魔力至上主義世界編 - 118 ゴーニュ 前編
ヒグリス村と似たようなことは、各地で起きていた。
というより、弾正が起こしていた、と言うべきなのだろうが。
たとえばゴーニュという都市がある。
この世界の中心地域であるエクナルフ地方。
戦国日本でいえば京を中心した畿内、現代日本でいえば東京を中心とした関東地方に該当するのが、この世界では首都イリスを中心としたエクナルフ地方である。
都市ゴーニュは、そのエクナルフ地方の南西にある。
イリスを東京とするなら、名古屋くらいの都市というべきか。
人口は5万人。中世としては大都市である。
そのゴーニュにも、弾正の一派が派遣されていた。
そもそもイリスでの最終決戦以前、弾正たちはエクナルフ地方の1割程度の都市・村でしか活動をしていなかった。
が、最終決戦は終わった。
教団最大武力はボコボコにされ、教団自体は次期大神官の選出にかかり切りになっている。
邪魔者はもういない。
この間に、一気に勢力をエクナルフ地方全体に拡張しようとしているのだ。
エクナルフ地方にある10万個の村と1200個の都市すべてに、人員を派遣し、ヒグリス村と同じようなことをするのである。
南西の大都市ゴーニュに派遣された弾正一派は、早速活動を開始した。
「子供たちの勧誘が第一ね」
リーダー格の泥草の少女は言った。
「どうするんだ?」
副長格の男が言うと、リーダ格の少女はこう言った。
「まずは、話を聞いてくれて、素直にこちらの言うことを信じてくれそうな子。ぶっちゃけて言えば、誘拐されそうな子に声をかけましょう」
「なぜだ?」
「素直な子なら、一寸動子も素直に覚えてくれるでしょう?」
リーダー格の少女が言うと、副長はなるほどうなずいた。
「わかった。なら、それは俺が……」
「ダメよ。あんたみたいなごつい男がいきなり来たら、泣き出すに決まっているでしょ。悪魔がやって来たかと思われるわよ」
少女が言うと、周りが「あはは」と笑う。
「ぐ……なら、俺はどうすれば……」
「あんたはヒーローになりなさい」
「ヒーロー?」
「ええ。いじめられている子やむくわれない子。そんな子たちに手をさしのべなさい。困っているところにさっそうと現れて、力のあるところを見せつけるの。そして、俺に付いてこい、と言うのよ。それなら、そのごつい姿も頼りがいのあるように映るわ」
「なるほど、わかった」
リーダー格の少女は、こういうタイプの子にはあなた、こういったタイプの子供にはあんた、という風に人員を振り分けていく。
「それで、子供たちを勧誘したらどうするんだ?」
副長がたずねる。
「一寸動子をみっちり叩き込むわ」
「それで?」
「その子たちにボスになってもらう」
「ボス?」
「ええ。これだけ大きな町よ。同年代の子供たちのグループがいくつもあるはずよ。それを、一寸動子を教えた子に支配させるの。力で支配させるのよ。同年代の子に完璧にやられれば、必然、その子が新しいボスになるでしょう?」
「なるほど。そうやってグループを乗っ取るのか」
ゴーニュほどの都市ともなれば、子供たちの数も万を超える。
1人ずつ声をかけていっては終わらない。
それゆえ、リーダ格の少女は、こういう手法をとったのだ。
「乗っ取ったら、そのグループの子たちにも一寸動子を教えるわ」
「ん? だが、グループと言っても、年齢の幅はあるだろう。同じグループの中でも、魔法の実を食べたことのある子と、食べたことのない子がいるんじゃないか? 食べたことのある子は、いくら一寸動子を教えても使えないだろ」
「大丈夫よ。一寸動子はみんな使えるはず。だって、魔法の実を食べたら世間から一人前扱いされるようになるのよ。同じグループには入らないでしょ」
「ふむ。確かにそうだな」
「でしょ。なら大丈夫。さあ、まずはここまでやりましょう。みんなすぐ動いて」
ひと月が過ぎた。
少女の思惑は的中した。
都市の8~10歳程度の子供たちの多くが、彼女の支配下に入ったのである。
「それで、この後はどうするんだ?」
副長が聞くと、リーダーの少女は「そうね」と考え込む仕草を見せた。
仕草は見せているが、一応リーダーらしく熟慮している振りをしているだけで、内心はどうするかすでに決している。
贅沢を見せつけるのである。
農村部と違い、ゴーニュは大都市である。農民は少数派であり、役人や商人や職人といった者達が多い。
が、やることは変わらぬ。
彼らとて、食べていくために働いているのだ。
麦のため、服のため、家賃のため、懸命に働いているのだ。
だったら、彼らの苦労をあざ笑ってやればいい。
泥草をクズだとバカにし、虐待している彼ら。そんな彼らが一生懸命作っているものを、自分たちがあっさりと、しかもより高品質に作り上げてしまえばいいのだ。
「そうすれば大人たちはきっとムキになるわ。嫉妬する。特に神官連中は怒り狂うわよ。あいつらは、自分たちの理解できないことなんかないと思っている。一寸動子なんて理解不能なものを見せつければ、きっと顔を真っ赤にして襲いかかってくるわ」
「大丈夫か?」
副長は心配そうな顔をして聞いた。
いくら一寸動子を教えたとは言え、子供たちは教団連中を相手に戦うのは初めてである。
教団は恐ろしい。最強だ。
この世界の人間は、そう叩き込まれている。
子供であれば、その呪縛も弱いだろうが、呪縛がないわけではない。
怖じ気付いてしまわないか、と副長は懸念したのだ。
「大丈夫よ。ボス格の子供たちに、神官連中と戦わせるわ。あの子たちもボスなんだから、手下の子供たちにかっこわるいところは見せられない。内心はどうあれ、堂々と戦うわ。それに不動服を着ているんだから、へなちょこ魔法なんか効かないわよ。万が一があっても、わたしが回復してあげられる。何も問題は無いわ」
そう言って、少女は子供たちを町の広場に送り出した。
子供たちは大人達の視線にうろたえながらも、一寸動子の実演を始めた。
ヒグリス村と同じく、次々とパンや果物や肉を作り出していったのである。
「お、おい、なんだ、ありゃ……」
「パンを作ってやがるぞ!」
「肉も作ってるわよ!」
どよめきが起こった。
ただちに町の支配者に連絡が行く。
この町の支配者は、ピエールという名の中神官だった。
ゴーニュは3人の中神官によって治められ、そのうちの筆頭格がピエールだった。
女好きのピエールは、その日も昼間から女を囲って楽しんでいたが、突然の報告に邪魔をされて不機嫌になる。
「ああん!? ガキどもが広場で騒いでいるだあー? そんなの放っておきゃあいいだろうがよおー。なんだって、この俺様が行かなきゃならねえんだよー」
そう言って嫌そうな顔をするが、部下の小神官は「それでも来てください!」とわめく。
あまりにもわめくので仕方なしに広場に行き、そして絶句した。
子供たちが次々と食べ物を生み出している。
のみならず、これこそ神の子の奇跡である、と称している。
「おい、ガキども! てめえら、神の子を語るとは正気かあー? 今なら半殺し程度で許してやるからよー。さっさと謝ってくれねえかー? じゃねえと、てめらを殺さなきゃなんねえ。ガキを殺すと色々と建前上うるせえんだわ」
子供たちはビクっとなる。
教団はやはり恐ろしいのだ。
ましてや相手は雲の上の存在である中神官様だ。
だが、それでも、ボス格の子供たちは、手下達の見ている前でかっこわるい姿はさらせられない。
震えながらも、一寸動子の実演を続ける。
「てめえ!」
ピエールは怒りを覚えた。
「神に選ばれし尊い俺様の言うことを無視するとは、いい度胸じゃねえか! 覚悟しやがれ!」
そう言って魔法を放つ。
赤く輝く魔法の弾丸が子供の一人に向かう。
子供は魔法をまともに食らい、血を流して倒れた……という妄想をピエールはしたが、現実はそうはならなかった。
ぽふんっ。
シャボン玉が弾けるかのごとく、魔法は弾かれてしまったのだ。
「……ほわっ!? ほわああああ!?」
ピエールは絶叫した。
口をあんぐりと開け、開けすぎてあごが外れかけて、痛みで我に返った。
「な、なななな、なああああああああ!?」
そこから先はいつもの流れだった。
部下たちと共に顔を真っ赤にして必死で魔法を放つ神官たち。
全く魔法が効かず、あぜんとする神官たち。
逆に子供たちの攻撃で気絶してしまう神官たち。
「どうする、こいつら」
「どうしよっか」
子供たちは相談の末、弾正一派に助けてもらいながら広場に何本も棒を突き立てた。そして、もはや怖くもなんともなくなったピエール達をふんどし一丁にしてその棒に縛り付けた。
ふんどしは泥草たちからもらったものである。
棒に縛り付けるのは、教団が『不信心者』を火あぶりの刑にする時に行う手法だが、それにならったのである。
気絶から目が覚めたピエール達は、ふんどし一丁という聖職者とは思えぬ屈辱的な格好で広場で晒し者にされている自らの姿に気づき、
「ひぎゃあああああ!? や、やめろおおお! 見るなあああああ! お、俺様を助けろ! 早く! 早くうううううう!」
とわめくのだった。
結末に向かおう。
↓
でも、その前に、ちょっとヒグリス村以外の出来事も簡単に書いておこう。
といっても、たぶんヒグリス村と同じような感じで繰り返しになっちゃうだろうから、1話くらいで簡単に書くだけにしておこう。
↓
あれ、1話じゃ終わらなかったぞ?
といういつものパターンです。
次回でゴーニュ編は終わるはずです。