24.雲霞のごとく押し寄せる使者たち
ニーチェは右手を降ろして、両手を大きく広げた。
「さあ、諸君の周りを追加の使者たちで埋め尽くした。いったい、何人いると思うかね?」
目の前の使者は、増えていない。ということは、後ろだ!
急いで後ろを振り向くと、周囲の建物の前と道路を使者たちが埋め尽くしているではないか。黒サングラスに黒スーツ姿の地獄の使者たちが、僕と仲間を前後から挟む形だ。
「千人は呼んでいる。諸君一人当たり、百人が相手だ。
さあ、ここまでたどり着けるかな? ぼやぼやしていると、地獄へ連れて行かれるぞ」
そう言いながら、宙に浮いていたニーチェは、ゆっくりと広場に降りていく。そして、使者たちが作る黒い壁の向こうに姿を隠した。
千人対十人。
この圧倒的に不利な状況で、勝算は全くないのだろうか?
否である。
ニーチェを倒すには、千人の使者たち全員を倒す必要なんかない。目の前に立ちはだかる使者たちの壁を突破して彼を攻撃すればいいのだ。
その相手は、せいぜい百人と思われる。残りの九百人は、自分たちの数が多すぎて邪魔になり、僕らに近づくことも出来ないだろう。
だが、どうやって正面を突破する?
その時、僕はひらめいた。
と同時に、テレパシーを通じてガウスの指示が飛んだ。
『総員、背後の敵を叩き、退路を確保せよ!』
意外な指示に呆れた僕は、大いに反論する。
『逃げるのですか!? それでは目の前のニーチェをみすみす取り逃がします!』
『セッキー。正面を攻撃すれば、挟み撃ちに遭う。だが、背後を攻撃すれば、正面は加勢しない。なぜなら、ニーチェを守るために動けないからだ。
相手戦力が減る案を採用する』
『ちょっと待ってください! 僕にアイデアがあります!
ニーチェを攻撃する人を中心にして円陣を組み、その人を守りつつ円陣で正面の壁を突破して、中心で体力を温存した人がニーチェを倒すのはどうですか!?』
『それ、面白いわね。どうする、ガウス?』
これは、ジェルマンの声だ。あんなに僕を邪魔者扱いしていた彼女が、僕の味方になってくれている。それだけで、全身に力が湧いてきた。
ガウスは答えない。
でも、一刻の猶予もない。背後の使者たちが一斉に、ジリッジリッと前進してきたのだ。似たような面構えの無数のエージェント・スミスが、分厚い黒い壁のごとく迫ってくる。
『ガウスは、あくまで退路にこだわるの!?』
『わかった! 総員、インビジブルを解除!』
僕以外の全員が、一斉に姿を現した。もうテレパシーは必要ない。ガウスが大声で指示をする。
「円陣は菱形に変更! 僕とセッキーは、横並びで菱形の中心!
その両サイドにエイダとネーター!
前方の三人はポアンカレを頂点にデデキントとガロア、
後方の三人はアーベルを頂点にジェルマンとコワレフスカヤ!」
ちょうどみんなの中心付近にいたガウスのところへ、全員が駆け集まる。誰が右か左かは、駆け寄った方向で自ずと決まった。この行動力と結束力に、僕は大いに感心した。
たちまちのうちに、菱形の陣形ができあがる。
「突撃開始!」
ガウスの号令で、決戦の幕が切って落とされた。




