9.茶目っ気のある隊長
僕は、壁を抜けてきたその人物が放つオーラを肌で感じた。なんかこう、ジワッと輻射熱みたいに感じるのだ。オーラは、遠赤外線? いや、違うと思うが。
彼は、中肉中背で金髪がボサボサ。やや丸い老け顔の青年という感じ。軍服を着ているので、高級将校みたいに見える。
青紫色の眼は、正に眼光炯炯として人を射るだ。おっと、僕を見ている。怖い怖い。
ところが、彼のキュッと引き締まった口元がほころんだ。
「何だ。座るところがないじゃないか!」
老け顔に似合わないテノールの声が、部屋中に響く。
そっち? そこの新入りは誰だ、じゃなくて?
「お前は地べたな」
アーベルが、青年の足下を指さす。
「おいおい、この隊長よりお前らの方が偉いのかい?」
そう言いながらも、彼はその場であぐらをかく。
「あっ、どうぞどうぞ」
僕は即座に立ち上がって彼に席を譲ったが、彼は顔の前で手を横に振る。
「いいって。座りな」
「あなたの席だったのですよね?」
「だから、いいって」
「そうですか。すみません」
僕は彼の顔色を見ながら、再び腰を下ろす。と、突然、彼が立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。あぐらをかいた姿勢で即座に立つとは、器用である。
本気にするなとでも怒られるのかと思ったが、いきなり、僕の膝の上に腰掛けた。
――体重があまり感じられない。
――しかも、冷たい。
「僕はここでいいよ」
どんな表情をしているのか、僕の目の前に彼の背中があるのでサッパリわからないが、周りのみんなが大爆笑する。
ここでいいよって、受け狙いか? 嫌がらせか? 前者であって欲しい。後者なら、初対面で僕たちは最悪の関係になるのだから。
眼前に肉薄する彼の背中の向こうから、アーベルの声がする。
「セッキー。そいつは、うちの隊長さん」
「カール・フリードリヒ・ガウス。本当はヨーハンが頭に付くけど、長くてね」
彼の高い声がこちらの方に向いているので、おそらく顔を後ろに向けてしゃべっていると思うが、この状態では確認するのが困難だ。
本当に、このまま座り続けるのだろうか? うっとうしいんだが。
「彼はセッキーって言うのかい? あっ、本人に聞けばいいか」
声が前を向いたり、後ろを向いたりする。
「僕が答えよう」
これはガロアだ。ということは、最悪かも。
「セキ タカトシだよ」
キタ━(・∀・)━!!!!
「違います! 関孝和です!」
すると、ガウスが僕の膝の上から飛び跳ね、二、三歩離れてこちらに振り返った。
「おいおい、あの、セキ タカカズかい!?」
ああ、そのまま勘違いしていて欲しい……。
「いいえ。同姓同名、漢字――じゃなくて文字も同じです」
「そうかい。だよねぇ……。彼がここにいるわけないし」
意味深長な発言だ。
「それはなぜですか?」
その答えは、ブルバキの口から発せられた。
「昔、ここにいて、失踪したの」
その一言で、即座に部屋の空気が張り詰めた。
ガウスが、僕の顔をジロジロ眺めている。
「何か顔に付いていますか?」
「いやぁ……。まさかと思うけどね。
彼が単独で新生ゲートを見つけて、生まれ変わって、また死んだのが君だったりして……なんて思えてきてね」
――僕が、あの数学者の生まれ変わり!?
――数式を見ると、虫酸が走るのに!?
でも、前世がそういう著名な数学者だったとしたらと思うだけで、本当にそうだったのではないかと思えてくる。鼻も高くなってくる。今までの自分の行動の中に、数学者の片鱗を探すと、思い当たることもチラホラ。
まてよ。やっぱり、おかしな話だ。
数学が嫌いな僕なんだから、そんな前世はあり得るはずがないだろう。そう思うと急に熱が冷めて、全く違う言葉をガウスに返した。
「いいえ、親が面白半分につけた名前ですし、それより何より、数学がさっぱり駄目ですから、違うと思います」
「君、死ぬ前は何をやっていたの?」
「職業ですか? 高校生です」
「こーこーせい?」
「あっ、学生で、受験生です」
「ギムナジウムか?」
「違いますけど、まあ、似たようなものですが……。
でも、小説を書くのが好きで、数学には無縁の生活をしていました」
「なるほど。数学でやるべきことはやったと満足したから、生き返って小説家に鞍替えしたと言うことも考えられる。うむうむ」
「いいえ。そこから離れてください。前世は、たぶん……おそらく……江戸川乱歩です」
小説家から連想してずいぶん適当なことを言ったなぁと、思った途端、
「「「「「「「エドガー・アラン・ポー!?」」」」」」」
部屋の中で、僕以外の全員がハモった。
ガウス隊長の登場です。必殺技は「虚空間」。
虚数空間みたいな所へ相手を封じ込めるのですが、本当にそこに入ったら、どうなるのでしょう?