34.新生ゲートを通った人物の名簿
しばらく似たような道をクネクネと歩いていると、十字路の中心に記念碑みたいなものが立っている場所が見えてきた。記念碑の高さは5メートル、幅は1メートルくらいで、真っ黒い石でできているようだ。
あんなところに立てられると車が通ったときに絶対に邪魔になると思ったが、近づいていくと、どうやらその周りを囲むように道があるのがわかった。いわゆる、ロータリー交差点である。
アンジェロが「あそこで待て」と記念碑を指さして言う。何が書かれているか興味もあったので、ちょうどいいと思って近づいていった。
しかし、そこには何も書かれていなかった。表面を撫でてみたがツルツルだ。宇宙をテーマにした何かの映画でモノポリーとか呼ばれる物があったように思うが、見れば見るほどそれに思えてくる。
本当に何も書いていないのだろうかと、一番下から上に向かって視線を滑らせていると、表面に人影が映っていることに気づいた。
慌てて振り返ると、ヨレヨレの黒スーツを着てシルクハットを被った、恐ろしく面長の紳士が立っていた。そこにはアンジェロの姿はない。
肩まで掛かる白髪、彫りの深い顔、くりっとした碧眼、鷲鼻の下は豊かな口髭、それと山羊のような顎髭。
まさかアンジェロが変身したのではあるまいと思いつつ、鎌を掛けるつもりで「アンジェロ?」と声を掛けてみる。
「アンジェロ様はお帰りになりました」
紳士は、当然のような口調で言う。
「どなたですか?」
僕の問いかけに、紳士はシルクハットを取って丁寧にお辞儀をした。
「私はハンス。貴方様は?」
アンジェロから聞いていないのかとでも言おうかと思ったが、相手が紳士的な態度を取るので、僕も釣られて深めのお辞儀をしながら名乗った。
「関孝和です」
すると、その紳士は一瞬だが体が固まった。しかし、すぐに元に戻る。
(アンジェロといい、このハンスといい、なぜ僕の名前に反応するのだろう?)
「アンジェロからなんと聞いています?」
「いえ、名前は聞いておりません」
「名前もそうですが、僕のことをです」
「私たちの秘密結社にふさわしい人材と。それで、お迎えに参りました」
そう言われると少し鼻が高い。自分が人の役に立てるかと思うと、嬉しくなる。
「秘密結社の名前は」
「ノベリスト」
僕は目の前が明るくなったような気がした。彼はもしかして有名な作家ではないかと、僕は記憶の中でハンスの名前を検索する。しかし、ハンスだけでは絞りきれない。
「ハンス何とおっしゃる名前ですか?」
「ここではハンスだけです。何せ――」
紳士は残念そうな顔をしてシルクハットを被り直す。
「無名の作家ですから」
僕の期待は一瞬にして吹き飛んだ。
「無名?」
「はい。ノベリストは無名の作家が集まった秘密結社です。後で仲間を紹介しますが、みなは現世に戻ってやり直したがっています」
その言葉に直ぐさま『新生ゲート』を思いついたので、聞いてみた。
「では、新生ゲートを探しているのですか!?」
「はい」
「ちょっと聞いていいですか? それは実在するのですか? 何人くらい現世に戻ったのですか?」
「実在します。どこにあるかまでは知りませんが。
何人かについては、ちょっと数えるのは面倒ですが、結構いますよ」
そう言いながら、紳士は僕の頭の上を左から右に向かってゆっくりと眺めている。その仕草が気になるので、僕は彼が見ているであろう記念碑の上部と紳士の顔を見比べる。
「何をしているのですか?」
「ああ、数えているのですよ。でも、多すぎてわかりません」
「数えている!? どこに書かれているのですか」
すると、紳士は記念碑を指さし「見えませんか?」と問う。
仰天した僕は、もう一度記念碑に振り返って穴の開くように見る。しかし、ツルツルの表面は何も語ってはくれない。
「嘘でしょう? 僕にはツルツルにしか見えませんが」
「ああ、貴方はまだこちらに来て日が浅いのですね。直に見えてきますよ」
「直にっていつ頃ですか?」
「百年もすれば」
僕は気が遠くなって倒れそうになった。
「まあ、それは追々」
「そんなことを言われても……」
「それより、仲間を紹介します。付いてきてください」
彼はそう言って顔を僕の方へ向けたまま、体を後ろへ回していった。




