魔力至上主義世界編 - 116 まずはお便りを読んでいきましょう
「みなさん、こんにちは。泥草ラジオパーソナリティのシェナです」
「シロックです。5さいです。シェナおねえちゃん、こんばんは」
シェナの言葉に、可愛らしい少年の声が続く。
小神官ハーゲンを追い返した5歳児シロックである。
「はい、こんにちは。ラジオをお聞きの皆さん、覚えていますか? シロック君は、ハーゲンを追い返したすごい子なんだよ」
「うん、ボク、おいかえした」
「というわけで、今日はこの2人でやっていこうと思います。じゃあ早速、まずはお便りを読んでいきましょう」
「ねえ、おたよりってなあに?」
シロックが質問をする。
「うーんとね、お便りっていうのは、ラジオに届いたお手紙のことだよ。紙に字を書いて、言いたいことを伝えるんだ」
「わあ、すごいね。だれからきたの?」
「んー、近くの都市の行商人さんからですね。行商人っていうのは、旅をしながら商売をする人のことだよ」
「なんて言っているの?」
「えっとね……」
シェナはガサゴソと手紙を広げると、お便りを読み上げた。
「『こんにちは。行商人です。ヒグリス村の皆さんには、日頃からお世話になっております。
ヒグリス村でも泥草ラジオが始まったと伺いました。そこで久しぶりのご挨拶と、それから近況をお知らせしたく、泥草さんに頼んで、こうしてお便りをお送り致しました。
初めにお伝えしたいのは、一大決戦の話です。
すいぶん前に小神官ハーゲンさんに伝えたのですが、無視されてしまったので、あらためてこの場を借りてお話ししたいと思います。
どういう話かと言いますと、この間、泥草と教団との間で一大決戦が行われ、なんと教団が泥草にボロ負けし、大敗北を喫したということです。大神官ジラー率いる教団の精鋭軍3万が、泥草相手にボロボロに敗北し、見るも無惨な姿にされてしまったそうです』」
「ボロ負けってなあに?」
シロックがたずねる。
「コテンパンにやられちゃうってことだよ」
「ふーん、きょうだんって、よわいんだね」
「そうだよ。教団は弱いんだよ。だって、5歳のシロック君にも負けちゃうくらいなんだからね」
「ざこなんだね」
「そうだよ、ザコさんだよ」
シェナはそう言って笑うと、お便りの読み上げを再開する。
「『なぜ泥草の皆さんが勝てたのでしょうか。
簡単です。すべて一寸動子の力のおかげです。いやあ、すごいですね、一寸動子。私も初めて見た時はびっくりしました。
ヒグリス村の皆さんは、すでに神官たちの魔法が子供たちに全く通用しないという光景を目にしているでしょう?
実はこれ、ヒグリス村に限った話ではないんです。私が根拠地としている都市でも、他の村々でも、どこでも起きている光景なんです。
子供たちが一寸動子に目覚める。パンや肉や果物を次々と作り出していく。大人たちは仰天する。邪魔をしようとする。けれども勝てず、コテンパンに負ける。神官の魔法すら弾き、追い返してしまう。
こんな現象が、あちこちの都市や村で起きているんです。
どうして、こんなに一寸動子が強いかわかりますか?
それは教団の教祖である神の子もまた一寸動子の使い手だったからです。
聖典にこんな一節があります。
神の子は、魔力のない者たちの前で、おっしゃいました。
このように役に立たない泥と草からも、役に立つものが作り出せる、と。
そして、泥と草をたいまつの火でさっとあぶると、パンができていたのです。
教団はこれを神の子の奇跡と言っていますが、実は奇跡ではない。一寸動子だったんです。
神の子は実は泥草で、一寸動子の使い手だったんですよ。
なのに、教団は、その神の子と同じ泥草を出来損ないだと迫害してきたのです。実は教団こそが、不信心者の集まりだったんですよ』」
「ふしんじんしゃ?」
シロックが、あどけない声で質問をする。
「神様を信じていない、罰当たりな人達ってことだね」
「きょうだんは、ふしんじんしゃ」
「うん、そうだよ。教団の神官さんたちは、みーんな不信心者なんだよ。だって、神の子と同じ泥草を迫害しているんだからね」
シェナとシロックは、しばらく「ふしんじんしゃー」と言って笑い合う。
「では、お便りの続きを読みますね。
『さて、教団はみじめにボロ負けしたと言いました。
負けた教団はどうしたと思いますか? 教団のトップ3である大神官ジラー、高等神官イーハ、軍率神官グジン、この3人に責任を押しつけたんです。
この3人が無能だから負けた、というわけですね。
でも、本当に負けた理由は、ヒグリス村の皆さんはもうわかりますよね。
そうです。一寸動子の力に負けたのです。
もっと言えば教団が不信心者だから負けたのです。教団の教祖たる神の子の教えをねじ曲げ、彼女が泥草であるという事実を隠し、あろうことかその泥草を虐待するようなことをしてきたから負けたんですよ。
ここまで来ると、失礼ながら教団の皆さんがアホとしか思えません。
これについて、小神官ハーゲン殿は、なにかご意見はありますか?』
以上、お便りでした」
「ごいけんってなあに?」
シロックがまた質問をする。
「なにか言うことはあるかって意味だね」
「ハーゲンって、あのあたまピカピカおじさんだよね?」
「そうです。あの明るい頭の方です」
「じゃあ、ハーゲンに、いうことがあるか、きいてみようよ」
「今ですか?」
「うん、ここにつれてくるの」
「あ、いいですね。じゃあ、実際に連れてきちゃいますか。あ、ガラン君、エミル君、ちょっとお願いがあるんだけれど」
20分後、ラジオに『特別ゲスト』が1人やってきた。
「き、貴様ら! 何をする! 離せ! 俺は小神官ハーゲン様だぞ」
ハーゲンの情けないわめき声がラジオを通して村中に流れる。
「はい、こんにちは、ハーゲンさん。というわけで、これからハーゲンさんには質問に答えてもらいます。正直に答えてくださいね」
「しょーじきに、こたえろー」
「な、なんだと!? 貴様ら、誰にものを言って……」
わめくハーゲンを無視して、シェナは質問をする。
「では、質問です。さきほどのラジオはお聞きになっていますよね?
そこで質問なのですが、どうして教団は泥草を迫害するのでしょう?
聖典に書いてある通り、教祖の神の子は、一寸動子の使い手であり、泥草であることは明白です。
なのにどうして迫害なんてするのでしょうか?
あなた方は不信心者なんですか?」
「ふ、ふふふ、ふざけるな! 我ら教団が不信心者のわけあるか!」
シェナの質問に、ハーゲンは大声で否定する。
「では、どうして泥草を迫害するのでしょう? 神の子だって泥草なのにどうして?」
「でたらめを言うな! 神の子が泥草だなんて嘘に決まっている!」
「でも、ほら」
シェナはそう言って、右手をかざす。
たちまちのうちに、パンが生まれる。
「ね。聖典に出てくる神の子の奇跡と同じことを、わたしはできるんですよ。奇跡の正体は一寸動子。その一寸動子が一番うまいのは泥草の皆さん。なのに、どうして迫害するんです?」
「だ、黙れ! そんなのは悪魔の技だ!」
「じゃあ、神の子は、悪魔の技の使い手だと?」
「そ、そ、それとこれとは違う!」
「どう違うんです?」
「う……ぐ……と、とにかく違うんだ! ええい、いつまで俺様を縛っているんだ! さっさと解放しろ!」
ハーゲンは「解放しろ! 俺を帰せ!」と叫ぶが、シェナは無視する。
「うーん。なかなか答えてくれませんね。というわけで、シロック君」
「なあに?」
「このおじさんを、くすぐっちゃってください」
「わかった!」
「な、なにをする、このガキ! や、やめ、ぶひゃひゃひゃひゃひゃ! あひゃひゃひゃひゃひゃ!」
ハーゲンのみっともない笑い声が、村中に響き渡る。
「ひっ、ひっ、ひい! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「さあ、質問に答えてもらいましょう。神の子が、悪魔の技の使い手だと言うのですか?」
「はあ、はあ、き、貴様ら、俺様にこんなことしてただで済むと思って……」
「シロック君。またくすぐっちゃっていいよ」
「うん、わかった」
「や、やめろ、やめぶひひひひひひひひひ! あひひひひひひひひ!」
威厳の欠片もないハーゲンの情けない笑い声は、おおよそ1時間もの間、村全体に大音量で流れた。
なお、ハーゲンはシェナの質問に最後までロクに答えることができず、最後は失禁して気絶してしまった。
「あー、このおじさん、おもらししてるー! くさいー!」
「うわあ、本当ですね。汚いですね。これはもう元の場所に返しちゃいましょう」
「あひゃ、あひゃ、あひゃひゃ……」
「というわけで、今日のラジオは、シェナとシロック君、そして特別ゲストのおもらしおじさんハーゲンの3人でお送り致しました。また聞いてくださいね」
「じゃあねー」