チュートリアル謀反 前編
だいたい毎回こんな感じで謀反を起こします、というチュートリアル
松永久秀(通称は弾正)は、謀反が大好きな男である。
弾正は、異世界から異世界へと渡り歩く。
渡り歩いて何をするかといえば、謀反である。
あっちの異世界で謀反を起こしたかと思えば、翌月にはまた別の異世界で謀反を起こしている。
謀反とは、既存の権威・権力にケンカを売ることである。
弾正は、実に楽しそうにケンカを売る。
「弾正様は、どうしてそんなに謀反がお好きなのですか?」
とある中世ヨーロッパ風の異世界にいた頃、弾正はこのように尋ねられたことがある。
弾正は、にやりと笑うと、こう答えた。
「ムカつく既得権益者どもを、こっぱみじんにできるからじゃよ」
「既得権益者、ですか?」
「さよう。能もないのに、権力や利権を手にし、それを決して手放そうとしないクソ虫どものことじゃよ。
この国だと、貴族連中がそうじゃな。世界によっては、役人だったり、企業だったり、マスコミだったこともある。
まあ、肩書きは色々だが、中身は同じじゃ。
要は『権力を振るう快感』や『甘い汁を吸う快楽』におぼれ、民が苦しもうがどうなろうが、絶対に権益を放そうとしないクソ虫どもじゃよ。
よいか、うぬよ!」
「は、はい!」
「うぬら民は、いつも苦しんでおる。
どこの世界でもそうじゃ。つらい労働、貧しい生活、厳しい格差。
なぜじゃ? なぜ民はこんなにも苦しまねばならぬのか?
簡単じゃ。
無能なクソ虫の既得権益者どもが、バカなことをやっておるからじゃ。分不相応な特権を握り続け、己の利権や保身のために、民が苦しむようなことばかりをやり続けておるからじゃ。
そこで!」
「そ、そこで?」
「謀反じゃよ。
ただの謀反ではないぞ。世界中を驚愕の渦に巻き込み、古くさい常識を全てひっくり返してしまうほどの大謀反じゃ。
謀反はいいぞ!
腐った利権を粉砕にする。分不相応な特権を粉々にする。甘い汁を吸っていた既得権益者どもを落ちぶれさせ、涙目にさせる。民たちも、これにはニッコリ笑顔。
まさに、爽快、痛快、万々歳じゃ!」
弾正は口先だけの男ではない。
数々の異世界で、既得権益を打ち砕いている。
今日、様々な異世界で「謀反の神様」の伝説が残っているが、これらは全て弾正のことである。
◇
とはいえ、弾正は、はじめから異世界を渡り歩くような存在であったわけではなかった。
もとは日本の戦国武将である。
謀反を好む。
能もないのに偉そうに権力を振るい、利権を貪る連中が、昔から我慢ならなかった。
やつらにケンカを売れば、さぞや爽快な心持ちになれるであろうと思っていた。
そうして、謀反を起こす。
あまりにも謀反を起こすので、とうとうある時、居城を大軍に囲まれた。
追いつめられた弾正は、もはやこれまで、と自死の道を選ぶ。
ところが、目を覚ますと、そこは見知らぬ粗末な部屋の中であった。
のちに弾正は、自分がこの時、生まれて初めて異世界というところに転移してきたことを知るのだが、この時点では何が何やらわからない。
見ると、痩せて貧しい身なりをした南蛮人らしき容貌の童女がいる。
茶色の長い髪に、同じ色の大きな瞳を持ち、肌は白い。
突然、謎の若い男(とある茶道具の力により、弾正は不老である)が現れたからだろう。幼い顔をぽかんとさせて、弾正を見上げている。
弾正もまた、ぽかんとしていた。
黒々とした艶のある総髪を大きく髷で結い、油断ならない悪そうな顔をしたこの男は、普段は謀反の企みでニヤリとさせているその口をあんぐりと開けたまま、童女をじっと見ていた。
弾正の視界では、童女に対し、こんな説明文が見えていたからである。
名前:ティユ・ルー
性別:女
年齢:10
能力:確率がわかる(ビリプローバと唱えると使える)
(なんという能力じゃ!)
弾正は、これが世界をひっくり返す強大な能力であることを直感した。
すでに頭の中からは「どうして自分はこんなところにいるのか?」とか「なぜこんな説明文が見えているのか?」といった当たり前の疑問は吹き飛んでしまっている。
あるのは、ただ「ものすごい謀反ができるぞ!」という興奮である。
(こんなにもすばらしい力を持つ童女が、こんなにもみじめな暮らしをしている。これはもう謀反しかあるまい。ああ、謀反! 大謀反! この能力があれば、世界をひっくり返す超巨大謀反ができる! この童女を虐げているクソどもをこっぱみじんにできる! なんとすばらしいことか!)
頭の中は、こんな具合である。
とはいえ、謀反を起こすには情報が肝要である。
ティユにこんなみじめな暮らしをさせているのは、一体どこのどいつか?
弾正は、ティユに手持ちの握り飯をあたえて一息つかせると、次のこと聞き出した。
・この世界は、強くて傲慢な帝国に支配されている。帝国以外はみんな属国。
・帝国が強いのは、ゴーレムという1体で兵士1000人と戦える最強兵器をたくさん(10000体くらい)持っているから。
・帝国にゴーレムがたくさんあるのは、ゴーレムを作るのに必要な鉱石が、帝国でしか採れないから。
・「ゴーレムを越える兵器は存在しない」というのがこの世界の常識。実際、ゴーレム以外の兵器は、槍や剣や弓矢くらいしかない。ゴーレムを除けば、この世界の文明レベルは低いようだ。
要するに「ゴーレムをたくさん持つ強い帝国に支配されている世界」ということだ。
では、そんな帝国に支配されている属国は、どんな扱いを受けているのか?
こうである。
・今、弾正とティユがいるのは、属国の1つ。ティユは、その最下層民。
・属国の扱いは悲惨である。帝国から重税を課され、ことあるごとに暴力と嘲笑と侮蔑を浴びせられ、属国人は貧しくみじめな生活を強いられている。
・帝国人は伝統的に、属国人を奴隷扱いできる既得権を持っている。彼らはその既得権を振りかざして、殺し、奪い、重労働させる。ティユの両親も帝国人に遊び半分で殺された。
聞いていて、弾正はムカムカしてきた。
弾正はティユの才能を高く評価している。才能への一目惚れと言っていい。世界を変える能力の持ち主だと思っている。
であるのに、帝国人はそのティユに貧しく苛酷な生活をさせている。それどころか、彼女の両親を面白半分で殺してもいる。
復讐されるとは、かけらも思っていない。
属国人はクズで何もできるわけがない、と思い込んでいるからだ。
自分達は偉いと信じているからだ。
ニヤニヤ笑いながら、属国人の生命と財産を奪う既得権を振りかざし、働きもせずに奪った財でぜいたくに暮らし、それを当然の権利だと傲慢にも思っているからだ。
考えるだけで、腹が立つ。
やつらの既得権をこっぱみじんにして、涙目にしてやらねば気が済まぬ。
だが、どうやって?
その時である。
「ゴーレムを越える兵器は存在しない」というこの世界の常識と、「確率がわかる」というティユの能力が、弾正の頭をよぎった。
2つが結びつき、ひらめきが走る。
「むほっ!」
思わず声が漏れる。
弾正は、きょとんとするティユに対し、にやりと笑うとこう言った。
「ティユよ、わしと一緒に謀反を起こさぬか?」