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魔力至上主義世界編 - 115 あんまり遅いとダメだからね

 9歳以下の子供たちは村から出て行った。


 シロック少年が攻撃されたことは、その日の泥草ラジオで放送された。

 シロック自身がラジオに招かれ、シェナと対話しながらその時の様子を暴露したのだ。


「なるほど、その時に小神官のハーゲンおじさんがシロック君に襲いかかってきたんだ」

「うん、そう。あたまピカピカおじさんが、いきなりまほうをうってきたの」

「小神官ともあろう人が、いきなり5歳の子供相手に魔法を撃ってきたんだ。ひどいね」

「うん、あのおじさん、わるもの」


 これを聞いた子供たちは、このまま大人たちと一緒にいたら何をされるかわからないと思った。

 中世の子供はどこかドライである。人の死を見慣れているからかもしれない。

 1人、また1人と村から出て行った。

 行き先はシェナたちのところである。


 残されたのは大人たちと、一寸動子の練習もできないくらいに小さな子供たち(だいたい4歳以下)である。


 大人たちは止めなかった。

 止められなかった、と言ったほうがいいだろう。

 呆然としていて動けなかったというのもあるし、そもそも最強の武力であるはずの魔法が効かないのだから止めようがない。

 何もできないままに見送る他はなかった。


 大人たちは今まで通り、農作業に明け暮れる日々を過ごした。

 真面目に働く、と言えば聞こえはいいが、一種の現実逃避である。

 彼らは既に聞いてしまっている。

 魔法の実の真相を。一寸動子の真相を。


 もっとも、聞いてはいるが否定している。

 あんなの嘘だ! でたらめだ! と声高に否定している。

 否定はしているが、しかし心のどこかでこう思っている。


(もしかして、あれは本当の話なんじゃ……)

(そう考えれば、ガキどもだけがパンや肉を作れる説明がつく……)


 だが、そんなことを信じるわけにはいかない。受け入れるわけにはいかない。

 受け入れてしまったら、これまでの人生はいったい何だったというのだ。

 教団の言うことを信じてきたこれまでの人生は、だまされただけのバカな生涯ということになってしまう。

 今まで見下してきた泥草と子供たちが、実は自分達より上でした、ということになってしまう。

 絶対に認められない。


 それゆえ、大人たちは働いた。

 頭を空っぽにして、何も考えないようにして、せっせと働いた。

 働く他はない。

 考えてしまっては、頭がおかしくなってしまうからだ。現実など見たくもない。


 が、妙なことが起きた。

 どういうわけか、それから3週間ほどして、出て行った9歳以下の子供たちが帰ってきたのだ。

 弾正の命令によるものだが、そんなことは村の大人たちにはわからない。


 一部の大人たちは狂喜した。

 村の大人たちの中には、教団の目を盗んで、子供たちにこっそりと一寸動子で食べ物を作らせて、自分は働かずに暮らそう、と考えている者もいたのだ。


 大人たちは別段、一寸動子の力を信じていないわけではない。

 何しろ目の前でさんざん食べ物を作るところを見せられているのだ。信じないわけにはいかない。


 ただ、『一寸動子は本来誰でも使えるけれども、教団の魔法の実を食べると使えなくなる。泥草は、一寸動子の才能が高いので魔法の実にも耐えられる』という事実は信じなかった。

 これを信じたら、今まで見下してきた泥草と子供たちが、実は自分たちより上でした、と認めることになってしまう。

 受け入れられるはずがない。


(あの一寸動子とかいう妙な技は、神官様の言う通り、悪魔の技なんだ。使い続けたら、きっと神罰が下るに違いないんだ)


 と、大人たちは思った。

 さらに、こうも思った。


(だったら、ガキどもに一寸動子を使わせて、飯を作らせりゃいい。そうすりゃ俺たちは働かないで飯を食えるし、神罰が下ったとしても罰を受けるのはガキどもで俺達には関係ない。

 まあ、ガキどもは素直に俺たちの言うことを聞くだろう。戻ってきたってことは、しょせん大人無しでは生きていけないってことに気づいたんだろうからな)


 一寸動子が悪魔の技だとしても被害を受けるのは子供たちであり、自分たちには関係ない、というわけだ。


「おい、お前、飯を作れ!」


 ある父親は、帰ってきた息子に対し、高圧的にそう命じた。


「……」


 息子は反応しない。

 ぷいっと顔を背けるだけである。


 息子が言いなりになると思っていた父親はカッとなった。


「おい、てめえ! 親の言うことがきけねえのか!」


 そう言って、高圧的に襟首をつかもうとする。

 そして、吹っ飛んだ。


「ぐはっ!」


 一寸動子の力を使えば、飛翔石(空飛ぶ石)の原理を使って、ものを高速で飛ばしたり、浮かせたりできる。

 人間に対しても、身につけている服を飛ばすことで、着ている人間ごと吹き飛ばすことができるのだ。


 高圧的な父親を力でねじ伏せると、息子は外に出て行った。


「ゲ、ゲホッ! お、おい、てめえ、どこに行く!」


 父親がせき込みながら息子を追いかける。

 そして、あぜんとした。


 息子は同年代の友達と遊んでいた。

 ただの遊びではない。

 一寸動子の力で岩や木を粉々にしてみせるのだ。

 轟音と共に、大きな岩が粉砕されるのを見て、父親は口をあんぐり開けることしかできない。

 いつの間にか周囲に集まった大人たちもまた、あぜんとしている。


 同時に、はっきり理解してしまう。

 もう自分たちは、子供たちには勝てないのだ、と。


 心は必死に叫んでいる。


(そんなわけあるか! 俺たちは正しいんだ! ガキどもより上なんだ!)


 そう金切り声を上げている。

 が、頭では理解してしまっている。

 もう勝てないのだ、と。


 遊び終わったら、子供たちは食事をする。

 大人たちの手は借りない。一寸動子を使って、自分たちの飯を作る。

 白いふかふかの小麦粉のパンに豚肉をはさみ、香辛料をたっぷりかけて食べる。

 腕前はまだまだであるが、中世というのは大した食事のなかった時代なのだ。

 当時であれば、最高の贅沢な食事であろう。

 村人の大人たちは硬いライ麦の黒パンか、さもなくば大して美味くもない麦粥のようなものしか食べられないのだから。


 子供たちが食事を楽しんでいるところに、村の泥草たちも合流する。

 一緒になって食事を楽しむ。


「くっ!」


 大人たちは、うめく。

 彼らとしては、たまったものではない。


 人間というのは、全然知らない人が贅沢や栄誉を手に入れるぶんには、さほど気にならない。

「マヒョマジラグ・ノゴラジブユ氏は毎日豪遊しているそうです」と言われても「誰それ?」である。

 が、それが自分と多少なりとも関係のある人物である場合、とたんにむくむくと嫉妬心が湧いてくる。関係の強い人物ほど、嫉妬心は強い。


 今、大人たちの目の前にいるのは、村の子供たち、そして泥草である。

 狭い村である。だいたいは知り合いだし、近縁であれ遠縁であれ、だいたいなんらかの血縁関係はある。

 いわば身内だ。


 おまけに子供と泥草である。

 どちらにしろ、大人たちからすれば見下す対象である。

 子供に対しては未熟者と、泥草に対しては出来損ないのクズだと、上から目線で扱う対象である。

 その未熟者と泥草が、自分が必死になって畑仕事をしている横で、あっさりとパンや肉を作り出すのである。


「ちくしょう! なんなんだよ、あいつら! なんなんだよお!」


 嫉妬で気が狂いそうになる。


 いつしか。

 大人たちの心のうちでに、こんな気持ちがわいてくる。

 

(もしかして、自分たちも選択を誤らなければ、あんなふうに贅沢ができたんじゃ……)


 そんなはずはないと否定したくなる考え。

 それでも考えることは止まらない。


(魔法の実さえ食べなければ……。

 教団のクソどもに魔法の実さえ食べさせられなければ……。

 そうすれば、一寸動子が使えて、食べ物を簡単に作ることができたんじゃ……。

 こんな苦労をしないで済んだんじゃ……。

 いや……神官様が嘘を言うはずが……いや、でも、もしかしたら……ひょっとしたら……。

 だとしたら……だとしたら俺の人生はいったい……。

 う、う、うわあああああああ!

 なんだよ! なんなんだよ!

 ちくしょう!

 ちくしょうちくしょうちくしょう!)


 ドロドロとした嫉妬心を抱えながら、大人たちは畑を耕す。

 汚れた粗末な服を着て、ボロボロの手で、体のあちこちが痛いのを我慢しながら、必死に汗を流しつつ、歯を食いしばって地面に(くわ)を突き立てる。

 そうまでがんばっても、得られるのは質素で貧しい食事である。


 ところが、そのすぐ横で、きれいな服を着た子供たちが、泥草たちと笑いながら贅沢な食事を楽しんでいるのである。

 よく知っている身内である。

 しかも、自分より下だと見下していた子供と、クズだと蔑んできた泥草である。

 そんな自分たちよりも下であるはずの連中が、『自分も選択を誤らなければできたはずの贅沢』を楽しんでいるのである。

 しかも、目の前で。


「くっ……くうううううう!」


 歯がみするほどの嫉妬が湧く。

 悔しい!

 気が狂いそうなほど悔しい!

 とにかく悔しい!

 屈辱で、頭がおかしくなりそうである。

 必死に耐える他ない。


 が、いつまでも我慢できるものでもない。


 とある農家では、両親が我が子にこう言った。


「……な、なあ、お前、俺たちが悪かったよ。今まで偉そうに飯を作れとか命令して悪かった。だから、その……こうして頭を下げて頼む。な、俺たちに飯を作ってくれないか」


 言われた子供は、こう答えた。


「いいよ」

「え、本当かい?」


 両親が(しょせんはガキ、ちょろいな)と思った時である。

 子供はこう言った。


「泥草さんたちに謝ったらね」

「……え?」

「これから毎日泥草さんに謝って。今までいじめてたんだから。それが当然でしょ?

 それから今後は、道で泥草さんに会ったら頭を下げて。話すときも敬語を使って。泥草さん達が命令してきたら従って。

 そうしたらいいよ。ご飯を作ってあげる」


 両親は呆然とした。

 つまるところ、泥草の家来になれということである。


 これまでさんざん見下してきた泥草。

 これまでさんざんいじめてきた泥草。

 これまでさんざん虐待してきた泥草。


 泥草の中には、この虐待によって命を落とした者もいるだろう。


「さっさと謝っちゃえばいいのに」というわけにはいかない。


 何しろ民衆の中には『泥草はゴミクズ』という感覚が骨身にまでに染みている。

 教団に言われた通り、そう信じ切っている。

 生理的に虫以下の何かだと見ているのだ。


 その泥草の家来になれ、と言う。

 できるわけがない!


 両親が目を白黒させて哀れなほどにうろたえているのを見て、子供は内心で(大人ってバカだなあ。今なら謝るだけで許してくれるって言っているのに)と思いながらも、表面ではただにっこり笑ってこう言った。


「すぐじゃなくてもいいよ。でも、あんまり遅いとダメだからね」


 両親は呆然とすることしかできなかった。


 ◇


 奇妙な日々が続いた。

 大人たちは畑仕事をする。

 その横で、子供たちが豪勢な食事を食べる。

 大人たちはそれを見て、歯ぎしりをして屈辱の涙を流しながら悔しそうな顔をする。


 事情を知らない者が見たら、意味不明な光景である。


 大人たちの感情は複雑である。

 子供たちと泥草たちへの嫉妬。

 泥草の家来になんて今さらなれない、という意地。

 泥草の家来になんてなってしまったら、この先どうなるかわからない、という恐怖。

 この先どうなってしまうんだろう、という不安。


 それらがごっちゃになって、なんともいえぬドロドロした感情が育ちつつある。

 中世という時代の終わりを象徴するような、ドロリとした感情である。


 そして、今、ひとつの新しい感情が浮かび上がろうとしていた。

 教団への怒りである。


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