魔力至上主義世界編 - 121 空を見る少年 (1)
オットー少年はぼんやりしていた。
厚ぼったい瞼に眠そうな目をしている。
年齢の割に体は大きいが、どこかのっそりとした印象があり、鈍重な小熊のようである。
日がな1日、空を眺めている。
10歳のオットー少年は、本来なら家の手伝いをする年頃だが、彼は働かない。
オットーの家は豊かな商家である。オットーは四男である。兄3人はそろって利発である。この場合の利発というのは、言われたことにすばやく反応し、飲み込みもよく、きびきびと動くことを指す。両親は、そんな兄たちを可愛がった。
一方、オットーは鈍重である。何かを言われると、まず頭に?マークを浮かべ、それからようやく考え出すような子供である。おまけに言われたことにいちいち疑問を差し挟む。どれだけ答えてやっても、納得しない。両親から見れば、飲み込みが悪いとしか思えない。
「この子はダメなんじゃないか?」
両親はそう考えた。
が、別段、彼らはオットー少年を虐待したり、放逐したり、間引いたりはしなかった。
家が豊かで、上の子供3人は優秀なのだ。余裕があり、ゆとりがあった。
「まあ、1人くらいはこういうバカもいるものさ」
「そうね、この子はバカなんだから、仕方ないわね」
そう言って、両親はオットー少年に期待するのをやめ、出来の悪い飼い犬のように扱うことにした。
哀れむように、見下すように、可哀想な生き物を見るように相手をするようにしたのだ。
兄たちも同じである。
両親よりも子供である分、より露骨に「お前はバカだなあ」とか「よくそんな愚かで生きていけるな。恥ずかしくないのか?」などと言って嘲笑する。
近所の人たちは「金持ち商家のバカ息子」と呼んであざ笑う。
同年代の子供たちもそれにならって、オットー少年が町を歩いているとからかってくる。
もっとも末の妹のシャルだけはオットー少年によく懐いた。
両親は、子供に関しては上の3人の兄たちで満足しており、オットー少年が『不出来』だったこともあり、うっかりできてしまった末の妹に対して今さら期待はしなかった。
兄たちも忙しく、かまってくれるのはオットー少年だけだった。
去年病気になった時、ただ1人看病してくれたのがオットー少年ということもあり、7歳のシャルはすっかり兄に懐いてしまった。
「みんな、お兄さまをバカにしてひどいのです」
妹のシャルはそう言って頬を膨らませる。
「んー、まあ、オレはあまり気にしてないぞ」
オットー少年はぼんやりとした顔で言う。
実際、彼は周囲の嘲笑はあまり気にしていなかった。
そもそも地上のことはあまり興味が無かった。
それより空なのだ。
オットー少年は妙に空に引きつけられた。
理由はわからない。
ただただ引きつけられた。
(空とは何だろう。青かったり、赤くなったり黒くなったりして、太陽や月や星が出て来たり、白い雲が出て来たり、雨が降ってきたり……。手を伸ばせば届きそうで、でも届かなくて……。なんなんだろう……。本当になんなんだろう……)
オットー少年は人口1万人ほどの中規模な都市に住んでいる。
都市から出ると、ちょっとした丘がある。
オットー少年はそこに寝転んで、よく空を眺める。
妹のシャルは、兄の頬をつんつんしたり、一緒に寝転がったり、兄の頭に花飾りをつけたりして遊ぶ。
オットー少年はそれに構わず、空を眺め、時折手を伸ばす。空に向けて伸ばす。手は宙を切る。何もつかまない。それでも時折伸ばす。
そして帰る。
もしこのまま何事もなければ、彼は両親や兄たちにやっかいもの扱いされながら一生を終えていたことだろう。
◇
弾正一派がやってきたのはそんな折りである。
弾正一派といっても、能力はピンキリである。オットー少年の住む都市にやってきたのは、能力の高い方であった。
彼らは、まず今年10歳になる子供たちに効率よく一寸動子を教え、それから9歳以下の子供たちにも一寸動子を教え、教団をボコボコにさせた。
この時、オットー少年は別段、頭角は現さなかった。
目立たなかった、と言った方がいい。
一寸動子は教わった。使えるようにもなった。
飲み込みが悪いと両親から思われているオットー少年だが、理屈を筋道立てて教えれば理解できる。彼に一寸動子を教えた者が理論派だったことも幸いし、オットー少年は理解した。
が、別段、一寸動子が抜群に上手いというわけでもない。
というより、むしろあまり一寸動子が上手くなりすぎてはまずい、とさえ思っていた。
(へたにこの一寸動子というのが得意になったら、何をやらされるかわかったものじゃないぞ。兵士として戦わされたり、1日中パンを作らされたりするかもしれない。冗談じゃない。そんなことさせられたら、空を見ている時間がなくなっちゃうじゃないか)
そう考え、妹のシャルにもあまり一寸動子を上手になりすぎないように、と言いつけた。
もっとも「一寸動子を覚えるのはいいし、練習するのもいいが、あまり上手になりすぎたらまずいので、そこそこ上手くなるように」などと言われたシャルはかえって混乱してしまい、オットー少年は「普通に一寸動子を練習していいぞ」と言い直す羽目になったのだが。
なお、幸い、と言うべきかどうかはわからないが、シャルの一寸動子の腕前はほどほどであり、オットー少年と同様、目立つことはなかった。
弾正一派もオットー少年のことは記憶していなかっただろう。
それくらい彼は目立たなかった。
ほどなくして弾正一派は留守役を1人残して去って行った。
留守役も、オットー少年の住む都市だけに構っているわけではない。
このあたり一帯を見回っている。
子供たちは一時的に放置された。
10歳以下の子供たちは、都市から離れた場所に暮らしている。
一寸動子を覚えたことで、都市の支配者である教団に結果として喧嘩を売った形になったのだ。都市から出て行くことになった。ヒグリス村や都市ゴーニュで起きたのと同じ現象である。
子供たちが暮らしているのはもともと森だった場所である。そこを切り開き、建物をいくつも建て、ちょっとした町を建設した。
すべて弾正一派の泥草たちがやったことである。子供たちは一寸動子を教わったとはいえ、まだそこまではできない。
子供たちはすでに食べ物を自在に生み出すことができる。
飢えることはない。
建物があるし、毛布も人数分あるから、凍えることもない。
オットー少年は隅っこの小さな建物に、妹のシャルと2人で暮らしていた。
どうしようか、と彼は思っていた。
(ここを出て行こうか? 弾正様の家来と名乗るあいつらが戻ってきたら、何をさせられるかわからない。オレとシャルの2人くらいなら食べていけるようになったんだし、逃げた方がいいかな?
でもなあ……空、飛びたいんだよなあ……。あいつら空飛べるんだよなあ。思わず飛び方を教えてくださいって言ったら、笑って「まだダメだよ」って断られちゃったけど、でも、飛び方を教えてくれるかもしれないんだよなあ。飛びたいなあ。飛びたい。すごく飛びたい。残っていれば、いずれ飛び方を教えてくれるかもしれない。
ああ、でもなあ……兵隊にされちゃうかもしれないんだよなあ……どうしよう……どうしよう……)
シャルに聞いてみる。
「お前、もしオレと2人でどこか遠いところで暮らすとなったら平気か?」
「お兄様と一緒なら、どこでも大丈夫!」
出て行くことに反対はされなかった。
後はオットー自身の意思次第である。
ここに残るか。出て行くか。
オットー少年は考える。考えるが答えは出ない。
答えを出すには、情報が不足している。
それでも決断はしないといけない。
オットー少年は想像した。
ここに残って兵隊とかパン作りの労働者とかにされちゃった場合と、ここを出て行った後で、実は空を飛ぶ方法を教えてくれるとわかった場合とで、どっちのほうが強く後悔するか。どっちのほうが悔いが残るか。
それをできるだけリアルに想像したのだ。
想像した結果、後者のほうが後悔が強いとわかった。空を飛べる方法を知る機会を逃してしまった時の後悔たるや、想像するだけで身が裂けてしまいそうだった。
(よし、残ろう!)
オットー少年は決断した。
◇
2週間後、オットー少年は困惑した。
戻ってきた弾正一派は、こう言ったのだ。
「弾正様からの伝言だ。『童どもよ、自由に遊ぶがよい』」
オットー少年の存在は、のちに世界を変えていく大きな一因となっていく。
その活動が始まったのが、この瞬間だった。
もっともまだそのことは誰も……本人すらも気づいていなかった。
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新連載始めました。
タイトルは「レベル1の俺が魔王を倒すと言ったら、みんな笑った。でも、前世が名探偵だったおかげで本当に倒してしまい……」です。
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なお、本作と比べ、ざまぁ要素は弱いですので、ご了承ください。
本作の投稿ペースは週1を守りたいですが、間に合わなかったら申し訳ないです。