魔力至上主義世界編 - 124 空を見る少年 (4)
「ははっ。そんな君たちに、自作天空城に必須のオットー石の作り方を教えよう。でも、全部は教えないよ。ヒントだけだ。君たちにわかるかなあ? 無理だろうなあ」
オットー少年はそう言って、集落の少年少女たちに自慢をした。
イヤミっぽく高笑いをしながら、自画自賛した。
わざとである。
わざと、挑発するようなことを言って自慢したのだ。
オットー少年はみんなに空の良さを知ってもらいたかった。
みんなが空飛ぶ城を作るようになれば、きっと空の楽しさ・面白さ・美しさを知ってくれると思ったのだ。
高笑いをしながら、オットー少年はオットー石の作り方のヒントを与える。
「ははは、君たちに出来るかなあ?」
そんなことを言いながら、ヒントを出していく。
たとえば、オットー石を作るには、飛翔石の作り方を知らないといけない。
オットー少年は、空飛ぶ城の上から、飛翔石を作って集落に飛ばしてみせる。
「ほーら、これが飛翔石だよ。100回しか見せないからよく覚えるんだね」
100回も見せられれば、一寸動子を使える子供たちなら誰だって覚える。
もっとも、オットー石を作るにあたって一番肝心なところ、すなわち、飛翔石の飛翔成分ABCDEFGのうち、BCDEFGをたっぷり与えたあと、Aを与えるという部分はぼかした。
ここだけは自力で見つけて欲しいと思ったのだ。
自分が味わった試行錯誤の気持ちを、子供たちにも味わってもらいたいと思ったのだ。
◇
最初、集落の子供たちは上手く行かなかった。
「くっそー、できねえ」
「ぜんぜんわからないわよ」
空飛ぶ城を作るには、大きな石を自在に飛ばせるようにしないといけない。
しかし、単に石に飛翔成分を与えただけでは、石は飛んで落ちて終わりである。
自在に飛ばせるどころではない。
オットー石の作り方を教えるに当たり、オットー少年が与えたヒントはただこれだけだった。
「飛翔成分は全部で7つあるんだ。その意味をよーく考えてごらん」
考えてもよくわからない。
わからないなら、ともかくも手を動かして実験してみればいいのだが、子供たちにそういう発想はない。
時代は中世である。
中世というのは、神様が正しいことを全部教えてくれる、という時代である。
実験なんてものは、神を試すとんでもない行為である。そんなことをやろうという発想がない。
オットー少年みたいな特異な性格をした子供でなければ、そんなことをしようとは思わない。
もし、集落にいたのが大人たちだったら、ついに空飛ぶ城を作るのは諦めていただろう。
だが、集落にいたのは子供たちだった。
子供というのは、まだ頭がやわらかい。
加えて、弾正一派に一寸動子を教えられていたことにより、常識を疑うという感覚も持ち始めている。
教団の言うことが決して正しくないのだと、理解し始めている。
そして、何よりオットー少年は子供たちを挑発してきたのだ。
「あはははは、君たちにできるかなあ!」と高笑いしながら、神経を逆なでする言葉をぶつけてきたのだ。
弾正一派であれば、ある意味雲の上の存在である。
空を飛んだり、不思議な力を使ってみせても、「すごいなあ」で終わってしまう。
けれども、オットー少年は同じ町の同年代の子供である。
それどころか『ぼーっとしているバカなやつ』と笑ってきた相手である。
そのオットー少年が、「あはははは」と高笑いしながら、挑戦してきたのだ。
「やってやる!」
そんな気持ちが少年少女たちを支配していた。
そして、子供たちの1人が、とうとう実験を始めた。
「オットーのやつは、飛翔の7つの成分のことをよく考えろと言っていた。試しに、7つの成分の与え方を変えてみよう」
そう言って実験を始める。
中世の壁を越えたのだ。
その姿に、他の子供たちも感化されていく。
「あいつがやるなら、おれも……」
「わたしも……」
そうやって、実験を進める。
子供たちは試行錯誤を繰り返した。
トライ&エラーを繰り返した。
何度も何度も何度も、失敗し、失敗し、失敗し……。
そしてとうとう……。
「やった、できたわ!」
1人の少女が、ある時とうとうオットー石の製造に成功した。
あとは連鎖的である。
皆が皆、オットー石を作っていく。
思い思いの空飛ぶ城を建造していく。
ピラミッドみたいな形の城。
五重塔みたいな形の城。
ドームみたいな形の城。
様々な城が作られては空を飛んでいくのだった。
「おい、オットー。見たか。俺たちも城を作ったぞ!」
そう言って空飛ぶ城から自慢する子供たちを見て、オットー少年はわざとらしく「くそお、やられたー!」などと言うのだった。
◇
ところで集落の少年少女たちが、空飛ぶ城を作っている間、オットー少年が何をやっていたか。
「どこへ行くのですか、お兄さま?」
「他の集落さ」
「他のですか?」
「ああ、ここと同じような子供たちだけの集落が他にもあるはずだ。そこに行くのさ」
「何をしに行くのです?」
「決まっている。この城を自慢するためさ」
オットー少年は、弾正一派が築き上げたであろう、他の子供たちの集落を目指していたのだ。
大きな街道を進んでいけば、やがて町に着くだろうと、空飛ぶ城で飛んで行く。
途中で、行商人や巡礼者などが、頭上の城を見て腰を抜かしたり悲鳴を上げたりするが、オットー少年は気にしない。
ほどなくして、大きな町を見つける。
その近くを探してみると、案の定、子供たちの集落が見つかった。
オットー少年は集落の真上まで高度を下げる。
そして、仰天する彼らに向けて、また挑発する。
「やあ、僕はオットー。君たちと同じで、ついこのあいだまで一寸動子の使えない普通の子供だったんだ。でも、今はこうして空飛ぶ城すら作れるようにあった。どうだ。すごいだろう。君たちに出来るかなあ。出来ないだろうなあ。何しろ君たちは田舎者だからなあ。あはははは!」
そう言って、イヤミったらしく高笑いする。
「なんだと、お前!」
「降りてきなさいよ!」
地上の少年少女たちは叫ぶが、オットー少年は意に介さない。
代わりに、地元の集落でやってきたように、ヒントを与える。オットー石の作り方のヒントだ。
「ま、君たちみたいな田舎者じゃあ、知的な都会人の僕のヒントは理解できないだろうけれどね。あっははははは!」
「お兄さま、どんどん高笑いが上手くなっているのです……」
そうやって、オットー少年は各地を回る。
回るたびに挑発する。
挑発された側は奮起し、空飛ぶ城を作る。
こうして2ヶ月もすると、エクナルフ地方全域というわけにはいかなくとも、その一角で城が大量に空を飛び始めたのだ。
◇
「わはははは、なんと愉快げな光景じゃ!」
空飛ぶたくさんの城を見て、弾正は笑った。
子供たちは城作りを競い合っている。互いに、創意工夫を試し合っている。
自分の城のほうがかっこいいぞ、でかいぞ、美しいぞ、と自慢し合っている。
「わあ、すごいです……」
「なにこれ……」
弾正の横では、アコリリスとネネアがぽかんと口を開けている。
彼らは、都市ダイアから南下して、噂の空飛ぶ城を見に来たのだ。
多数の城が空を飛んでいる様は、想像以上の迫力であった。
「見るがよい。童どもは、実に楽しげに遊んでおる」
「……あれが遊びなの?」
ネネアが唖然とした顔で言う。
「さよう。ぼくのかんがえたかっこいいしろ、を作り合って飛ばし合うのじゃ。実に見事な遊びではないか」
「神様は、こうなることを予期していたのですか?」
アコリリスがたずねる。
「いや、かような城ができあがるとは予想だにしておらんかったわ。じゃが、城でなくとも、誰かが似たようなことをやるとは期待しておった。予想以上のできばえじゃったがな」
「でも……」
「ん?」
「でも、これが何なのよ?」
ネネアが弾正に問う。
「何なのよ、とは?」
「たくさん城が飛んで、それでどうだというのよ?」
何か意味があるのか、とネネアは言いたいのだろう。
「意味はある」
「どんな?」
「ありていに言えば、城が飛ぶことにさほど意味はない。じゃが、城を飛ばそうとしたこと。そこに大きな意味があるのじゃ」
そう言って、弾正はニヤリと笑うのだった。