7.秘密結社マテマティック
突然の黒猫の登場に、僕は驚いた。でも、心臓が動いていないのでドキッとはしない。後ろに腰が引けたくらいだ。
死後の世界では、こういう感覚になるんだ。なるほど。改めて実感。
その黒猫は僕を威嚇しているらしく、まん丸な目とふくれっ面に耳を倒して、背中の毛が逆立っている。
すると、ポアンカレの隣にいた銀髪の角刈りで緑眼の男が、ソファの背もたれに預けていた体を起こして、黒猫の方を向いた。軍服を羽織っているだけでボタンもせず、中の丸首シャツを盛り上げる胸板から想像するに、明らかにマッチョだ。
「まあまあ、そう警戒するなって」
男のバリトンの声が部屋中に響く。その一言でも、黒猫は威嚇をやめない。
すると、マッチョな男は、僕の方を向いて肩をすくめる。
「坊主、悪いな。うちのボスは、疑い深くて。
でも、ここに入れたって事は、一応はボスの許可が出たんだから、あまり気にすることはないぜ。万が一の警戒だと思ってくれ」
僕は無言で頷くも、再び黒猫と目を合わせる。ちょっと遠いから聞こえにくいが、シャーッと言っているんだろうなぁ。
「そうだ、俺とこいつの紹介はまだだよな?」
こいつと言って男が指さすのは、隣にいる女性。
赤毛でボーイッシュな髪型で、碧眼がキラキラ光る、いかにも男の弟という感じ。
でも、軍服の下で胸のしっかりした膨らみが女性であることを強調している。だから、部屋に入ってすぐ女性とわかったのだが、うっ……、僕は中性っぽい人のどこを見て性別を判断しているんだ……。
そんな僕の戸惑いを、おそらく違う意味に捉えてニヤニヤしている男が、胸に手を当てる。
「俺は、ニールス・ヘンリック・アーベル。拳でのみ勝負する、生粋の拳闘家だ。よろしくな。
そして、こいつは――」
アーベルは、女性の頭をわしわしと撫でる。だが、メゾソプラノの優しい声がアーベルの紹介を遮った。
「アマーリエ・エミー・ネーター。何でも屋。器用貧乏」
ちょっと口元がほころんだのは、彼ってこういう人なのとでも言っているのだろうか。でも、器用貧乏って感じはせず、何でもスマートに出来てしまうオーラを感じる。
剣を体の前に立てて両手をその上に置くデデキントが、杖をそのように持つ老人のように柔和な顔をして口を開いた。
「これで全員ではないよ。他にもいるんだ。追々紹介していくね」
思うのだが、あの剣、いつしまうのだろう。常時、あのように肌身離さず持っているのか、気になって仕方ない。
すると、猫が威嚇を止めて普通の姿に戻り、牙を覗かせながら僕を凝視する。
「デデキント。この子の異能力は、そんなに凄いの」
黒猫の声は、意外にアルトだ。ボスと言うから、低くて怖い男性の声を連想していた。
「もちろんです。我々の戦力になりますよ」
「発動条件は?」
デデキントは答えず、僕の方を向く。ということは、お前が答えろと言っているのだろう。
「え、えーと、……たぶん、戦いに熱くなると……だと思います」
アーベルが、ガハハと笑う。
「俺とおんなじだ!」
笑われて馬鹿にされたのかと思ったが、彼の言葉にちょっと安心する。
「そうなの? まあ、暴走しないように注意することね」
――暴走。
考えてもいなかった。異能力って暴走するらしい。ならば、突然ここで、六本の腕が背中から出てきて五人と一匹を瞬時に刺殺するのだろうか?
すると、黒猫は腰を下ろし、背筋を伸ばして座る体勢になった。
「私はニコラ・ブルバキ。ニコラって男みたいな名前でしょう?」
と言われても、そういうローティーン向けの雑誌があったから、てっきり女性の名前かと思っていたが。
「女も使うのよ。まあ、それより――」
ブルバキの尻尾がシュルルと立った。その動きに、一瞬、蛇使いの蛇を連想してしまった。
「マテマティックへようこそ」
そこから無言になったので、僕にボールが渡ったのだろう。ちょっと慌て気味に答える。
「は、はい。関孝和です。よろしくお願いいたします」
「ボスもセッキーと呼んで」
これは、エイダだ。
「そうなの? セッキー」
「え、ええ、どうぞ」
「なら、セッキー。この秘密結社が何をしようとしているのか、今から説明するわね」
ブルバキが、ニッと笑った。
この死後の世界でのお約束ですが、登場人物は生前の姿をしているとは限りません。
その姿をしていると、戦いにくくて。。
実在人物とイメージがかけ離れているのですが、外見に関しては寄せる必要もないと思っています。
彼らの技の中に、生前の特徴らしきものが残っている、という感じです。