41.無謀な戦い
僕たちが席に着くと、アーネストは無言で辺りを睨み付けるような目で見渡した。
「いいか。そろそろ、奴らはあの壁を突破する。おそらく、我先にと雪崩れ込むだろう。そうすると――」
彼は大きく息を吸って「ボン!」と爆発音を口にし、吹き上げる土砂を手振りで真似して見せた。
「ってな具合に、あの部屋は木っ端微塵に吹き飛ぶ。だが――」
今度は、残念そうに首を横に振る。
「奴らはその程度じゃあ、くたばらねえ。それは、前回の爆破で思い知ったからな。
とにかく動けないようにして、アンジェロ様の手下に天国へ運ばせるか、地獄の使者に捕まえさせる」
彼の言葉に、周りのみんなは一様に頷く。でも、僕にはさっぱり作戦の内容がわからない。目的はわかるが、手段が具体的ではないのだ。
「あのー」
僕は、思い切って手を上げた。ただし、肩の高さに、だが。
「何だ?」
彼がグッと睨むので、つばを飲み込んだ。
「とにかく動けないようにって、具体的にどうするのですか?」
すると、彼は僕を指さした。
「セッキーの異能力を使う」
「へ?」
まだ意味がわからない僕を見つめる全員が一様に頷く。なんだか、一人だけ蚊帳の外にいるような気分だ。
「普段、みなさんはどうやってマテマティックの連中と戦っているのですか? 僕が加わることでどう変わるのですか?」
この質問にアーネストは、頭をクシャクシャと掻き始めた。そして、言いにくそうな顔をして説明を始めた。
今までのノベリストたちの戦いはこうだ。
マテマティックの一人を闇討ちにするか、おびき出して戦いを挑む。
その戦い方は、全員で棒や石などで攻撃するという原始的なもの。倒れて動けなくなったら縄で縛り、放置する。
でも、いつも逃げられてしまう。
呆れた僕は耳を疑い、口をポカンと開ける。
異能力者相手に、素手で戦っているというのだ。
兵士相手に、戦争の素人の市民が素手で戦いに挑んでいる光景を目に浮かべた。
まあ、革命とかならそんな戦い方もあったかも知れないが、普通は銃を持つはずだ。
つまり、異能力には、それに対抗できる異能力で戦いを挑むはずだ。
「あのー、もしもし? 異能力者を相手に異能力で戦わないのですか?」
至極もっともな質問をする僕に対して、近くにいた白髪の老人が、前歯のない口を大きく開けて笑い始めた。
「この中に、攻撃に特化した異能力を持っている奴など、誰もおらぬわ」
隣にいた肩まで髪を伸ばした痩身の若者が、身振りを交えて言葉を継ぐ。
「僕らの異能力は、相手の心を読むとか、膨大な文章を記憶するとか、瞬時に推理して謎を解くとか、およそ攻撃にはほど遠いものばかりなんだ。
だから、君の異能力を見せてもらったとき、これはマテマティックに勝てると思ったよ」
僕は、彼の隣もその隣も見る。みんな、僕に期待の眼差しを向けている。
やっと、理解した。
ここは、戦いに関して素人の集団なのだ。
おそらく、死んでこの世界に来る前も、まともに戦ったことなんか一度もないに違いない。せいぜい、喧嘩か、小競り合いか。
殴る蹴るよりも、口で、あるいは筆で相手を負かすのが得意だったのだろう。
そんな集団が、暴力的なマテマティックの連中を相手に、今まで戦いを挑んできた。
何という無謀な行為だろう。
いや、挑まれたマテマティックも本気で戦っていないのではないか?
本気を出せば、あっという間にぐるぐる巻きして路上に転がせる。すると、地獄の使者が喜んで連れて行く。
ノベリストが存続できたのも相手の寛容によるものかも知れない、と思えてきた。
でも、最近は連続して爆弾を使っている。これは本気でとっちめないと、と相手も思ったのだろう。
だから、隠れ家を急襲したのだ。
(なんてこった! 僕はとんでもないところへ来てしまったみたいだぞ!)
後悔し始めたちょうどその時、遠くで腹に響く爆発音がして、部屋が地震のようにガタガタと揺れた。僕は椅子から落ちそうになり、カウンターに手をついた。
「突入しやがったな」
アーネストが眉をひそめる。
「ハンス、セッキー! それとジョージ、マチス、ミハイル、グレゴリー!
現場に行って連中を縛り上げろ!」
僕は、直感的に無理だと思った。
相手が何人いるかわからないのに、六人で足りるのかも怪しい。
どうやら、アーネストは僕を買いかぶりすぎている気がする。
そこで、反論しようとしたが、ハンスが僕の手を取ってスタスタと壁の方へ歩いて行く。抵抗しようとしたが、あれよあれよと引っ張られる。彼が恐ろしく力が強いので驚いた。
「ちょっと待ってください!」
「あなたが迷っているのはわかります」
そうだった。彼は人の心を読み取れるのだった。
「でも、時は一刻を争います。我々の死活問題です」
そう言いながら、ハンスは壁抜けを始めた。僕は反論を与えられず、壁の中へ引きずり込まれた。




