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魔力至上主義世界編 - 99 大神官ジラーの屈辱

 最終決戦は終わった。

 大神官ジラー達は解放され、イリスの町に帰還した。


 それから1週間が過ぎた。

 大神官ジラーは今、屈辱の日々を過ごしている。


 大神官の仕事は多岐にわたる。

 大陸の支配者として、配下の聖職者達から様々な報告を受け、許認可状を発行したり、指示を与えたりする。

 数々の儀式を主催し、会議を取り仕切り、種々の決断を下す。


 ところが、最終決戦以降、周りの反応がよそよそしい。

 大神官は立場上、イリスの7人の中神官をはじめとして、聖職者や貴族、商会長やギルド長など、様々な人間と出会うのだが、会う人みな反応が冷たいのだ。

 返事に感情がこもっていない。話しかけても、反応が薄い。「おい、聞いているのか!」と怒鳴ると、「ああ、はいはいすみません」とおざなりな対応をされる。

 指示を出しても、相手は生返事である。「僕が言ったこと、ちゃんとやっているのか!」と言っても、「はあ、まあ」と曖昧(あいまい)な返事である。よくよく調べると言われたことをやっていない。出せと言った手紙を出していなかったり、まとめろと言った報告をまとめていない。そのことをとがめると、「はあ、すみませんね」と気持ちのこもっていない返事をされる。


 要は、なめられている。

 半年前であれば考えられぬことである。半年前なら、人々はジラーを畏れ敬っていた。彼にこびを売るべく、積極的に言うことを聞いてきた。

 それが今や、まるでどうでもいい人のような扱われ方をされている。


 こういう扱いをされている人物を、ジラーは以前見たことがある。

 ジラーがまだ若かった頃、とある商業都市に赴任していた時、上司だった中神官がそういう扱いを受けていた。

 その中神官は、あまりにも度を超えた汚職に手を染めていた。多少の汚職なら黙認されるが、彼は明らかにやりすぎていた。それが発覚したことで、近々失脚間違いなしとされていたのだ。

 それゆえ、部下の聖職者も、町の人々も、「あの人はもう終わりだ」という態度で彼に接していたのである。


 今、ジラーはそういう扱いを受けている。

 つまり、人々はジラーのことを「もう終わった人」と見なしているのだ。


(ちくしょう! ちくしょう! ふざけるなよ! ふざけるなよなあ!)


 ジラーは屈辱と怒りで震える。


 だが、ジラーの未来は間違いなく暗い。

 彼は一応まだ大神官の地位にある。

 が、その姿たるや、悲惨なものである。


 頭はスキンヘッドである。

 額と後頭部に『教団はバカ』と、くっきり書かれている。

 頭のてっぺんには、『助けてください、アコリリス様! この大神官ジラー、もう泥草様には逆らいませんから!』としゃべりながら土下座するジラーのフィギュアが乗っている。

 服はふんどし一丁である。

 腹にはチャンピオンベルトのごとく、聖典をくっつけている。

 教団をコケにしているようにしか見えない。


 そして……。


「ほぎゃああああああああああ!」


 中神官達との会議の最中、突然、ジラーは悲鳴を上げた。

 彼の全ての歯に苛烈なまでの痛みが襲いかかってきたのだ。全ての歯を一斉にドリルでゴリゴリと削るような、激痛である。


「ぎょぎぎゃああああああ!」


 悲鳴を上げながら、中神官達の冷たい目に見送られて会議室を出て、軽蔑の目を向ける神官達の間を抜け、ジラーは大聖堂の外に飛び出す。

 そして、大広場に出ると、周囲に人が大勢に居るにも構わず、ふんどし姿で、聖典をべしべし叩き始めた。


「ぎょぎいいいいいいいいいい!」


 つんざくような叫び声を上げながら、神聖なる聖典を全力で叩く。


 ベシ!

 ベシ!

 ベシ!


 ひと叩き。ふた叩き。さん叩き。

 ほどなくして歯の痛みがおさまる。


「はぁっ、はぁっ……」


 落ち着いたジラーは一息つく。

 そして周りの目線に気づいた。

 人々は、そろってジラーを冷たい目で見ていたのだ。


 軽蔑の目。

 侮蔑の目。

 失望の目。


 どれもこれも、ゴミを見下すような冷ややかな目である。


「え、え、ええい! ななな、なに見てるんだよ! あっち行けよ!」


 ジラーが叫ぶと、人々は顔を見合わせ、それから一応言われた通り、その場を立ち去る。

 もっとも、その姿に恐れ入った様子はまるでない。


(くそぉ! くそぉ!)


 屈辱で顔を歪ませながら、ジラーは悔しがる。

 大神官たる自分が、こうもなめられた態度を取られるなんて!


「おのれえええ! よくもおおお! よく……ごぎいいいいいいいいいい!」


 ジラーの歯に再び激痛が走る。


「ひいいい! ひいいいい!」


 叫びながら、腹を突き出し、ベシベシと全力で聖なる聖典を叩く。


 その時である。


 ドン!


 突如として、背中に衝撃が走った。

 誰かがジラーを後ろから蹴り飛ばしたのだ。


「ぶべっ!」


 ジラーは顔面から地面に突っ伏す。

 鼻が地面に激突し、鼻血が出る。


「ぷぷぷっ!」

「あはははは!」

「うわ、かっこわるー」


 背後から嘲笑の声が聞こえる。

 振り返ると、顔を手で覆って隠しながら自分を見下ろす3人の男女がいた。


 お、おのれええ! 下々の分際でええええ!


 怒りのあまりジラーは発狂しそうになるが、歯の激痛はまだ止まらない。

 耐えられない痛みを何とかすべく、よろよろと立ち上がると、腹を突き出し、バチンバチンと聖典を叩く。

 そして、また……。


「おらあ!」


 ドン!


 背後からの衝撃。

 また蹴り飛ばされたのだ。


「ごぎゃっ!」


 再び地面に激突する。


「ひゃははは!」

「なにあれ、うわあ」

「ほーら、がんばれよ、大神官様!」


 背中からは再び嘲笑の声がかけられる。


 く、くそおおおお! くそおおおおおお!


 大神官は怒りではらわたが煮えくりかえりそうである。

「おまえたち、わかっているのか! 僕は大神官様だぞ! お前達なんか、僕がちょっと命令するだけで消し去れるんだぞ!」と言ってやりたい。

 が、それどころではない。

 何しろ歯が痛くて痛くて、口もろくに動かせないのだ。


 よろけながらもまた立ち上がり、腹を突き出し、両手でバンバンと聖典を叩く。

 そこをまた蹴りが襲う。


 合計7回地面に突っ伏し、ようやく歯の痛みが止まった。

 その頃には3人の男女はどこかに行ってしまっていた。


「ちくしょう……ちくしょう……!」


 みじめだった。あまりにもみじめだった。

 大神官たる自分が、往来の真ん中でふんどし一丁で聖典を叩き、しかも下々の連中に何度も蹴り飛ばされるなんて。


 おまけに誰も助けてくれなかったのだ。

 大聖堂の入り口には衛兵達がいて、彼らはこの様子を一部始終見ていたはずなのに、それでも助けようとしなかった。

 衛兵など教団組織からすれば下っ端もいいところである。その下っ端が、上司の上司の上司の……(中略)……の上司の上司くらい偉い大神官が蹴り飛ばされているのに、無視したのだ。


 完全に見捨てられてしまったのである。


「くそが! よくもよくもよくもおお!」


 見せしめに1人か2人殺してやろうかと思った。

 衛兵でも通行人でも誰でもいい。

 ジラーには、まだ魔法がある。最強の魔法をぶっ放すことで、何人か殺して、自分のすごさを思い知らせてやろうかとさえ思った。


 が、できなかった。

 最終決戦前ならいざしらず、今そんなことをやったら誰もかばってくれないのは明白である。

 それどころか、これ幸いと、よってたかって魔法を打ち込まれて殺されてしまうかもしれない。

 それくらい、今のジラーの立場は危ういのである。


 この世界の聖職者達は、イリスの小神官パドレのように『私は泥草に負けました』と顔面に書かれたり、イリスの中神官のドミル達のように『泥草さん、ごめんなさい』と書かれた看板を頭から生やさせられたり、あるいはついこのあいだまでのジラー達のようにフリフリちょんまげアイドル衣装を着させられたり、あるいはふんどしガールズにされたりと、さまざまな形で悲惨な姿にされてきた。


 が、今回のは『教団を侮辱する』という意味で、圧倒的なまでにひどい。


 とりわけ、教団にとって人の命よりも重い聖典を無造作に腹に貼り付けていることと、教団にとって『大罪人』であるゴルバの真似をして聖典を叩いていること、この2点が群を抜いて侮辱行為に当たる。

 大神官という高い地位に就いていなかったら、とっくの昔にジラーは殺されていただろう。


 もっとも、それは、『今はまだ殺されていない』というだけの話かもしれない。


 大神官ジラーの下には高等神官達が何十人といる。

 彼らは虎視眈々と、大神官の地位を狙っている。

 その大神官が、教団に対する明白なまでの侮辱行為をしたとなれば、これはもう引きずり下ろす絶好のチャンスである。

 喜んで一致団結してジラーを引きずり下ろすだろう。


 それがまだ行われていないのは、高等神官達が大陸のあちこちの任地に散らばっているからだ。

 ジラーの侮辱行為は、まだ彼らにもとには伝わっていないのだ。

 だが、それも時間の問題であろう。

 もうじき、ジラーは引きずり下ろされる。

 高等神官達の中には、ジラーの派閥に属する神官達(大神官派と呼ばれている)もいるが、彼らもさすがに今回の事態はかばいきれないだろう。


 要は、ジラーの失脚は間違いないのだ。


 失脚した後はどうなるか?


 よくて、平聖職者に降格だ。

 今まで教団の最高位にあったのが、自分の子や孫くらいの年齢の下っ端聖職者に見下され、あごで使われる日々が待っているのだ。

 若い連中に「おい、ジラー。ちゃんと掃除しとけよ」と嘲笑混じりに命令され、それに対して頭をぺこぺこ下げて、「は、はいっ! 承知致しました! ただちに!」などと言って言う通りにしなければいけないのだ。

 とても耐えられない。


 だが、これはまだマシな方の未来予想図だ。悪ければ、処刑である。教団を侮辱した異端者として、火あぶりにされるのである。

 火あぶり……。

 今までジラーは気にくわない奴を大勢火あぶりにしてきたが、自分自身が火あぶりされることなど全く想像していなかった。


(ど、どうする? どうすればいい? 嫌だ! 死にたくない! どうしたら……。わ、ワイロか……? 高等神官どもにワイロを送れば……)


 ジラーは首をぶんぶん横に振った。

 ワイロを送ったところで、教団を侮辱している今の自分をかばってはくれないだろう。下手にかばいだてしたら、「お前も教団を侮辱する気か!」と巻き添えをくらってしまうのだ。とてもできない。


(な、ならどうする? 逃亡か? バカな! 逃げるところなどない。だったら……いっそクーデターか……?)


 トップに立つ人間がクーデターというのも妙な話ではあるが、もはやそれしかないのではないか、と思った。

 イーハとグジンは少なくとも自分の味方になってくれるはずだ。立場がまずいのは彼らも一緒だからだ。

 それから教団軍3万人。

 あいつらも自分達ほどではないにしろ、悲惨な姿にされてしまっている。味方に引き込めるのではないか。

 そうなれば、かなりの武力が手中に収められる。

 この連中の力で、まずイリスを制圧し、続いて周辺地域を制圧し、独立勢力を作ってしまうのだ。

 そうだ、いける、いけるぞ!


 そうジラーが思った時である。


 ガツン!


 突如として後頭部に衝撃が走り、ジラーの意識は急速に遠のいていくのだった。


 ジラー・イーハ・グジンら3幹部のその後の話をまとめて1話で書こうと思ったら、ジラーの話だけで終わってしまいました。

 次回は、イーハ・グジンのその後の話を書きます。1話でまとまりますように……。

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