魔力至上主義世界編 - 122 空を見る少年 (2)
「弾正様からの伝言だ。『童どもよ、自由に遊ぶがよい』」
弾正一派からこのようなことを言われ、3日が過ぎた。
子供たちは遊んでいる。
都市から離れた一種の集落(集落という割には立派な建物がたくさんあるし、住んでいる子供たちの人数も多いが)で、鬼ごっこやかくれんぼをしたりしている。
一寸動子を使っても遊んでいる。一寸動子を使って石を発射する破壊力を競い合ったり、一寸動子を使った本格的なままごとをやったりしている。
文字通り遊んでいるのだ。
オットー少年は、その輪には加わらない。
相変わらず、寝転がって日がな1日、空を眺めている。
「いけないんだぞ。遊べって言われたじゃないか。遊ばないとダメなんだぞ」
そう言って、子供たちが文句を言いに来ることもあるが、オットー少年はぼんやりした口調で、
「いいんだよ。こうやって空を眺めるのが、オレの遊びなんだ」
と言って相手にしない。
妹のシャルと2人で、1日中寝そべっている。
食べ物は一寸動子で作り出すことができる。
あまり美味いとは言えないパンだけれども、味にはさほどこだわりもない。妹のシャルも、おいしいおいしい、と言って食べてくれる。
服も、不格好ながら一寸動子で作れる。
バリアを発する不動服はさすがに作れず、支給された1着しかないが、暖を取るための服であれば作れる。
雨風をしのげる家もある。
寝るためのベッドもある。
生活には困らない。
困るとすれば、弾正一派の言っていたことの意味がわからないと言う点だろうか。
「弾正様からの伝言だ。『童どもよ、自由に遊ぶがよい』」
あれはどういう意味なのだろうか?
オットー少年は妹のシャルにたずねる。
「なあ、シャル。お前、遊ぶって言ったら何を思い浮かべる?」
「んー? お兄様と一緒にいることです」
「そうかー」
あまり参考にならない。
同年代の子供たちは、文字通りの意味に受け止め、日々遊んでいる。
子供らしくて結構ではあるが、それでいいのだろうか、という気がしてくる。
弾正一派と名乗るあの人たち。一寸動子という不思議な力を使えるようにしてくれたあの人たちが、わざわざ普通に遊べと言ってくるだろうか。
もちろん、言ってくるかもしれない。
彼らは子供たちが楽しく遊んでいるところを見るのが大好きで仕方がなく、それを見たいがために子供たちを都市から引き離して、自由に遊べる環境を作ったのかもしれない。
確率はゼロではない。
でも、本当に?
(そういえば、オレにとっての遊びって何だろう?)
空を眺めるのがオレの遊びなのさ、と言いはしたが、けれども今の自分は一寸動子が使える。
この力があれば、今までやりたくてもやれなくて、無意識のうちに押し込めてきたような本当にやりたい遊びが出来るんじゃないだろうか?
オットー少年は起き上がろうとした。
が、寝転がっている状態から起き上がるのは面倒くさかった。
空を見るのをやめるのも嫌だった。
このままの姿勢で何かをしようと思った。
(空に近づいてみようか)
なんとなくそう思った。
寝転がっている地面ごと飛ばしてみようとしたのだ。
「シャル。お前、地面が動くの平気か?」
「うーん? よくわかんないけど、たぶん平気です」
「そうか。なら……」
オットー少年は地面を動かそうとした。
ズズッ……。
一寸動子の力でわずかながらに動いた。
が、それだけだった。
一寸動子は本来、約4キログラムの物体を約3センチ動かす能力である。
直接ものを動かそうとしても、さほど動かない。
(さて、どうしよう?)
オットー少年は考えた。
過去の記憶を探った。
何か空を飛ぶものがなかっただろうか。
「シャル」
「なあに、お兄様」
「今までに何か空を飛ぶもの、見たことないか?」
「鳥さん」
「ああ、そうだな、鳥だ。後は?」
「雲。それとね、太陽、お月様、お星様!」
月が空を飛ぶというのは詩的でいいな、と思った。
オットー少年のイメージだと、月や星は空に浮いているものだが、なるほど言われてみれば飛んでいると言えるかもしれない。
もっとも、今はポエムな気分に浸っている場合ではない。
「あ、そうだ。シャルも飛べます!」
「え?」
「ほら、お兄様、見てください。ほら」
シャルはそう言って立ち上がると、ぴょんぴょん真上に跳ねて見せた。
小さな女の子が、ぴょこぴょこと飛び跳ねている様子は可愛らしい。
「ほら見てください、お兄様。シャル、飛んでます」
「ああ、そうだな。飛んでいるな」
オットー少年はうんうんとうなずいた。
同時に、頭の中で何か記憶が呼び覚まされるような感じがした。
(なんだろう、これは一体、なんだろう……)
ぼんやりと頭に浮かび上がってくる記憶をたぐり寄せる。
(あっ!)
思い出した。
あれは確か1年前のことである。
オットー少年が、いつものように住んでいる都市を出て、近くの丘で寝そべりに行こうとした時である。
途中、農民たちが井戸を掘っていた。
何でも、今まで使っていた井戸が涸れ、新しい井戸を掘る必要があるのだそうだ。
農民たちは懸命に穴を掘る。
その時である。
突如として、ロケットのように何かが一斉に飛び出した。
「わわっ!」
農民は腰を抜かした。
飛翔石である。
普段は地面に埋まっており、地面から出ると勢いよく空に向けて飛んで行き、やがて力を失って落下してただの石ころになるという不思議な石である。
イリスの泥草街に豊富に埋まっていたそれは、農民らが井戸を掘っていたあたりにも大量に埋まっており、それが勢いよく連続して飛び出したのだ。
打ち上げ花火のようにぴゅんぴゅんと真上に向けて飛んで行く飛翔石を、オットー少年はぼんやりと眺めていた。
シャルがぴょんぴょん飛び跳ねているのを見て、オットー少年はその時のことを思い出したのだ。
「そうだ、飛翔石だ!」
オットー少年は、のそのそと起き上がった。
普通なら、何かを閃いたとなれば、俊敏に起き上がって駆け出すのだが、この少年はマイペースである。
「お兄様、どこか行くのですか?」
「ちょっとな。シャル、お前も行くか?」
「はい」
2人して出かける。
オットー少年は記憶力が良かった。
物覚えが悪いように両親からは思われているが、自分が納得できないことを「これはこういうものだから」と丸暗記するのが苦手なだけで、記憶するという能力は優れている。
すぐに、農民たちが井戸を掘っていた場所を突き止める。
周囲に人はいなかった。
農繁期ではないからというのもあるだろうし、飛翔石が大量に埋まっているということで、危ないから近づかないようにしているのかもしれない。
「いいか、シャル。危ないから近づくなよ。少し離れて見ているんだ」
「はい」
オットー少年は、地面を掘り始めた。
スコップだのシャベルだのは使わない。
彼には一寸動子がある。
4キログラムの地面を3センチずつ、ボコリボコリと少しずつ持ち上げていく。
持ち上げ終わったら、また別の地面を持ち上げる。
何度か繰り返していた時のことである。
「わっ!」
「わあああ!」
オットー少年とシャルが声を上げた。
飛翔石である。
掘り当てた飛翔石が1個、勢いよく地面から飛び出し、上空に向けて飛んで行ったのである。
「シャル」
「なんですか?」
「今の石、見たか?」
「はい。びゅーんって飛んで行きましたね」
「あれを作れって言ったらできるか?」
「え? 無理なのです。1回しか見てないのです」
「ああ、オレもだ」
アコリリスは飛翔石を一度見ただけで一寸動子で再現することができたが、オットー少年もシャルもそこまで一寸動子の才能は無い。
一度見ただけで、同じのを作れと言われても、無理である。
が、別段、オットー少年は気にしない。
「まあ、いい。飛翔石はたくさん埋まっているんだ。何度も見ればできるだろう」
「シャルもよく見ておきます」
オットー少年は、地面を持ち上げた。
何度も何度も持ち上げた。
時折、飛翔石が飛び出した。
それを妹のシャルと2人でじっと観察した。
観察し終えると、また地面を持ち上げた。
おおよそ10回ほど、飛翔石が飛ぶ様を見た頃だろうか。
「よし、だいたいわかった」
「シャルもです。たぶんできるのです」
2人は地面に落ちている石ころを、飛翔石に変えてみた。
一寸動子の力を使い、石ころを粒子単位で組成を組み替えていく。
そして……。
「あ、できた」
「シャルもできたのです」
石はぴょこんと飛び上がった。
天然の飛翔石のようにロケットのごとき勢いで、というわけにはいかなかったが、何度か練習していくうちに勢いも増していくだろう。
「よし、シャル。戻るぞ」
「え? 石で遊んでいかないのですか?」
「もっと楽しいことをやるんだ」
2人は丘に戻ってきた。
寝転んでいた丘だ。ここに寝転がり、空を眺め、寝転がっている地面ごと飛べないかと思い、その手段として飛翔石を探しに行ったのだ。
そもそもの目的は、地面ごと空を飛ぶことである。
オットー少年はシャルと地面に寝転がった。
そして、一寸動子を発動させる。
自分が今寝転がっている地面そのものを飛翔石にするようなイメージで、力を発動させる。
すると、どうだろう。
「あ」
「わああ」
2人が寝転がっている部分の地面がボコリと音を立て、ゆっくりと浮かび上がった。
地面はふわふわとゆっくり浮かんでいき、そして……。
「わわっ!」
「きゃああ!」
ドスンと地上に落ちた。
飛翔石の効果が切れてしまったのだ。
大して高くもなかったし、2人とも不動服を着ていたおかげでケガはまるでなかったが、それでもびっくりした。
「わあ、びっくりしましたねえ、お兄様」
「ああ」
まだまだ課題は多いな、とオットー少年は頭をかいた。
オットー少年のやっていることは、まだまだ革新的ではない。
飛翔石を利用して空を飛ぶというのも、弾正たちが既にやっている。
が、少しずつ少しずつ、革新的な行為へと近づいているのだった。