魔力至上主義世界編 - 103 さらばジラー。さらばイーハ。さらばグジン。地獄でも元気にやれよ! (2)
「あなた方はもう終わりなんですよ。お・し・ま・い。うふふふふ」
中神官ドミルは楽しそうな顔をして言った。
「な、な、なんだと!? ど、どういうことだ?」
大神官ジラーは目をむく。
「どうもこうも、言葉通りだろ。あんたらはもう終わっちまってんだよ」
ドミルの横にいる中神官がバカにしたような顔で言う。
その態度にはもはや、表向きの敬意すらない。
「なっ!」
ジラー達があぜんとする中、ドミルは群衆に向かってこう叫んだ。
「皆の者、聞け! 悪魔と契約した大神官ジラー、高等神官イーハ、軍率神官グジンはここに捕らえた! 諸悪の根源はこの封印の檻に閉じ込められたのだ!」
群衆が「わーっ」と歓声を上げる。
ジラー達は意味がわからない。
悪魔と契約? 諸悪の根源? こいつは何を言っているのだ?
彼らの困惑をよそに、ドミルは演説を続ける。
「皆の者も知っての通り、ここ1年、我らには災厄が降り注いだ。
表向きは泥草によるものだ。
泥草どもは、奇妙な塔を広場に建てた。贅沢な暮らしを見せつけた。女どもを惑わし、イリスから連れ去った。我らもまた、このような屈辱的な看板を頭から生やさせられた。
だが、このような大がかりなことを果たして泥草だけで成し遂げられるだろうか?
そんなはずはない。
我ら教団は地上最強なのだ。最強の教団が泥草ごときに負けるはずがない。
となれば、答えはただ一つ。我らの中に裏切り者がいるのだ。神を裏切り、我らを裏切り、悪魔と契約して得た力で泥草たちを操り、我らをこのような目にあわせた黒幕がいる。
それこそが、ここにいる大神官ジラー、高等神官イーハ、軍率神官グジンの3人なのだ!
だが、安心するがいい。彼らはすでに聖なる檻に閉じ込められた。悪魔の力も封印されたのだ。
邪悪な存在はここに封じ込められたのだ!」
ドミルが叫ぶと、群衆は歓声を上げた。
ジラー達は、ようやく現状を理解した。
つまり、ドミル達はジラー達に責任を全部押しつけるつもりなのだ。
頭に看板を生やさせられたのも、泥草にいいようにこてんぱんにやられたのも、何もかも大神官ジラー達のせいなのだ、と。
大神官達は悪魔と契約して怪しげな力を手に入れ、その力でもって今回の騒動の黒幕になったのだ、と。
悪いのは全部こいつらだ、と。
「ふ、ふ、ふ、ふざけるなぁ! なんでだよ! なんで僕が悪魔と契約なんかしなきゃいけないんだよ! というか悪魔と契約って何だよ! そんなことできるわけないだろ! どうやって契約するんだよ! 僕は関係ない! 悪いのは全部泥草だ! なにもかも泥草の仕業なんだ!」
ジラーは脂ぎった顔を真っ赤にして怒号を上げる。
「そそそ、そうだ! この敬虔たる神の僕である高等神官イーハが、よりにもよって、あ、あ、あ、悪魔と契約だとぉ! そんなわけあるかぁ!」
「こ、この美しいボクが悪魔と契約だなんて、そんなことするはずがないじゃないか! ボクは歴史に名を残す偉人なんだぞ! そんなことするもんか! 何もかも泥草がやったことなんだよ!」
イーハとグジンも、目を血ばらせて必死に叫ぶ。
どう考えても、これはドミル達の保身である。
泥草にいいようにやられ、頭から看板を生やしてしまったドミル達の立場は微妙である。
一応大神官ジラー達と「お互いの格好については見て見ぬふりをしよう」という暗黙の了解を交わしたのだが、そのジラーも今や失脚間近である。
新しい大神官が自分達をどう扱うかはわからない。ひょっとしたら処刑されてしまうかもしれない。
「だったら、いっそのこと何もかも今の大神官どものせいだということにしてしまってはどうか?」
ドミル達は自然とそのような発想に到り、そしてジラー達を後ろから殴りつけ、広場の檻に閉じ込めたのである。
閉じ込められたジラー達としてはたまったものではない。
必死に叫ぶ。
これはドミルらの保身だと叫ぶ。
「こんなのおかしいだろ! お前達はドミルらに騙されてるんだよ!」
「そ、そうだ! この敬虔たる私が悪魔と契約などするはずがない! 全部嘘だ!」
「こんなにも美しいボクが悪いことなんてするわけないだろ! ドミル達は自分の身かわいさに嘘ついているんだよ!」
ジラー達は喉をからすようにして叫ぶ。
何度も何度も叫ぶ。
だが、群衆の目は冷たい。群衆の耳にジラー達の言葉は届かない。
群衆達は信じたかったのだ。
泥草たちなんかたいしたことない、と。
泥草なんて劣った存在で、何もできないクズなんだ、と。
そんな彼らにとって、大神官ジラー達が悪魔と契約して得た力で泥草たちを操った、というストーリーは実に心地よかった。
なるほど、大神官達の協力があったからこそ、泥草たちはあれだけ暴れ回ることができたんだな、と。
すごいのは大神官達であって、泥草はただの操り人形に過ぎなかったんだな、と。
だったら大神官達を捕まえれば何もかも解決して安心できるんだな、と。
ちょっと前だったらこんなストーリーを語られても大衆は信じなかっただろう。あまりにもリアリティがないからだ。
だが、今や大神官達3人は、そろいもそろってふんどし一丁で、腹に聖典を貼り付け、奇声を上げながら町中でその聖典を叩くという、教団の教えを侮辱することこの上ない奇行に及んでいた。
悪魔と契約して泥草たちを操ったのだ、と言わても説得力がある。
なるほど、そうかもしれない。
いや、そうに違いない。
俺達がこんなにもひどい目にあったのは、大神官が裏切ったからだ!
泥草ごときに、これだけのことができるはずがないじゃないか!
群衆達はそう信じたのだ。
そうして、大神官ジラー達に罵声を浴びせる。
「この裏切り者め!」
「そうだ、この不信心者め!」
「悪魔野郎が! 恥を知れ!」
次々と投げかける罵倒と非難の声。
「なっ!」
大神官たる自分がこうも必死に訴えればきっと大衆も真実に目覚めるに違いない、と信じていたジラーにとって、この反応は衝撃的だった。
「ふ、ふざけるな! 大神官の僕が言っているんだぞ! お前達は黙って僕の言うことを聞いていればいいんだよ! なんでだよ! なんで僕の言うことを聞かないんだよ!」
ジラーの言葉に、ドミルはやれやれと首を横に振る。
「困った人ですねえ。いつまで大神官のつもりでいるのですか? あなたはもうじき解任されるのですよ?」
「か、解任だと?」
「ええ。高等神官の皆様に手紙を出しましてね。あなた方の不信心っぷりと悪魔との契約を訴えました。教団の法によれば、高等神官の皆様の3分の2以上の賛同があれば大神官様を解任できます。手紙が届けば、皆様、大至急でイリスにやってくるでしょう。次の大神官になれるチャンスですからね。そうなったら、あなた方はもう大神官でも何でもなくなります。破門ですよ、破門」
「ぐっ……くっ……」
ジラー達はうめいた。
ドミルの言葉は事実であった。高等神官の3分の2以上の賛意があれば、大神官と言えどクビにできる。
高等神官達が今のジラー達の姿を見れば、間違いなくクビに同意するだろう。大神官派と言われているジラー派閥の高等神官たちも、さすがにかばい切れない。高等神官達は、ことごとくジラーの解任に賛成票を投じるに違いない。
解任されてしまえば、あとはただの人間である。煮ようが焼こうが好きにできる。
「ぼ、僕達を殺す気か……?」
「まさか! あなたたちは悪魔と契約した大事な証拠ですからね。あなた方のその姿を見れば一目瞭然です。新しい大神官様もきっとそうお考えになると思いますよ」
ドミルはジラー達を殺さない。腹に聖典を貼り付け、奇声を上げながらその聖典を叩くその姿を高等神官達に見せれば、「悪いのは全部こいつ等です」というドミルの言葉も説得力を持つ。
新しい大神官も、ジラー達を殺さないだろう。ジラー達が不信心極まりない姿をさらせばさらすほど、「だから私がジラーにかわって新しい大神官になったんだ」と説得力を持って言うことができるからである。
もっとも、殺されはしない、という事実はジラー達の心を少しも慰めはしなかった。
それどころか、ぞっとした。
それはつまり、一生檻の中に閉じ込められると言うことを意味しているからである。
一生……。
これまでジラー達はチヤホヤされ、贅沢三昧の暮らしをしてきた。敬虔と清貧を自称するイーハでさえ、一般市民よりよほど良い暮らしをしてきた。
だが、残りの人生は悲惨極まりないものとなるだろう。
中央門の広場という人々の出入りの激しい場所で、常に侮蔑の目で見られながら嘲笑される毎日。
これまで自分達に会うたびにぺこぺこと頭を下げてきた者達に、蔑むような表情で見下される毎日。
おいしいご飯など夢のまた夢で、両手を縛られたまま、臭くてまずい飯を犬みたいに這いつくばって食べる毎日。
これから先、ずっとずっとバカにされ、惨めで苦しい思いをし続ける人生が待っているのだ。
そんな生き地獄のような日々が待っているのだ。
一生、ずっと……。
背筋が冷たくぞくりとする。
心臓がバクバクする。
「い、い、い……嫌だ……嫌だああああ! やめろおおおおお! 僕をここから出せえええ! 出してくれええええ!」
「ひいいい! わ、私は神のしもべええええええ! だから! だから出してよおおおお! うわああああ!」
「ボクは歴史に名を残す偉人んんんん! うわあああああ! 偉人なんだよおおおおお! だから閉じ込めないでよおおお! 助けてよおおおお!」
ジラー、イーハ、グジンの3人は、それぞれ必死に叫びながら群衆に助けを求める。
群衆はそんな3人を侮蔑たっぷりに笑うのだった。
大神官達の引退話は、もうあと1、2話ほど続きます。