22.使者の壁
まず、ターゲットの紳士の足下から、黒いサングラスをかけた黒いスーツ姿の男たちが石畳をすり抜けてせり上がってきた。彼らは、紳士に背を向けて取り囲む。
あのエージェント・スミス風の連中は、地獄の使者だ。
ところが、それだけではない。まだ男たちがせり上がってきて、その円陣を取り囲む。さらに取り囲む。まだ取り囲む。
こうして円陣は同心円状に広がり、広場を埋め尽くしていく。
円陣の端が時計台に達しても、その包囲は終わらない。まだ円弧を描くように取り囲む。
包囲はついに、時計台の周りにまで及んだ。ただし、こちらは一重の包囲で終わったらしく、それ以上使者たちは増えなかった。
『総員、その場で待機せよ!』
テレパシーを通じてガウスの指示が飛ぶ。彼の動揺している様子が、声からわかる。
僕は、紳士から見て10時の方角付近で立ち止まった。
目の前の使者たちは僕より背が高い連中なので、何重に取り囲んでいるのかすらわからない。いったい、何人の使者がいるのだ? 二、三百はいるのだろうか?
沈黙が続く中、紳士がゆっくりとせり上がってきた。全身が見えてもまだ上昇する。そして、5メートルほどの高さに達したときにようやく止まった。
豊かな口髭を蓄えた紳士は、両手を広げた。
「マテマティックの諸君。時計台にカントくんが来ることを想定して狙いに来たと思うが、浅はかだったね」
朗々とした中年紳士の声が広場中を駆け巡る。
「姿を隠しても、私にはわかるよ。十人いるだろ? そこに、そこに、そこに。その辺にも、その辺にも、その辺にも。ほら、そこにも」
最後に僕が指さされた。
「さあ、どうする? これだけの使者を相手に、どうやって戦うのかね?
おっと、今の私を狙っても無駄だよ。周囲に強力な結界が張ってあるので、一切の攻撃が通じないから」
紳士は、僕たちの驚いた表情を確認しているのか、ゆっくりと辺りを見渡す。あんな遠方でも見えるのだろうか。
と、その時、紳士が僕の方を二度見した。
「おや? 見慣れない顔がある。新入りの数学者かね?」
僕は金縛りに遭ったように体が動けなくなった。指先までピクリともしない。術に嵌まったようだ。
「では、自己紹介をしよう。私は、フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ。
新生ゲートを否定する者だ」
――ニーチェ。
僕だって聞いたことがある。「神は死んだ」と言った思想家だ。
「新入りの君に、新生ゲートの真実について教えよう」
ニーチェが、コホンと咳払いをして語り始めた。




