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魔力至上主義世界編 - 111 バカな……俺様の魔法が……

「これは何事だ!」


 小神官は40代半ばの男だった。

 名をハーゲンと言う。

 でっぷりと太っており、顔はブツブツの赤い吹き出物だらけであり(とりわけ鼻の頭にひときわ大きな赤い吹き出物がぷっくらと浮かんでいる)、テカテカした頭は完全にハゲ上がっている。

 出世争いに敗れ、この歳でいまだに小神官であり、本人の感覚としては『汚いクソ田舎に左遷』されてしまった身である。

(どうして優秀な俺様がこんな目に!)と思っているが、どうしようもない。

 憂さ晴らしに、部下や村人たちに八つ当たりをしている。


 村の支配者として君臨し、村の誰よりも贅沢をし、村の誰よりも偉そうに振る舞っている男である。


 そのハーゲンが、騒ぎを聞きつけてやって来たのだ。

 いや、騒ぎ自体はもっと前から聞きつけていたのだが、昼寝をするのに忙しく、また起きてからはヒゲの手入れに忙しく(彼の数少ない毛である)、相手をしているヒマが無かったのである。

 どうせ村人どもがくだらない喧嘩でもしているんだろう、と思っていたのもある。

 が、騒ぎは一向に収まらない。

 とうとう重い腰を上げて出て来たのである。


 背後に助官や守門や読師といった部下たちを引き連れ、「この俺様を、わざわざ出向かせやがって」とでも言いたげな表情を顔面に貼り付けてやってきた小神官は、手近なところにいる村人の襟首をぐいっとつかむ。


「おい、お前ら、何を騒いでいるんだ!」

「い、いえ、その……」

「ああん!?」

「あ、あれを……」


 言われたほうを見て、ハーゲンはやっと気づく。

 シェナがパンを生み出しているのである。ポンポンと、ポンポンと、次から次へとパンを生み出している。


「な、なんだあ、ありゃあ……」


 生み出されたパンはテーブルの上にある木箱の中に入れられる。

 箱はすぐにいっぱいになる。すると、どこからか次の箱が現れる(シェナはテーブルも木箱もまだ作ることは出来ないので、透明になったアコリリスがこっそりと作っている)。

 その箱に、またパンが入れられる。


「お、おい、お前、何やってんだ!」


 ハーゲンはシェナに向けて手を伸ばす。

 が、ダメである。


 ガンッ。


 伸ばした手は、シェナをつかむ直前、見えない何かに弾かれる。


「っつ! て、てめえ!」


 ハーゲンは怒りの声を上げた。弾かれた手がじんじんと痛む。


(薄汚ねえクソガキがよくも神に選ばれし俺様をこんな目に! どうやったかは知らねえが、許さねえ! 許さねえ!)


 憎悪に満ちた表情でハーゲンはシェナに向けて手を伸ばした。

 その手が赤く光る。


「魔法だ!」

「小神官様の魔法だ!」

「これでシェナも終わりだな。バカな娘だ」


 そんな声が村人の間から上がる。

 シェナには憐憫(れんびん)と軽蔑の目を、ハーゲンには尊敬と畏敬の目を向ける。


 魔法は無敵である。

 地上最強の武力である。

 それがこの世界の『常識』であり、未来永劫変わらない『真実』であるはずだった。


 ハーゲンの手から、赤い光と共に魔法の弾丸が発射される。


「っ!」


 シェナの顔が恐怖で引きつり、ぎゅっと両目を閉じる。

 ハーゲンは自らの勝利を確信していた。


 だが……。


 ぽふっ。


 間の抜けた音と共に魔法が霧散した。

 シェナは無傷である。


「……ほわ?」


 ハーゲンはぽかんと口を開けた。

 しばしのあいだ、おとずれる沈黙。

 そして。


「うぇええええええええ!?」


 ハーゲンは絶叫した。


「は? は? はああああああああ!?」

「ちょ? え? えええええええ!?」


 村人たちも絶叫した。

 何しろ最強の武力である魔法が効かなかったのだ。

 絶対にありえないはずの光景であった。


「バ、バカな、バカな……俺様の魔法が……魔法が……」


 ハーゲンはわなわなと体を震わせていたが、やがて、

「こ、これは間違いだ! 何かの間違いだ!」

 と叫ぶと再び右手を突き出した。

 そして、叫び声と共に魔法を放った。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ねええええ!」


 絶叫をあげながら魔法を放つ。

 何度も何度も放つ。

 が、ダメである。


 ぽふっ。ぱふっ。ぽふんっ。


 魔法は全く効かない。


「ぜええ、はあ、はあ、そ、そんな……そんなバカな……」


 激しく息を切らせながら、ハーゲンは自慢の必殺魔法がまるで効かないことに茫然自失とする。


(そういえば……)

 と、ハーゲンの記憶がよみがえる。


 噂を聞いたことがある。

 教団の軍が泥草に負けたという噂である。魔法がまるで効かず、逆にボコボコにされたという噂である。とうてい信じられるはずがない。

 旅の行商人が持ってきた風説だ。

 あまりにも根も葉もない与太話であるから、悪質なデマであるとして軽くボコってやった上で、「二度とそんな話をするんじゃねえぞ! ここでも、よそでもだ! もし今度その話をしたらぶっ殺すからな!」とキツく釘を刺しておいた。


 情報の伝達が遅い時代である。

 おまけに、写真も動画もないから、信じがたい情報であればあるほど、なおのこと伝わりにくい。

 最弱のクズであるはずの泥草が、最強のエリートであるはずの教団をボコボコにするなど、とうてい信じられるはずがない。ネズミが突然巨大化して人間を支配し始めた、という噂のほうがまだ信じられるくらいである。

 そのため、泥草の活躍はまだまだ地方には届いていなかった。届いていたとして、信じられていなかった。理解されていなかったのである。


 それゆえ、ハーゲンは今、初めて、魔法が効かないという現実に直面し、あぜんとしているのだった。

 あぜんとしているのはハーゲンだけではない。

 村人たちもまた呆然としている。いや、呆然とするだけならまだいい。中には、ハーゲンに(大丈夫か、こいつ?)とでも言いたげな目を向けている村人もいる。何しろ最強のはずの聖職者の攻撃が、ただの貧しい子供相手にまるで通じていないのだ。「こいつは大丈夫か」と疑いたくもなる。


「……く、く、くそお! くそお!」


 ハーゲンは、いったんシェナから離れると、部下たちに命令した。


「何やってんだ! お前らもさっさとやれ!」

「え、あ、はっ、はい!」

「た、ただちに!」


 助官や守門たちといった下位の聖職者たちが慌てて手を突き出す。


「悪く思うなよ、ガキ」

「死にやがれ」


 そう言って魔法を放つ。

 9人の聖職者によって一斉に魔法が放たれ、次々とシェナに向かって飛んで行く。

 現代で例えるなら、マシンガンで囲まれて蜂の巣にされているようなものである。

 とうてい助からない。

 そう、助からないはずである。


「あ……あ……」


 シェナ本人も、今度こそ助からないと思ったのか、覚悟したようにぎゅっと強く目をつぶった。


 聖職者たちも村人たちも、今度こそシェナの死を覚悟した。

 バカなクソガキだ、と見下すような、哀れむような目を向けたのだ。


 ところが。


 ぽふ、ぽふ、ぽふっ!


 先ほどと同様、魔法は全て霧散してしまったのである。

 シェナはピンピンしている。

 目を丸くして驚いているが、無傷である。


 一方、周りの人間の驚きようはシェナの比ではない。

 もはや驚きの声を上げることも出来ず、アゴが外れるほど口をあんぐりと大きく開けて、固まってしまっている。


「……え、え、ええい! 何をやっている! もっとやれ! やれ! やるんだよおおおお!」


 ハーゲンが叫び声にはっとしたのか、部下の聖職者たちが慌ててさらなる魔法を放つ。


「く、くそ! 死ね! 死ねえ!」

「くらえ! 死ね! 死ねよお!」


 必死に叫びながら魔法を放つ。

 が、ダメである。


 ぽふん。

 ぱふっ。

 ぽっふん。


 魔法は全く効かない。


「ひい、はあ、ふう……」

「ぜえ、ひい、はあ……」


 とうとう体力を使い果たし、ぜえぜえと息を切らす聖職者たち。

 地面に膝をつき、精も根も果てた様子である。


 あぜんとする村人たち。いや、その何割かは、すでに軽蔑に近い目を聖職者たちに向けている。


 そんな中、シェナは、


「あ、あの、今日はこれで帰りますね。そのパンは差し上げますので、ではまた」


 と言うと、帰ってしまった。


 後には呆然とした村人たちが残されるばかりだった。


 ◇


 その日の夜、村に大音量が響き渡った。


「あの、みなさん、こんばんは。泥草ラジオのパーソナリティのシェナです」


 ヒグリスの村にとっては初めての泥草ラジオが始まったのである。

 最近少し展開が遅い気がしますが、下手にいじって書けなくなってもあれなので、このままのペースで行きます。

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