で……きゃあ!」
シャルは悲鳴を上げた。兄であるオットー少年が突然肩をつかんだのだ。
「そうだよ、それだよ!」
「え?」
「別の方法だよ。そうさ。別の方法で目指せばいいんだよ。ははははは。やった、やったぞ、シャル。これで僕はまた空を目指せるんだ」
そう言って、オットー少年はシャルの手を取って下手なダンスをする。
シャルは目を白黒させながら、兄のダンスに付き合うのだった。
オットー少年は城を飛ばすのに成功したことで、自信をつけていた。
城が飛ばせたなら、別の方法でも空に行けるんじゃないかと思ったのである。
……オットー少年がこのような飽きっぽい性格でなかったら、世界はもう少し変わるのが遅かったかもしれない。
だが、彼は実際のところ、極めて飽きやすい性格であり、その事実が世界の変革を早めるのだった。
◇
新しい方法で空を目指す。
そう決めたオットー少年が、初めに考えたのは塔だった。
天まで届く塔を作り、その塔をのぼることで空に行こうと考えたのだ。
「塔を作るうえで何が問題になるのだろう?」
「何が問題になるのですか?」
「わからない……ともかくもやってみよう」
オットー少年は、考えるより実際にやってみた方が速いだろうと、石を積み始める。
ほどなくして難点にぶつかった。
石を高いところまで運ぶのが大変なのだ。
最初はいい。基礎を作り、それからその基礎の上にどんどんと石を積んでいけばいい。
が、次第に高くなるとやりづらくなる。
もっともこの問題はすぐに解決した。
オットー石を使えばいいのだ。
オットー石は自由自在に空を飛ぶ石である。
巨大なオットー石を作り、その上に塔の材料の石を山積みにする。自分も乗っかる。
そうして、塔のてっぺんまで登り、石を積み上げていくのだ。
シャルも手伝った。
「お兄さまが楽しいなら、わたしも楽しいのです」
そう言って、いっしょに石を積んでいく。
慣れるに従い、オットー石は巨大になり、一度にたくさんの石を載せられるのようになり、塔の製作速度は加速していく。
そして……。
「あっ!」
オットー少年が思わず声を上げた瞬間。
ガラガラガラガラガラ!
派手な音を立てて、塔が崩れ去った。
「そうか、自重だ!」
「自重ですか?」
「ああ。あまりにも塔が重いと、自分の重さでつぶれてしまうんだよ」
「ぺしゃんこです」
「そう、ぺしゃんこだ。うーん、どうやってこの問題を解決したらいいんだろう……」
オットー少年は頭をひねった。
すぐにアイデアが浮かんだ。
「そうだ、オットー石だ!」
「え?」
「オットー石だよ。塔全体を、オットー石で作るんだ」
「そんなことをしたら、塔が飛んで行ってしまいませんか?」
オットー石は天空城を飛ばすほど、強力な浮遊力を持つ石である。
塔にしたって飛ばされてしまうのではないか。
シャルはそう言ったのだ。
「飛ばす力を弱めればいいんだよ」
「弱める、ですか?」
「そうさ。飛ぶんじゃなくて浮く程度。飛びもしない代わりに、落ちもしない。空中に固定されている、といった感じかな。これなら、実質自重がなくなる。自重で塔が崩れる心配も無い。それどころか、悪い奴らに塔の下部を破壊されても、上部に悪影響はない。何しろ自重がないんだからね。下がなくなっても、上は空中に固定されたままさ」
オットー少年は一気にこうまくし立てると、さっそく取りかかった。
そうして、また塔を作り始める。
もう一度最初からやり直しであるとは言え、基礎は出来ているし、石の素材もある。
後はこの石をオットー石にして積んでいくだけである。
オットー少年も、妹のシャルも、オットー石を作るのにはすっかり慣れてきていた。
石を次々とオットー石にしていき、積み上げていく。
高々と、高々と積み上げていく。
いちいち石をオットー石にするのは大変かと思ったが、かえって楽だった。
何しろオットー石は自由自在に飛ばすことができるのだ。飛ばして石を積んでいくのだから、普通の石を積むよりも楽なくらいだった。
やがて、前回、塔が崩れた高さまで来た。
オットー少年とシャルは少し緊張する。
が、問題なかった。塔はビクともせず、ますます高く積まれていくのだった。
こうして塔ができあがった。
ここらで一番高い山よりもなおも高い、巨大な石造りの塔である。
もっとも、オットー少年自身は不満だった。
「はああ……」
オットー少年は塔の屋上でため息をついた。
「お兄さま、元気を出すのです」
「ああ、シャル、お前はいい子だなあ。ありがとう。でもなあ……」
オットー少年は意気消沈していた。
がっかりしていたのだ。
理由はこうである。
高い塔を作ったのはよい。
だが、問題はどうやって上までのぼるかだ。
山よりも高い塔をどうやってのぼる?
歩いて?
一応内部に階段は作った。
でも、この階段を歩いてのぼるのか?
普通に考えれば死ぬ。足が死ぬ。実際、1割ものぼらないうちに死んだ。
それでもなお意地でのぼろうとするオットー少年に、妹のシャルは「お兄さま、兄が痛いです、これ以上のぼれないです、残念無念です、シャルはわがままだからだだをこねるのです」とわざとらしく言って、気をつかったほどである。
だが、今、オットー少年は塔の屋上に居る。
どうやってのぼったか?
簡単である。
オットー石を使ったのである。
塔の中心部をくりぬき、オットー石で上り下りできるようにしたのだ。
要はエレベーターである。
が、オットー少年から言わせれば、「なんだよ、それ!」である。
「オットー石でのぼれるなら、塔なんて作る必要ないじゃないか!」
オットー石は単独で空を飛ぶことが出来る。
そのオットー石に乗って、塔のてっぺんまで移動してきたのだが、オットー石単独で空まで来ることが出来るのなら、塔はただ単に、空まで来た後に乗り移る場所に過ぎない。わざわざ塔なんて作らなくても空に来ることが出来た、とオットー少年は言っているのだ。
「はあ……」
シャルは困った顔をした。
兄の言うことはよくわからなかった。
誰も作ったことのない高い塔を作り、そのてっぺんまで来ることが出来たのなら、それでいいじゃないか、と思ったのだ。
似たようなことを考える者はいた。
「なあ、お前」
塔のてっぺんのオットー少年に声をかける少年がいる。
「うん?」
オットー少年が顔を上げると、天空城に乗った赤毛の少年がこっちを見ていた。
「なんだい?」
「お前、すげえな。この塔、お前が作ったんだろ。なあ、どうやって作ったんだよ。オレも作りてえよ。教えてくれよ。な? な?」
オットー少年は投げやりな気分だった。
天空城を作ったときは、教えるのにもったいぶっていたが、今は「こんな塔なんてたいしたことない」と思っていたので、もったいぶるつもりなんてなかった。
さっさと教えてしまうことにした。
「その前に名乗るよ。僕はオットー。この塔を作った者さ」
「うぇ? お前がオットー? オットー石を作って天空城を作ったやつ?」
「ああ、そうさ」
「すっげー! マジすげえ! マジかよ、うぇ!? うわあ、やべえ。やべえわ。でも、オットーならこんな塔なんて楽勝だよな。あ、オレの名前はカーンな。よろしくな。ああ、でも、すげえな。うわあ」
よく叫ぶやつだなあ、とオットー少年は思った。
とはいえ、別に教えることに抵抗はなかった。
オットー少年はカーンに塔の作り方を教えた。
カーンは「ありがとうな! あ、これ、他の奴らにも教えていい? いいの? マジありがと。やった! みんなにオットーから教えてもらったって自慢してくるから。じゃあな」と言って去って行った。
これをきっかけに、天空城ブームに引き続き、塔ブームも起こることになる。
誰よりも高い塔を作る!
そんなブームが起き、エクナルフ地方の各地に巨大な塔が乱立するようになったのだ。
中には空飛ぶ塔を作る者も現れるほどであった。
塔は町や村からも見えるほど巨大であったため、人々は天空城に引き続き、ますます唖然とするのだった。
もっともブームの火付け役であるオットー少年は、不満であった。
彼の中では塔は「大失敗」であった。
こんなので満足するわけにはいかなかった。
「どうする? どうやって空を目指せばいい? もっと新しい、画期的なやり方で」
「弾正様たちみたいに、自分の身1つで空を飛べばいいのではないですか? 鳥みたいに」
「二番煎じは嫌だ。僕はもっと新しいやり方で空に行くんだ」
オットー少年はそう言って頭を悩ませるのだった。