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魔力至上主義世界編 - 107 10万人の泥草

 最終決戦が終わった頃、弾正の勢力は30万人に達していた。

 イリスの住民を引き抜いたり、各地の都市や村を巡って集めた人数である。

 戦国時代であれば30万石の大名であり、一国の国主に匹敵する勢力である。

 弾正はある意味、この世界で大名になったと言える。


 もっとも、この世界の人口はおおよそ1億人であり、うち首都圏であるエクナルフ地方の人口は3000万人だから、比率で言えば首都圏の1%でしかない。

 それでも30万人というのは大人数である。

 うち、一寸動子の使い手は10万人いる。


「10万人か」


 弾正はつぶやいた。

 都市ダイア中央にそびえる塔の最上階にある弾正の居室にて、じっとこの世界の地図(中世という時代であるから、正確でも何でもないが、おおよその大陸の形が描かれている)をにらんでいる。


「何をしているのですか?」


 アコリリスがたずねた。


「一気に畳みかけようかと思うてな」

「一気に、ですか?」


 アコリリスは小首をかしげる。


 弾正はニヤリと笑い、説明した。

 エクナルフ地方にはおおよそ1200個の都市と10万個の村がある。

 弾正の勢力は、このうち約1割の都市と村を巡った。巡って勧誘をし、勧誘した人間を新しく隣に作った都市・村に住まわせ、贅沢三昧な暮らしを見せつけるということをやってきた。

 とはいえ、まだ巡っていない都市がおよそ1080個と、巡っていない村が9万個ある。

 これを一気に片付ける。


「皆には今の仕事を中断してもらい、残りと都市と村の攻略に取りかかってもらう。都市に9人ずつ、村に1人ずつ送れば、10万人で足りるじゃろう」

「いい考えです」


 アコリリスは笑ってうなずいた。


「せっかくじゃから、ちくと今までと違うことがしたいのう」


 今までは、こうであった。

 都市や村に泥草たちが行く。

 目の前で一寸動子を使って見せ、空を飛んで見せ、教団の魔法がまるで効かないところを見せつけた上で、教団と泥草のどちらにつくかを選ばせた。


「『教団の言うことは正しいに決まっているんだ』と今まで通り信じて、泥草を虐待するか?

 『教団の言うことには何の根拠もない。間違っているかもしれない』と疑い、我ら泥草につくか?

 どちらかを選ぶがよい」


 そう言って、選択を迫った。


 結果、全住民のおおよそ8%が弾正らを選んだ。

 泥草(住民の3%)の99%と、一般人(住民の97%)の5%である。


 この数字が多いのか少ないのか、弾正にはわからない。

 どこの馬の骨とも知れぬ弾正らについてきてくれたという意味では、8%という数字は多いだろう。

 一方で、目の前で教団を圧倒する武力を見せ、教団が最強というのが嘘だと暴き、一寸動子でパンや肉を生み出すという神の子(教団の教祖)を彷彿させるパフォーマンスをやってのけたにしては、8%という数字は少ないと言える。


「やり方を変えたらどうなるか、見てみたいのじゃよ」

「どうするのですか?」


 アコリリスがたずねる。


(わらべ)じゃな」

「子供ですか?」

「さよう。魔法の実の儀式が、2ヶ月後にあると聞く。今年、10になる童どもが教団によって魔法の実を食べさせられる儀式じゃな」

「でも神様。魔法の実って、食べると一寸動子が使えなくなるんですよね?」


 一寸動子は、本来この世界の人間であれば誰でも使える能力である。

 しかし、魔法の実を食べることによって、一寸動子の能力が失われ、代わりに魔法が使えるようになる。

 いわば、一寸動子の能力を燃やして灰にして、その灰の力で魔法を使うようなものである。

 魔法の実を食べても魔法に目覚めぬ者は泥草と呼ばれて蔑まれているが、彼らは魔法の実を食べても一寸動子が燃えなかった者達である。


 ちなみに魔法は、一般の人で「石を投げる程度」、教団の人間でも「火縄銃程度」の威力の球を発射することができる、という能力である。

 一方、一寸動子は、泥と草からパン・肉・野菜・果物・お菓子などあらゆる美食を生み出し、空を飛ぶ道具を作り出し、巨大な都市を造り出し、魔法を防ぐ服を紡ぎ、魔法より遙かに強力な威力で石や鉛玉を発射することができる。


 一寸動子を捨てて魔法を得るのは「宝石を捨てて、ゴミを拾うようなものじゃな」と弾正なら言うだろう。


「魔法の実の儀式の前に、今年10歳になる童ども全員に声をかけようと思う」


 今年で10歳となる子供がどれくらいいるかはわからないが、せいぜい100万人といったところだろう。であれば、多く見積もったところで、1つ都市に平均して100人、1つの村に平均して9人といったところか。


「これくらいの人数なら、2ヶ月もあれば全員に声をかけられるじゃろう」

「そうですね。10万人で手分けしてやればできると思います。あ、でも」


 アコリリスは人差し指をちょこんとアゴに当てて、弾正にたずねる。


「なんて声をかけるのですか?」

「奇をてらう必要はなかろう。今まで通りで良い。一寸動子を使ってみせる。パンや肉を作ってみせる。それだけで十分じゃ」

「同じ……でいいんですか?」


 アコリリスは困惑した顔をする。

 今まで一般人を勧誘しても、5%しか付いてこなかった。一寸動子を目の前で使って、うまそうな飯を作ってみせても5%だったのである。

 同じことをやったところで、子供のほとんどは付いてこないのではないか?


「心得ておる。じゃが、幼き子というのは、親を大なり小なり恐れているものじゃ」


 アコリリスにとって、両親との思い出は温かく楽しいものしかない。

 が、それはおそらく珍しいケースなのだろう、とアコリリスは思う。

 中世という時代は良くも悪くも『家』というものが強く、家を支配する父親が家父長と呼ばれて強権を持っていた時代であった。

 自然、子は親を恐れる。


 これまで弾正たちは、都市や村に着くと、一寸動子や空飛ぶパフォーマンスで住民達を一斉に集めた上で、教団と泥草のどちらを選ぶかを迫った。

 特に村であれば、全住民を集めた上で迫った。


 だが、それでは子は、目の前にいる自分の親を恐れて自らの意思が表明できない。

 あるいは、声の大きい大人達(つまり教団を信じる大人達)が作り出す場の空気にのまれてしまう。


「それゆえ、今回は1対1のサシで問いかける」


 そう弾正は言う。


 まず都市や村に行く。

 そして今年10歳になる子供達を探す。

 弾正たちは透明になることが出来るのだ。

 聖堂にある住民台帳をのぞくなり、子供達の会話に耳をそばだてるなりすれば、誰が10歳かはわかる。

 あとは、彼ら彼女らが1人になる機会を見計らって、声をかければいい。


 弾正はかつて、アコリリスとこんな会話をしたことがある。

 1年前、まだ弾正とアコリリスが2人きりだった頃の話だ。


「子供が良いな」

「子供、ですか?」

「さよう。大人だと、こちらをなめてかかるかもしれぬ。自尊心が邪魔をして、子供からものを教えてもらうことを拒むかもしれぬ。変化を嫌がるかもしれぬ。頭が固いかもしれぬ。そちは泥草街に子供の知り合いはおらぬのか?」


 そうやって集めた子供たちが、今や弾正勢力の中核をなしている。

 であれば、また子供たちに声をかけるのもよいではないか、という心持ちになったのだ。


「それで、その後はどうするのですか?」


 アコリリスがたずねた。

 勧誘に成功し、子供たちが付いてきたらどうするか、という意味である。


「決まっておろう。魔法の実の真実を暴く楽しい宴が始まるのじゃよ」


 そう言って弾正は愉快げに笑うのだった。


 命令は翌日から直ちに実行に移された。

 一寸動子の使い手である10万人の泥草たちが、今の仕事を一旦中断し、エクナルフ地方全体を飛び交い始めたのだ。

 弾正とアコリリスもその中に混じっている。


 当初、弾正はダイアに腰をすえ、全体の指揮を執るつもりであった。

 が、アコリリスが妙に誘う。私たちもやりましょう、と言う。

 アコリリスとしては、ご主人様に散歩に連れて行って欲しい子犬のように、久々に2人きりで出かけたいというだけの心境であった。

 弾正もまた「それもよかろう」と思った。


「まあ、現場を見て、実際にやってみることも大事じゃろう」


 そう言って、イリスからさほど離れていない村を適当に選ぶ。

 すると1人の少年が草むしりをしている。

「もうすぐ魔法の実の儀式があるんだ。そこで教団に選ばれれば僕もこんな家から出て行けるんだ……」などと独り言を口にしている。

 その少年に2人は声をかけたのだ。


 ◇


「さて、うぬの名は何じゃ?」

「あ、あ、あ……」

「名はなんじゃと聞いておる」

「え? あ、は、はいっ! エミルです!」

「ではエミルよ。わしらはこれより、魔法の実の真実を暴露する。うぬには、そのための尖兵になってもらいたい。やるか、それともやらぬか。どちらでも好きな方を選ぶが良い」


 そう問われたエミルは、口をパクパクさせる。

「あ、あなたがたは一体……」と口にしたいのだが、声が出ない。

 もっとも、口にしたらしたで「わしは謀反の神、松永弾正じゃ」などという意味不明な答えが返ってきて余計に混乱したであろうから、聞かなくてよかったかもしれない。


 いったいこの人達は何者なのか?

 目の前で大量のパンを作り出したのは、いったいなんだったのか?

 魔法の実の真実とは何か?

 尖兵になれとはどういうことか?


 エミルはもう訳がわからなかった。

 ただただ唖然とする他ない。


 何も言えないでいるエミルを見て、弾正は「ふむ」とうなずいた。


「今日の所はこの辺にしておこうか。ほれ、アコリリス」

「はい」


 アコリリスは弾正の命を受けると、手早く分厚い肉を作りだし、パンに挟んでエミルに渡した。


「どうぞ」

「え、あ……」


 エミルは訳もわからず受け取る。


「では、童よ。また参る。さらばじゃ」

「また来ますね」


 そう言って、2人組は宙に浮かび上がると、ふっと透明になって姿を消してしまった。


 エミルはただただ呆然と立ち尽くすほかはない。

 あれは夢幻の類であったのだろうか。

 だが、彼の手にはパンがある。

 いつもは、雑穀の粥か、硬くてカビた黒パンくらいしか食べられない。

 なのに、今、エミルの手にあるのは白くてふかふかしたやわらかそうなパンである。焼きたての香ばしい匂いがただよってくる。

 おまけにパンには、分厚くて香辛料のたっぷりかかった肉が挟まっている。こんなの年に数度しかない祭りでだって食べられるかわからない。


 怪しげな2人組の残したものである。

 おまけに材料は泥と草である。

 けれども、あまりにもおいしそうな見た目と匂いである。こんなの二度と食べられないに違いない。

 くわえて、日頃から栄養不足であり、今だってひもじい。ぐうと腹がある。

 焦る気持ちもある。ぐずぐずしていると両親が来てしまうかもしれない。実のところ、エミルの両親は弾正たちによって一時的に眠らされているのだが、エミルはそんなことは知らない。

 両親にこんなところを見つかったら『どこで盗んだんだ!』と血が出るほどに殴られるに違いない。そんな焦りがある。


 怪しい!

 でも、おいしそう!

 お腹すいた!

 すぐ食べないと見つかっちゃう!

 二度と食べられない!


 様々な思考がエミルの脳裏を駆け巡った末に、ついに彼はガブリとパンを口にした。

 この世のものとは思えないほどの美味に、エミルが感動のあまり涙を流したのは言うまでもない。

 エミルの人生が大きく変わり始めようとしていた。


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