魔力至上主義世界編 - 9 決起集会
「さて、ネネアよ。聞いての通り、わしらは近々謀反を起こす。教団に対してケンカを売る。やつらをつぶすまで戦う。うぬはどうだ? 戦うか?」
「いいわ」
ネネアは謀反への参加を同意した。
即答であった。
「良いのか? 失敗すれば」
弾正は刀を抜き、ネネアの首筋に当てる。
「そのほうの首が飛ぶぞ?」
覚悟を試すかのように弾正が問いかける。
目をぎろりとさせると、悪人面がますます恐ろしげになる。
ネネアは一瞬息を飲んだ。
神を名乗るこの弾正という男が恐ろしく思えたのだ。
けれども、視界の端にアコリリスをとらえると、心臓の鼓動が落ち着いてくる。
ふーっと大きく息を吐く。
そうして「やるわよ」と言った。
「ほう、やるか」
「やるわよ。ここまでしてもらったのに、何もしないなんて嫌よ。あたしは恩知らずじゃないわ。それにアコだって参加するんでしょ?」
「うん」
「じゃ、やるわ。そういうことだから、神様、よろしくね。一緒に教団に一泡吹かせてやりましょう」
「よかろう。期待しておるぞ」
翌日より、3人で人材集めに走った。
泥草の子供が対象である。
ある者には山のように食べ物を与えた。そうして、この人たちについていけば飢えることはない、という安心を与えた。
ある者には力を見せつけてやった。そうして、この人たちなら頼りになる、という信頼を与えた。
ある者は兄妹そろって泥草という珍しいケースだったが、妹のほうがケガを抱えていたので治してやった。教団の人間に棒で殴られて足を折られたらしい。一寸動子で、体を構成する原子を整えてやると、すぐによくなった。兄妹は感激し、すぐに仲間になった。
そうして少しずつ信頼を得ていった。
2ヶ月が経った。
泥草集団は200人にふくれあがった。
みな、子供である。
自らを宝石団と名乗った。
名前はアコリリスがつけた。
彼女は弾正から「宝石のような輝きを持っている」とほめられたことを覚えており、それを今でも嬉しく思っていたからだ。
「わたしたちは泥草なんかじゃない。輝く宝石だ」
そんな気持ちも込められている。
もっとも名前は立派でも、氏素性のさだかでない怪しげな集団である。
それでもこれだけの人が集まったのは、泥草たちに未来がないから、というのもあるだろう。
みな、赤い目を持たない泥草である。教団に虐げられている者たちである。日頃、飢えと暴力にさらされている者たちである。このまま何もしないでいても、長くは生きられそうにはない。生きられたとしても、つらい毎日が待っているばかりである。
だったら、いっそ……。
彼らが宝石団に加わったのは、そんな理由もあるだろう。
宝石団員は、みんな一寸動子を使える。
威力・精度はネネアと同程度である。
使えるが、アコリリスにはとうてい及ばない。そのレベルである。
ちなみに、弾正は、泥草以外の者にも一寸動子を使わせてみたことがある。
酒場の酔客や、弾正を襲ってきた追いはぎを返り討ちにした上で、やらせてみたのである。
全員、使えなかった。
一寸動子は泥草にしか使えぬ能力なのだろう。
やはり、魔法と一寸動子は、トレードオフの関係なのかもしれない。
今、その一寸動子を使える宝石団員の子供200人が、赤絨毯のひかれた岩山の城の広間にずらりと並んでいる。
壇上には宝石団長のアコリリスが立つ。
弾正たちは、いよいよ謀反を始めようとしている。
その決起集会である。
アコリリスは、白いレースのついた、不動服の中でもとびきり上質のものを身につけていた。
ここ3か月は食事ときちんと食べているため、血色もよい。
汚れてた体はきれいに洗われ、白い肌はつやつやとして色合いもよい。ゴワゴワだった金髪はていねいに梳かされ、きれいになびいている。
あどけなくも美しい童女である。見ほれるような目を向ける団員も決して少なくない。
そんな団員たちを前に、アコリリスは緊張の面持ちで、演説を始める。
「わ、わたしたちは、これから、謀反を起こします! 敵は教団です。強大な権力を持っています。人々を支配しています。でも……でも、わたしたちは負けません! なぜなら……」
アコリリスは手に持った炭をさっとひと撫でする。
見事にカッティングされた1000カラットはありそうな巨大なダイアモンドが生まれる。
宝石団員たちは息をのむ。
これほどの速度・精度で一寸動子を使いこなせる者など、団員達の中には誰もいないからだ。
「わたしたちにだって、こんなにすごい力があります! 泥草なんかじゃない! 魔法がなくても立派に生きていける! だから……だから、勝ちます! みなさん、一緒に戦いましょう! わたしたちを虐げ、バカにしてきた教団をやっつけましょう!」
一瞬の間。
そして、わっ、と歓声が上げる。
「おおー、やるぞー!」
「団長ーっ!」
「俺たちも戦います! アコリリス団長!」
「団長! 団長!」
アコリリスは緊張と照れで顔を赤くしていたが、歓声が落ち着いた頃合いを見て、こう言った。
「では神様。最後に一言お願いします」
「うむ」
ご神体のごとくアコリリスの後ろに座っていた弾正が、ぬっと立ち上がり、前に出る。
全身真っ黒の甲冑姿である。不動服をアレンジして作った、日本の戦国風の甲冑である。黒々とした姿は、悪そうな顔も相まって悪魔のようであり、先ほどまで天使のような童女がいたぶん、いっそう恐ろしく見える。
「謀反の神、弾正である」
そう言って、弾正はギロリと団員たちを見回す。
彼の間に緊張が走る。
「さて、団員どもよ。わしは謀反が好きじゃ。ムカつく既得権益者どもをこっぱみじんにするのが大好きじゃ。みなのものはどうじゃ? ルートよ、そちはどうじゃ?」
弾正は背の高い団員を名指しする。
負傷した妹のケガを治してもらったことに感激し、宝石団員になった男である。
「は、はい!」
「そちは謀反は好きか?」
「……わ、わかりません!」
「なぜじゃ?」
「や、やったことがないからです!」
「さよう、それでよい。今はまだ謀反の楽しさを知らぬ。じゃが、ほどなくしてやみつきになるじゃろう。何しろ」
「何しろ?」
「あの教団の連中を、全員涙目にすることができるのじゃからな」
弾正はニヤリと笑う。
団員たちも、それにつられたのか、大神官や小神官が泣き叫ぶところを想像したのか、少しずつ顔に笑みを浮かべ始める。
「ルートよ、教団は好きか?」
「だっ、大嫌いです!」
「こっぱみじんにしたいか?」
「したいです!」
「ならば何をする?」
「む、謀反です!」
「謀反をやるか?」
「やります!」
弾正は団員たち全員に向けて叫んだ。
「みなのものぉ! ルートはやると言っておるぞぉ! みなはどうじゃ? 謀反をやるか? その覚悟があるか?」
ほんの一瞬の沈黙。
そして団員たちは口々にこう答えたのだ。
「や、やります!」
「やりますとも!」
「今すぐやりましょう!」
「謀反! 謀反! 謀反!」
弾正はアコリリスに目を向けた。
アコリリスはうなずき、団員たちを見すえて言った。
「いいでしょう。今こそ謀反です! みな、持ち場についてください!」