魔力至上主義世界編 - 123 空を見る少年 (3)
慣れてきた。
地面を飛翔石にして飛ばすことである。
オットー少年は妹のシャルと地面に寝転がる。
寝転がって一寸動子を使う。
すると、地面がボコリと浮かび上がり、飛ぶ。
ふわふわと浮かび続ける。
あまり高くは飛ばしたりはしない。危ないからだ。
ゆっくりと、そっと浮かばせる。
「お兄さま、ふわふわなのです」
妹のシャルが楽しそうに言う。
「そうだな、ふわふわだ」
「楽しいです」
「ああ、そうだな。楽しいな」
オットー少年はそう言って笑ったが、内心は物足りない物を感じていた。
オットー少年は空が好きなのだ。
なのに、こんなにちょっぴり浮かび上がるだけで喜んでいていいのだろうか?
いや、よくない。
しかし、高く高く浮かび上がったところで、飛翔石である。
いずれ効果が切れる。
切れると、落ちる。
低いところからならともかく、高いところから落ちれば死ぬ。
(死ぬのはやだなあ。オレも死にたくないし、シャルも死なせたくないなあ)
じゃあ、どうするか?
弾正たちが出した答えは『自ら飛ぶ』である。
彼らは飛翔石の原理を使って、鳥のごとく自由自在に空を飛ぶ。
けれどもオットー少年は別のことを考えた。
この地面を、未来永劫、空に浮かばせられないだろうか、と思ったのだ。
「シャル」
「なんですか、お兄さま?」
「飛翔石の作り方はわかっているな?」
「ええ、ばっちりです、お兄さま」
「なら、今からこの地面を飛ばす。ただし……」
そこでオットー少年は一息入れ、それからこう言った。
「ただし、思いっきりやる」
「思いっきり、ですか?」
「ああ」
飛翔石というのは、基本ただの石である。
ただ、飛翔成分というべきものが含まれていて、それで飛ぶ。
この成分は一寸動子によって与えることができる。
ただし、石に含まれている飛翔成分は、石全体のごく一部である。
それを、たっぷりと入れてやろうというのである。
「でも、それですと、飛翔成分を入れている途中で石が飛んでしまわないですか?」
シャルはたずねた。
飛翔成分をたっぷり入れると言っても、成分が少しでも入っていれば石は飛んで行ってしまうのである。
たっぷり入れるなんて無理ではないか?
そうシャルは疑問をていしたのだ。
「大丈夫だ。キーとなる成分だけを後に入れるようにする」
オットー少年は答えた。
飛翔石の成分は100%完成して初めて意味がある。
飛翔石の成分は大まかに言って、ABCDEFGという7つの種類の成分で構成されている。ABCDEFGという名は仮称だが、ともかくも7つの成分で構成されている。このうちABCDEFの6つまで与えたところで飛ばない。
Gまで与えて初めて飛ぶ。
通常はABCDEFGまで1回入れて終わりである。
ところがオットー少年はABCDEFを何回も何回も入れた後、最後にGを入れようというのである。
もっとも、それだとABCDEFに比べて、Gの成分量が少なくなってしまうため、どうなるかはわからないが。
「ともかくやってみたい。いいか?」
「はい、お兄さま」
シャルはうなずいた。
「よし、やるか」
「はい」
2人は地面に飛翔石の成分を与えていく。
ABCDEFを何度も何度もたっぷり与えていく。
そして限界まで与えた後、最後にGを与えると……。
ぼふっ!
爆発のような衝撃の後、地面が飛んで行った。
通常の飛翔石とは比べものにならない。
もう少し角度を変えれば、宇宙にまで飛んで行って人工衛星になったんじゃないかと思えるほど、勢いよく飛んで行った。
「すごいな……」
「すごいです……」
2人は感心した。
不動服を着ていなければ、危なかったかもしれない。
それくらいの衝撃だった。
「でも、これじゃダメだな……」
オットー少年は唸った。
彼は別に宇宙に行きたいわけではないのだ。
というか、宇宙に行っても死ぬだけである。
自殺願望はない。
「よし、最後に与える成分を変えよう」
「変えるのですか?」
「ああ、変える」
さっきはGを最後に与えた。今度はFを最後に与えてみよう。
つまり、ABCDEGを何度も何度も注入した後、最後にFを与えるのである。
オットー少年は先ほどと同じように地面に飛翔石の成分を与える。ABCDEGを何度もたっぷりと与える。そうして最後にFを与える。
結果は同じだった。地面は宇宙船のごとき勢いで、空に飛んで消えていく。
「まだまだ」
Fが最後でダメならEが最後。Eが最後でダメならDが最後。
オットー少年は繰り返す。
そして、最後にAを試した時……。
「おお!」
「ふわふわなのです!」
地面はふわりと浮かび上がった。
オットー少年の膝くらいの高さでしかないが、それでも宇宙船のような勢いで飛んでいってしまわず、ゆっくりと浮かんでいる。
もっともこれだけなら最初に地面を飛ばした時と同じである、
問題は地面が落ちないことである。5分、10分と経っても浮かび上がったままということである。
「すごいのです。ずっとずっとふわふわなのです」
「驚いたな……」
地面はいつまでもいつまでも、ふわふわと浮かび続けるのだった。
「よし、なら今度は……」
オットー少年は地面にAの成分をちょっとだけ与えてみた。
するとどうだろう。浮いていた地面が、さらに高度を上げたのだ。
さっきまでオットー少年の膝くらいの高さだった地面は、腰くらいの高さになる。
何度も何度も、Aの成分を与えるたびに高度を上げていく。
逆に、Aの成分を抜くと高度を下げていく。
「これは……行けるんじゃないか?」
「何をするつもりなのですか?」
シャルの質問に、オットー少年はニヤリと笑った。
◇
1ヶ月後、少年少女たちの集落(弾正一派から一寸動子を教わり、町から出て行った10歳以下の子供たちの集落)は、度肝を抜かれた。
城である。
城が空を飛んできたのである。
「な、なんだありゃ!?」
「城だ! 城が空を飛んでいるぞ!」
石造りの尖塔をいくつも持つ巨城が、集落の上空まで飛んできたのである。
そして、ゆっくりと集落に降りてくる。
「わ、わ、わ!」
「つ、つぶされちゃうわ!」
みな、口々に悲鳴を上げる。
が、城は集落の少し上で、ぴたりと止まった。
そして、窓から見覚えのある少年が顔を出したのである。
「やあ、みんな。こんにちは」
オットー少年である。
「オ、オットー!」
「あ、あんた何やってんのよ!」
少年少女たちは口々に叫ぶ。
遊べという弾正の命令を無視し、どこかをほっつき歩いていたオットー少年が、突然謎の城と共に降り立ってきたのである。
わけがわからない。
「なにって、遊んでいるんだよ」
「あ、遊びだぁ?」
「そう。遊び。空飛ぶ城を作る。最高の遊びだろ?」
そう言ってオットー少年は笑う。
この1ヶ月、オットー少年はずっと妹のシャルと空飛ぶ城を作っていたのだ。
まず城を作る。石造りの城である。
これは一寸動子で作れる。慣れない当初は苦労したが、コツをつかんでからはスムーズに進んだ。
次に城に飛翔石を埋め込む。
A成分以外をたっぷり込めた、例のふわふわ浮かんで高度を自在に調整できる飛翔石である。
オットー少年は、これをオットー石と名付けた。
城を飛ばせるくらいに巨大なオットー石を、いくつも作って埋め込む。
1つでは出力が足りないというのもあるし、1つや2つが壊れても落ちないようにするためでもある。
後は全部のオットー石にA成分を与えれば、空飛ぶ城の完成である。
高度はA成分の多い少ないで調整できる。
さらに、飛んでいる最中、オットー石からB、C、E、F成分をそれぞれ少しだけ抜くと、飛翔石はそれぞれ前、後、左、右にゆっくりと移動することもオットー少年は発見していた。
これにより、城は前後左右上下に自由に移動できることになる。
例えば、前方右上に飛ばしたかったら、A成分を加え、B・F成分を少し抜けばいいのだ。
「どうだい。すごいだろう?」
オットー少年は満面の笑みで言った。
自慢である。
紛れもなく自慢である。
実に子供らしい、天真爛漫な自慢である。
「ぐっ……!」
「くうっ……!」
地上の少年少女たちは、歯がみをした。
確かに、この上もない遊びに思えた。
子供である彼らにとっては、なおのことそう思えた。
そして、自分たちがやっている鬼ごっこやままごとという遊びが、とたんにみすぼらしく思えた。
かっこわるく思えた。
いかにも幼稚な遊びに思えてしまったのだ。
くそっ! オットーのやつめ! いつのまにあんなすごいことを!
そうやって悔しがる少年少女たちに、オットー少年は言った。
「ははっ。そんな君たちに、天空城に必須のオットー石の作り方を教えよう。でも、全部は教えないよ。ヒントだけだ。君たちにわかるかなあ? 無理だろうなあ」
オットー少年はわざとらしく挑発するように言うのだった。