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魔力至上主義世界編 - 98 最終決戦 (9)

「ふふふ。何を言っているんですか、イーハさん。罰はまだ終わっていませんよ」


 アコリリスは可愛らしい声で言った。


 彼女はこの年、12歳である。

 長い豊かな金髪に、白い肌。

 水色の瞳はやや垂れ目がちで、一見すると大人しげな印象を受けるが、綺麗な形をしていて、鼻筋はすっと通っている。


 南蛮風の美しき童女、と弾正なら称しただろう。


 実際、この世界の住人から見てもアコリリスは綺麗な娘である。

 いずれ成熟すれば、いっそう綺麗に、そして美人になるに相違ないと誰の目にも明らかなほどである。

 白いふんわりとした装いも相まって、伝承に出てくる天使のようである。


 その天使のような娘が微笑んでいる。

 12歳の娘が微笑めば、本来なら可愛らしくなるはずであろう。

 実際、可愛らしい。


 が、どういうわけか大神官ジラー、高等神官イーハ、軍率神官グジンの3幹部の目には、ぞっとするような、底冷えのするような恐ろしい微笑みに見えてしまうのだ。


 そんな微笑を口元にたたえたまま、アコリリスは「罰はまだ終わっていませんよ」と言ったのだ。


「な、なんだと?」


 イーハはぎょっとした顔で聞き返す。

 アコリリスは、にっこり微笑んでこう言った。


「第2の選択肢を選んだ場合、皆様には一生その格好で過ごしてもらいますが、それだけでは終わりません。歯の痛みも味わってもらいます」

「……は!?」

「……え!?」

「な、な、なんだと!?」


 3幹部はそろって驚愕の声を上げた。


 その表情は、ありありとこう語っていた。

「話が違うじゃないか!」と。

 第1の選択肢は『服装と髪型を元通りにする代わりに、これから先一生、地獄のような歯痛を味わされる』というものであった。

 なのに、第2の選択肢でも歯に激痛が走るのであれば、選択肢の意味がないではないか!


 3幹部が抗議の声を上げようとして口を開きかける。

 が、それよりも早く、アコリリスはこう言った。


「大丈夫です。歯の痛みはすぐに鎮まります」


 3幹部は、今度はきょとんとする。

 痛みがすぐにおさまる?

 意味がわからない。


 アコリリスは説明を続ける。


「つまり、こうです。第2の選択肢を選んだ場合、皆様には1日何度か、不定期に歯の痛みがやってきます。先ほど味わってもらった、あの痛みです。

 これを鎮めるには、次のような儀式をやってもらいます。

 まず外に出ます。太陽の下か、星明かりの下か、いずれにせよ外に出ます。

 出たら、前屈の姿勢を取ります。こうやって……」


 そう言いながら、アコリリスは上半身を後ろに折り曲げる。


「この格好です。そうしたら、なるべく大きな声を上げます。上げながら、両手で自分の腹にくっついている聖典を叩きます。力一杯叩いてください。しばらく叩き続けていれば、痛みは鎮まります」


 要は、ふんどし一丁で外に出て、教団にとってもっとも神聖でありがたい聖典を、べしべしと叩けと言っているのだ。


 3幹部は絶叫した。


「な、な、なに、なにを、なにをふざけたことを!」

「バ、バカなことを抜かすなあ! そんな不信心な真似ができるかあ!」

「や、やだよ、そんなの! やだよ、そんなのお! それ、ゴルバじゃないかあ!」


 ゴルバ、かつて教団を迫害したとされている人物である。

 この人物は、神聖なる聖典をべしべしとバカにしたように叩くことで、信者たちを挑発したと伝えられている。

 いわば教団にとっての宿敵である。

 今日では、ゴルバの名は極悪人として人々に記憶されている。聖典を叩くなど決して許されない。

 やれば、教団への明確な侮辱だ。たとえ子供がふざけてやっていたとしても厳罰が下されるほど、タブーとされている。


 それゆえ、3幹部は悲鳴を上げたのである。

 人前でふんどし一丁で、腹にくっつけた聖典を叩くなど、タブー云々を抜きにしても、バカみたいなことこの上ない屈辱的な行為なのだ。

 加えて、教団に対するあからさまな侮辱行為であるとなれば、これはもう救いようがない。

 現代で言うなら、葬式に乱入して暴れまわるようなものだ。どう考えても社会的に死ぬ。できるわけがない。


「そそそ、そんなことやれるかああああああ! 我々にゴルバになれというかああああああ!」


 イーハの抗議の絶叫に、アコリリスは微笑んでこう返す。


「別にやらなくてもいいんですよ? 第1の選択肢を選べばいいじゃないですか。歯の痛みにちょっと耐えるだけなんですから」

「ちょっとの痛みだとおおお!」


 イーハは目をむく。脳裏に先ほどの痛みがよみがえる。

 全ての歯の神経をドリルでゴリゴリするような痛み!

 今まで人生で味わった痛みの中で最大と言っても過言ではないほど、気が狂いそうな痛み!


「あれのどこが、ちょっとの痛みだ!」

「大丈夫ですよ。聖典にもこう書かれているではないですか。『真の信仰があればどんな苦痛にも耐えられる』と。でしょう?」

「ぐっ……!」


 アコリリスが言ったのは事実である。

 神の子が敵対する宗教勢力に捕まり、尋問という名の拷問を受けていた時、彼女はそう言った。そして事実耐えきったのだ。少なくとも聖典には、そう書かれている。


 もっとも教団が権力を握ってからは、このエピソードは彼らにとって都合のいいように用いられている。

 教団が気に入らない人間を異端者扱いして処刑したい時、教団はその人物を痛めつける。徹底的に痛めつける。その人物が、悲鳴を上げたり、苦しそうな顔をしたりしたら、教団は喜色満面になってこう言う。


「悲鳴を上げたな。真の信仰があれば、痛みに耐えきれるはずだ。耐えきれなかったということは、お前には信仰がないということ。つまり、異端者だ! 処刑しろ!」


 アコリリスの父も、そうやって拷問にかけられ、異端者認定された上で処刑された。


「あなたがたには」

 とアコリリスは言う。

「真の信仰がおありなのでしょう? であれば、痛みくらいなんですか」


 そう言って微笑む。


 3幹部はぞっとした。


 これまで、ジラーやイーハのような聖職者を痛めつける人間などいなかった。

 彼らは高い地位にあり、厳重に警護されていたし、そもそも本人自身が強力な魔法の使い手なのだ。


 それゆえ、彼らはこう思っていた。

 まさか、自分達が痛めつけられることなどあるまい、と。

 そう自惚(うぬぼ)れ、確信していたのだ。


 だが、彼らは泥草に負けた。

 ボコボコに負けた。

 そして今、『痛みから逃げること』を選ぶのか、『信仰を守る』のか、どちらを選ぶかを問われているのだ。


「ぐっ……」

「うっ……」

「くうっ……」


 3幹部はそろってうめき声を上げる。

 彼らは聖職者である。それも最高幹部級の地位にある。自然、誰よりも信仰心にあふれていなければならない。そういうことになっているのだ。


 だが、実際のところ、3幹部は痛みには耐えられない。むしろ、情けない顔で泣きわめく。

 そのことは彼ら自身がよく理解している。先ほど、歯の激痛を味わった時に、理解してしまっている。


 しかし、だからと言って、衆人環視の中で『信仰』ではなく、『痛みから逃げること』を選べというのか!

 そんなもの、立場上出来るわけないではないか!


 アコリリスは、笑みを浮かべて言った。


「さて、それではどちらか好きな方を選んでもらいましょうか。

 選択肢1か選択肢2か。


 今一度、確認しますね。

 選択肢1は簡単です。服も髪も全部元通りにして差し上げます。立派な聖職者の身なりに戻れます。代わりに、一生、先ほどの歯の痛みを味わい続けてもらいます。毎日毎日、24時間ずっとです。

 わたしとしては、こちらがおすすめですよ。何しろあなた方には信仰心があるのですから。これくらいの痛み、大したことはありませんよね?


 選択肢2は、こうです。まず髪は全部抜け落ち、スキンヘッドになります。額と後頭部には『教団はバカ』とくっきり書かれます。頭のてっぺんには土下座する人形が乗っかり、服はふんどし一丁。腹には聖典を貼り付けてもらいます。

 あと、不定期ですが……だいたい1日に10回くらいでしょうか。歯の痛みがやってきます。痛みを取るには、外に出て大声を上げながら、両手で聖典を叩いてください。しばらく叩き続けていれば、痛みはひきます。


 さあ、どちらを選びますか?

 100秒待ちましょう。この先の一生を決める大事な選択です。じっくり考えてくださいね。

 ちなみに、答えなかった場合は選択肢1、つまりこれから一生24時間のあいだずっと歯の激痛に悩まされる人生が待っていますからね。

 それでは行きますよ。100、99、98、97……」


 アコリリスのカウントダウンが始まる。


「ひっ!」


 3幹部の誰かが悲鳴を上げる。

 あと100秒。100秒で、これから先の一生が決まってしまうのだ。


 どうする……?

 どうすればいい……?


 いや、答えは決まっている。

 一生、あの激痛を味わうなんて耐えられない。

 であれば、答えは決まっている。

 選択肢2だ。

 だが……。


 3幹部はぐるりと周りを見る。

 教団の兵達が、そして泥草たちが、舞台の上にいる自分達をじっと見ている。

 自分達がどちらの選択肢を選ぶのか、見守っているのだ。


「ぬぬっ……」

「くっ……」

「うっ……」


 教団の上層部に鎮座し、日頃から偉そうに振る舞ってきている自分達が、選択肢2を選んだとなっては、彼らは軽蔑するだろう。侮蔑するだろう。

「なんだよ、あいつら。偉そうなこと言っているくせに、信仰心なんて無かったじゃねえか」と失望するに相違ない。

 それが耐えられないのだ。

 特にイーハなどは耐えられない。教団原理主義者であり、誰よりも厚い信仰心を持っていると自負している彼にとって、痛みに負けて教団を侮辱する選択肢を選んだと思われるのは、この上ない屈辱である。

 けれども……。


「70、69、68、67……」


 アコリリスのカウントダウンは続く。

 このままカウントが0になれば、一生あの激痛を味わう人生が待っているのだ。痛みを与えられていたあの瞬間、3幹部は間違いなく地獄を見た。奈落の底を見た。

 あんなのはもういやだ! ぜったいにいやだ!


「42、41、40……」

「に、2だ! 選択肢2だ!」


 大神官ジラーが真っ先に叫ぶ。

 緊張に耐えきれなかったのだろう。

 脅えたように口早に2を選ぶ。


「ボ、ボクも! ボクも2だ!」


 今度は軍率神官グジンが叫ぶ。

 これで2人。


 残されたのは高等神官イーハだけである。


「さあ、どうしますか? 真の信仰をお持ちのイーハさん? ふふふ。19、18、17……」

「ぐっ……くっ……くうううう!」


 イーハは唇を噛み、悔しそうに唸る。


「おのれおのれおのれ! よくもこの不信心者めがああああ!」

「ええ、不信心者です。ですから、イーハさんの信心深さを是非とも見せてください。11、10、9……」

「ぐぎいいいいいいい!」


 とうとうカウントダウンが1桁になる。

 あと10秒黙っていれば、イーハは残りの人生を絶え間ない激痛に苦しみ続けることが決まる。

 そして……。


「に、2だ……」

「え? よく聞こえませんでした。もう一度お願いできますか? 4、3、2……」

「2! 2! 選択肢2! にいいいいい! にいいいいいいいいい!」


 イーハは選択肢2を選んだ。


 この瞬間、教団3幹部への罰が決まった。

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