魔力至上主義世界編 - 8 仲間集め
弾正には疑問に思っていることがあった。
アコリリスの能力である。
あれは、アコリリス固有の能力なのだろうか?
それとも、実はアコリリス以外にも使える者がいるのだろうか?
というのも、あの一寸動子という力は、実は魔法を使えない代わりに手に入れた能力なのではないか、と思ったからだ。
魔法が使える者は、一寸動子を使えない。
魔法が使えない者は、一寸動子を使える。
そういうトレードオフの関係になっているのではないか?
この仮説が正しければ、魔法が使えない泥草は、みんな一寸動子を使えることになる。
ただの思いつきである。
が、思いついてしまった以上、気になる。
確かめたくなる。
アコリリスと2人で泥草たちを訪ね、一寸動子を使えるかどうか調べてみたくなる。
(これは、人材の登用でもあるな)
いわば仲間集めである。
2人で謀反を起こすというのも面白いが、同志は多いほうがいい。
無論、誰でもいいわけではない。
下手したら、敵になる者に能力を与えてしまうことになるやもしれぬ。
「子供が良いな」
「子供、ですか?」
「さよう。大人だと、こちらをなめてかかるかもしれぬ。変化を嫌がるかもしれぬ。頭が固いかもしれぬ。自尊心が邪魔をして、子供からものを教えてもらうことを拒むかもしれぬ。そちは泥草街に子供の知り合いはおらぬのか?」
「……いないことはないです」
アコリリスは以前、今のあばら屋に同年代の子供4人で住んでいたと言う。
ところが冬の寒さの中、2人死んだ。
残った1人の童女と支え合うように生きてきたが、ある時、ふとしたことでケンカになった。2人きりだから気まずくなる。
気まずい中、別のあばら屋の住民が全員死に絶え、空きができた。
同居者の童女はそちらに移り住んでいったと言う。
「わたしがいけなかったんです。変な意地を張っちゃったから……」
「その者の名はなんという?」
「え? あ、ネネちゃん、いえ、ネネアと言います」
「では、そのネネアに会いに行くぞ」
「え、今からですか?」
「善は急げじゃ。行くぞ」
「は、はいっ!」
ネネアの住まいは歩いてすぐのところにあった。
アコリリスの住まいと同様、半ば朽ち果てており、うらぶれている。
時刻は夕方である。仕事が終わり、この時間なら在宅しているだろうと中に入る。
「……アコ?」
癖のある黒髪を持ち、気の強そうな黒いツリ目の童女が、振り返る。
「ネネちゃ……」
アコリリスの呼びかけは最後まで言えなかった。
黒髪の童女ネネアが勢いよくアコリリスに抱きついたからである。
「アコ! アコ!」
「ネ、ネネちゃん?」
「バカ! ずっと……ずっと見なかったから……死んじゃったのかと思ってた! よかった……よかった……」
ネネアはアコリリスの背中に両手を回し、ぎゅっとしがみつくようにして、泣くような声を上げる。
アコリリスは「うん、ごめんね、ごめんね」と言う。言ううちに、彼女もまた泣き声になっていく。
二人して泣く。あとはもう童女が二人、泣き合うばかりである。
弾正は(そういえば1ヶ月以上、岩山にこもっておったのお)と思いながら、二人が泣き止むのを待つ。
二人が落ち着くと、ネネアは弾正を見る。
「ねえ、アコ。この人は?」
「神様だよ」
「か、神様!?」
「さよう、わしは謀反の神、弾正である」
弾正はそう言うと、ネネアが何かを言う前に変化の術を解いた。
南蛮風の顔をした泥草だった男が、あっという間に黒髪総髪を大髷で結い、悪そうな顔をした若武者に変わる。
ネネアは口をパクパクさせる。
アコリリスは、すごいでしょう、と得意げになる。
(ふむ。まあ、よいか)
弾正はネネアを信用することにした。
どのみち、2人きりでやっていくのは難しい。
誰かを信用しなければならない。
ネネアがアコリリスを見た瞬間の表情、立ち振る舞い、声。これらを総合的に見て、弾正は「まあ信用するか」と思ったのだ。戦国時代という生きるか死ぬかの世で、誰が信用できるか、誰が信用できぬかを日々観察してきた男の感性による判断である。
無論、百発百中ではない。判断を誤ることもある。
(まあ、裏切られたらその時よ)
弾正はアコリリスに目配せする。
アコリリスは、こくんとうなずく。
そうして、全てを話した。
謀反のこと。
一寸動子のこと。
ネネアの目の前で、パンを作り、服を作り、石を飛ばして見せた。
ネネアはいちいち驚いた。驚愕した。そのうち、驚くのも疲れたのか、口をあんぐりさせるだけになった。
石を光らせもした。
飛翔石を飛ばす技術の応用である。飛翔石が光りながら飛んでいくのなら、単に光らせるだけの成分を石に与えれば、照明代わりの石になるのではないかと考えたのだ。
そうしてできたのが、今、ネネア宅内で、100ワット電球のごとく明るく輝いている石である。
「すごいわね……」
ネネアは感嘆の声を上げた。
ここ数時間だけで、すでに何度も驚いている。驚き疲れている。
「それで、あたしもアコと同じ事ができるかもしれないっていうの?」
「うん。頭の中で一寸動子って唱えながら、手を振りかざすの」
「わかった。アコが言うならやってみるわ。まず、何からやればいいの?」
「えっと……」
アコリリスは弾正を見る。
「まずはこの石から動かすがよかろう」
弾正は答える。
ネネアはアコリリスをちらりと見る。アコリリスはうなずく。
「いいわ。やってみる」
ネネアは弾正に向き直ってそう答えると、石の上に手をかざした。
コトッ。
石がわずかに動いた。
「う、動いたわっ!」
「うん、動いた! 動いたよ、ネネちゃん!」
二人して喜ぶ。
弾正はいくぶん反応が違った。ちと動きが鈍いな、と思った。
弾正の予感は当たった。
何度かやってみて、ネネアは確かに一寸動子を使えることがわかった。パンも作れた。服も作れた。石も飛ばせた。
ただし、速度、威力、精度、どれを取ってもアコリリスと比べ、はるかに見劣りする。
アコリリスはさっと手をかざすだけで、一瞬にしていくつものパンを作ることができる。
ネネアはパン1つ作るのに10秒はかかる。
石を飛ばすのも同様である。
一瞬で大量の石を飛ばせるアコリリスと比べ、ネネアは10秒以上かかってようやく1個の石を飛ばせる。
「ごめんなさい……」
ネネアは謝った。
「そ、そんな。十分すごいよ! だって、パンだよ。パンが作れるんだよ?」
アコリリスは慌てて擁護する。
「そ、そうよね。パンが作れるのよね」
「そうだよ。パンも肉も服も自分達で作れる。だから、もう街で働かなくていいんだよ?」
「あっ!」
ネネアは口を開けて驚いた。
「そっか……。あたし、もう、あんなやつらと働かなくていいんだ……」
「うん、そうだよ、ネネちゃん」
「殴られて、馬鹿にされて、笑われて、一日中汗だくになって……もらえるのは汚れた銅貨だけで、それでも、はいつくばらないといけなくて……。もう……もう、あんなことしなくていいんだ……」
「うん、うん。よかったね……よかったね、ネネちゃん……」
ネネアは、静かに泣いた。
アコリリスはその体をそっと抱きとめ、背中を静かにさすった。