魔力至上主義世界編 - 114 ボク、いっすんどーし、つかいたい!
「あ、あ……う、うそだ……うそだあああああ!」
「う、うわ、わああああああああ!」
魔法の実の秘密の暴露に、大人たちは悲鳴を上げた。
彼らの目の前には2つの事実が提示されていた。
第1に、自分たちは一寸動子が使えない、ということ。
第2に、泥草と9歳以下の子供が一寸動子を使えるということ。
言い換えれば、泥草と子供が、自分たちにできないことができる、ということである。
泥草と子供。
どちらも、大人たちからすれば『下等』な存在である。
まず子供は『下等』である。
中世という時代、大人は子供を未熟者だと見下し、早く自分たちと同じようになれ、と上から目線で言う。
泥草に対してはさらに見下す。
泥草などというのは人間の出来損ないであり、クズ極まりない存在であり、犬畜生にも劣る存在だと思っている。
『正しい』教団様がそう言っているのだ。そうに決まっているのだ。
なのに、その未熟者や犬畜生が、自分たちができないことをできてしまう。
それも食糧生産という、自分たちがこれまでの人生の大半を費やしてやってきたことが、できてしまうのだ。
この時代、大人というのはその大半が農民であり、その農民の人生の多くは、つらく苦しい農作業に費やされている。
そんな汗と労苦にまみれた農作業の末に、やっと思いで自分たちが作り出している食糧を、『未熟者』と『犬畜生』は、あっさりと手をかざすだけで作り出してしまうのだ。
これまで見下してきた相手が、自分たちをはるかに越えてしまった……。
逆に自分達こそが、見下されるみじめな存在になってしまった……。
みじめ……どうしようもなくみじめ……。
これから先自分たちは一生笑われ続けるだろう。
「ほら、見ろよ。教団に騙されて魔法の実を食べたやつらだよ」
「うわ、かわいそう」
こんなことを言われて嘲笑され続ける人生が待っている。
そのことを大人達は理解してしまった。
ただし、一瞬だけである。
(そんなわけあるか!)
直後、大人たちは全否定した。
心の中で、全力で「ノー!」と叫んだ。
これまで教団と一緒になってゴミクズ扱いしてきた泥草が、自分たちより遙かに上だなんて認めるわけにはいかない。
自分たちは『正しい』のだ。
絶対に認められない。
大人たちは、現実を認めて絶望する代わりに未来への正しい対策を取るという道ではなく、現実を拒絶して自分たちの都合のいい解釈をする道を選んだ。
ゆえに叫ぶ。
「嘘だ! こんなの嘘に決まってる!」
「あ、あんなの悪魔の技に決まってる! つ、使い続けてたら、悪魔に魂を取られちまうんだ! そうに決まってる!」
「そ、そ、そうよ! あたしたちは泥草やガキンチョなんかより上なのよ! あたしたちは上なんだから!」
中にはこんなことを言う者もいる。
「で、でもよお、ガキども、ずっとパンや肉を作り続けてっけど、なんともねえぜ……ほ、本当に悪魔の技なのかな……」
だが、言った途端、袋だたきにあう。
「ああん!? てめえ、神官様の言うことを否定するのかよ!」
「そうよ! あれは悪魔の技なのよ! 悪魔の技じゃなきゃいけないのよ!」
「俺たちは正しいんだよ! 正義なんだよ! お前は正義を否定するのか!」
そう言って、大人たちはひたすらに「自分たちは正しい!」と叫び続けるのだった。
◇
そんな中、教団が動いた。
「おのれ、悪魔の手先め!」
小神官ハーゲン率いる聖職者の一団が、怒りの形相と共にやってきたのだ。
彼らははじめ、泥草たちの一寸動子ショーをつぶそうとしたが、彼らが来た時分には既にショーは終わり、泥草たちは姿を消していた。
そこで、近くの農家に押し入った。
そこには、無邪気に一寸動子を披露している5歳の男の子がいた。
その男に向け、ハーゲンは手のひらを突きつけたのだ。
「貴様、何をやっている!」
「うん?」
男の子はきょとんとした顔で振り返り、「わっ!」と驚く。
いきなり聖職者たちが自分に手のひらを向けているのだ。
現代で言うなら、ある日いきなり市長が警官隊を率いて我が家にやって来て、一斉に銃を突きつけるようなものだ。
びっくりする。
「な、なに?」
男の子がおびえた顔でたずねると、小神官ハーゲンは残り少ない髪の毛を逆立てて怒りの声を上げた。
「貴様、いま悪魔の技を使ったな!」
「あ、あくまのわざ?」
「いまパンを作っただろう!」
「え、えっと、いっすんどーしのこと?」
「名前なんてどうでもいい! それは悪魔の技だぞ!」
ハーゲンはわめく。悪魔の技というのが、悪魔に魂を売って得た技という意味なのか、悪魔が取り憑いて手に入れた技なのか、どういう意味かはよくわからないが、ともかく悪魔悪魔と叫ぶ。
「そんなものを使えば、神の罰がくだるぞ!」
などと言う。
シロック(男の子の名前)は、わけがわからなかった。
「ど、どうして?」
「ああん!? 言っただろ! 神罰がくだるんだよ!」
「で、でも、ボクもうずっとつかってるよ? しんばつなんておきてないよ?」
「貴様!」
ハーゲンは憤怒の声を上げた。
『矮小なガキ』が『聖貴なる存在である小神官様』に意見をしたという事実そのものが許せなかったのだ。
すぐさま魔法でぶちのめしてやろうかと思ったが、子供相手だからとギリギリのところで自重する。
一応教団は建前として、子供への愛も掲げているのだ。
「ともかく! 二度とその悪魔の技を使うな! いいな!?」
小神官ハーゲンが怒りの声と共に言う。
シロック少年は困った。
どうしよう、と思った。
ハーゲンがどうしてこんなことを言うのか、意味がわからなかったのである。
(いっすんどーしをつかえば、たべもの、いっぱいつくれるんだよ? いいことじゃない。なんでダメなの?)
シロックは両親を見る。
困った時は、いつもそうやって両親に頼ってきたのだ。
その両親は顔を青くし、しきりにジェスチャーで小神官ハーゲンを指す。
(小神官様の言う通りにしなさい!)
そう言っているのだ。
大人たちは別段、教団を否定する気も逆らう気もない。
こっそり一寸動子の練習をしていたという点では大人たちも同じだが、それは現代人が信号無視やスピード違反をすることはあっても、国家そのものに反逆する気はないのと同じである。
現代人は「信号無視をしたら事故につながると国は言うし、実際その通りだろうけど、遅刻しそうだし、ちょっとくらいならいっか」と思いながら、信号無視をする。
それと同じように、村の大人たちも「一寸動子は悪魔の技だと教団は言うし、実際その通りだろうけど、今年は不作気味だし、ちょっとくらいならいっか」と思いながら、一寸動子を試したのだ。
(もっとも、子供たちがいくら一寸動子を使っても何ともないので、悪魔の技だという教団の主張は怪しくなってきているのだが)
とはいえ、現代人は、銃を持った警官が憤怒の形相で「信号無視をしたら死刑だぞ!」と言えば、震え上がって「は、はい! も、もう決して信号無視はしません!」と言うだろう。
村の大人たちも同じである。
両親は震え上がっている。
怒り狂ったハーゲンを前に、緊張のあまり口をパクパクさせている。
声が出ればきっと「は、はい! も、もう決して一寸動子は使わせません!」と言ったことだろう。
5歳児のシロックは、やっぱり意味がわからなかった。
この時代、飢えは日常的である。
ちょっとしたことですぐに飢える。
一寸動子はその飢えから解放してくれる、魔法以上に魔法的な存在なのである。
教団の魔法は腹の足しにもならないが(偉そうな顔をした聖職者が時折もったいぶって自慢げに魔法を使い、それを大人たちが「すごいです! さすが神官様!」とほめたたえるだけである)、一寸動子は手をかざすだけで山のような食べ物を生みだし、みんなを満腹にしてくれるのだ。
(このあたまピカピカおじさんのいうとおりにしたら、いっすんどーし、つかえなくなっちゃう……)
そんなのは嫌だった。
大人たちの生活基盤が農業にあることを子供たちは知っている。
農民たちは一日中食べ物作りに精を出しているし、教団の神官たちもその農民が作った食べ物で生活している。
5歳児のシロックでも、お父さんとお母さんがいつも食べ物のことで悩んでいるのを見聞きしているのだ。なんとなくだが、わかる。
けれども、その食べものを、もはや子供たちは自由自在に作り出すことができる。
いや、一寸動子はまだまだ練習中であるから、なんでも自由自在というわけではなく、むしろまだ作れない食べ物のほうが多いし、味に関しても決して美味いと言えるほどではないが、ともかくも食べられるものが作れる。
となれば、もはや大人たちの言うことを聞く必要なんてない。
むしろ聞いてはいけない。
聞いたら、一寸動子が使えなくなる。待っているのはつらくて苦しくて飢える日々である。
「い、いやだ!」
シロックは、はっきりと口にした。
子供らしく感情的で無鉄砲で、けれども明確な意思表示だった。
「……な、なんだと!?」
小神官ハーゲンはぎょっとした。
聖職者に逆らうというのは、銃を突きつけてきた警察官に逆らうようなものである。ハーゲンの生涯において、このような経験は一度も無い。
「こ、このクソガキが! 今、なんと言いやがった!?」
「い、いやだよ! ボク、いっすんどーし、つかいたい!」
「こ、ここ、このガキ! よくも! よくもよくもよくも俺様にそんな口を! ぶぶぶぶぶっ殺してやるぅ!」
ハーゲンは顔をこれ以上無いくらい真っ赤にして、怒り狂った。
子供への愛、などという教団の建前は、どこかに吹き飛んでしまった。
手のひらをシロック少年に突きつけると「死ねえ!」という叫び声と共に魔法を放つ。
シロックは「ひっ!」と震え、目をつぶる。
ぎゅっとつぶること、およそ10秒。
けれども、予想していた衝撃はまるで来ない。
痛みも何もない。
もしかして自分はもう死んでしまって、あの世にいるのだろうか。
そう思っておそるおそる目を開ける。
そこにはハーゲンと、彼のお付きの聖職者たちが、茫然自失としていた。
「ま、ま、魔法が……俺様の魔法が……」
そう、彼の魔法はシェナに放ったときと同様、シロックに当たる直前にかき消されてしまったのである。
不動服である。
弾正は、村の9歳以下の子供たちが攻撃されるに違いないと見越して、子供たちの服を不動服にすり替えておいたのである。
茫然自失とするハーゲン一行。
そんな彼らの後ろから、声が聞こえた。
「お、おいおい、またしても魔法が効かなかったぞ……」
「しかも……あんな小さなガキに……」
「い、いったいどうなってんだ……?」
「ももも、もしかしてよ……あの妙な技(一寸動子のこと)を覚えたら、魔法が効かなくなるんじゃないか……?」
「は、ははは、バ、バカ、そんなわけねえだろ……それならガキどもが無敵になっちまうじゃねえか……」
「あ、あははは、だ、だよな、なにわけのわかんねえこと言ってんだ、おれ……」
ハーゲン一行が慌てて振り返ると、そこには村人たちがいた。
村人たちは、さきほどハーゲンが憤怒の形相で大声を上げながら一軒の家に入っていくのを見ていた。
気になる。
気になって集まる。
人が集まると、ますます「何事だ」と人が集まる。
そうやって、いつのまにか大勢の村人がシロックの家をのぞいていたのだ。
彼らはハッキリと見た。
最強の武力であるはずの魔法が、なんと5歳児にすら通じないという光景を。
「ひ、ひぎい! み、見るな! あっちいけえええええ!」
ハーゲンは狂乱して叫ぶ。
村人たちは、ただただ呆然とした目をハーゲンに向けるのだった。