2.死後の世界は普通の街だった
[第1章で登場する人物]
関孝和……………………………………主人公。高校三年生。夢は小説家。死後の世界では、セッキーと呼ばれている
<マテマティックのメンバー>
エヴァリスト・ガロア…………………剣術家。超絶な剣捌き。「僕には時間がない」が口癖
エイダ・ラブレス………………………参謀。小型計算機を使う。必殺技は「例外処理」
カール・F・ガウス……………………隊長。一騎当千の異能力者。必殺技は「虚空間」
J・W・リヒャルト・デデキント……剣術家。鋼鉄をも斬る剣を振るう
ジュール=アンリ・ポアンカレ………狙撃手。成功率99.9%。直感でのみ行動する
ニールス・F・アーベル………………拳闘家。4人までなら一瞬で同時に倒せる。必殺技は「楕円拳」
A・エミー・ネーター…………………オールラウンドプレーヤー。リングを使って締め上げる。必殺技は「無限環」
ニコラ・ブルバキ………………………死後の世界で秘密結社マテマティックを操る黒猫
ソフィア・V・コワレフスカヤ………絶世の美女。魅了を武器とする
マリー=ソフィ・ジェルマン…………絶世の美女。瞬間移動と回復系の異能力を得意とする
ダフィット・ヒルベルト………………策略家。相手の心を読む
<フィロソフィーのメンバー>
セーレン・A・キェルケゴール………幻術師。必殺技は「死に至る病」
フランシス・ベーコン…………………オールラウンドプレーヤー。「知識は力なり」が口癖
フリードリヒ・W・ニーチェ…………オールラウンドプレーヤー。必殺技は「超人」
<天国の使者>
アンジェロ………………………………セッキーを操る使者。幹部クラス
僕は、スマホはおろか、参考書などが入ったショルダーバッグも失っていた。
でも、服も靴も、死ぬ前に身につけていた物だ。これは、ありがたい。庶民による庶民のための庶民的な服、しかも流行に遅れたダサい服だが、死後の世界で僕を指さして笑う奴はいないだろう。
幽霊みたいな格好は、まっぴら御免だ。寒そうだし。
もう一度ぐるりと見渡したが、お花畑も、三途の川も見当たらない。
あっ、三途の川は、死んでから七日目に渡るんだっけ。
ちっくしょー! 今見ている死後の世界を書き留めたいのだが、記録する物がない。
この、映画に出てきそうな、ロンドンかパリかの下町の風景。
しかも、銃声が聞こえるなんて、ギャングでもいるのだろうか? ここは、シカゴか? あっ、偏見ではないから、そこのところ、よろしく。
とにかく、ガロアの指示通り、木箱の裏へ隠れることにしよう。
立ち上がってみる。屈伸運動をする。ランニングの格好をしてみる。
うん。線路に落ちたはずが、体に異常なし。
いや、違う。
心臓が動いていない。大いに異常ありだ。
とりあえず、そそくさと箱の裏に隠れた。
そして、考えた。もし、銃で撃たれたらどうなるのだろう。死後の世界でさらに死んだら、どうなるのだろうと。
死後の世界で死ぬと何が起こるという難題に悩んでいると、複数の足音が聞こえてきた。僕は亀のごとく、反射的に首を引っ込める。
ところが、それらの足音が明らかに木箱の方へ近づいてくる。これは、かなりヤバいぞ。
今度は頭を抱えて縮こまっていると、「そこにいるのは誰?」と左横から声が聞こえてきた。万事休すだ。
恐る恐る顔を声の方へ向けると、ミディアムの黒髪で灰色の目をした美女が、木箱と壁との間からこちらを覗いていた。
少し遅れて、その女性の頭の上に、今度は金髪碧眼で真ん中分けのイケメンの頭が現れた。
「あの子、悪魔? 天使? どっちかしら?」
「違うね。新入りだよ、たぶん」
「あっ、さっきガロアが見つけたって言っていた彼ね」
「そうみたい。もしかして、セキくんかい?
……おっ、頷いている。
ヤッホー。こっちにおいでよ」
イケメンがしきりに手招きをするので、僕は安堵して立ち上がった。
美女もイケメンも、170センチの僕より背が高く、羨ましかった。
二人とも無帽だが、カーキ色の陸軍将校みたいな軍服を着ている。
第一印象、超かっこいい。護国の英霊? どこの国? 凄く気になる。
それより気になったのは、美女がタブレットのような端末を持っていて、イケメンが太刀を持っていることだ。それが日本刀なので、日本かぶれか?と思ってしまった。
「そんなに、この太刀が気になるかい?」
僕の視線が釘付けになっている太刀を、イケメンが軽く揺らす。
「ええ。なぜ、ここにあるのですか?」
「ある人からもらったのさ。この太刀は、鋼鉄でも何でも切れる優れものだよ」
その言葉に、僕は石川五ェ門を連想した。もちろん、あの斬鉄剣の持ち主である。ただ、あちらはアニメの登場人物ではなかったか? 実在したのだろうか?
「それはそうと、僕らを紹介しないと。
まずは、こちらのお方は――」
イケメンは、美女に顔を向けてにっこりと微笑む。
「エイダ・ラブレス。僕らの秘密結社であるマテマティックの参謀だよ。
彼女の手にする端末は、悪魔と天使をやっつけるのに大活躍さ」
「エイダでいいわよ。
この端末で敵の位置を調べたり、味方の位置を調べたり出来るの」
こうもペラペラと秘密結社名や身分や端末機能などを明かすようでは、秘密も何もあったものではないと思いつつも、僕は感心しながら頷く。
「そして、僕はリヒャルト・デデキント。剣術家。ま、簡単に言うと剣士。
ガロアよりは動きが遅いけれど、彼よりは硬い物を切れるからね。
そこのところ、よく覚えておいてね」
覚えてどうなるかはわからないが、とにかく相づちを打っておく。
「ところで、セキ……、セキリュウ ワサンボンくん」
「あのー、いろいろ間違っているんですけど」
「はぁ? ガロアからそう聞いたけれど」
どこでどう間違うとそうなるのか、……なんとなくわかった。
「関流和算の開祖の名前と同じですけど、全然違う関孝和です」
「フーン」
ガロアと同じ反応が笑える。
「そして、和三盆は、日本産の上等な砂糖で――」
「ちょっと待って。今、ガロアから連絡が入ったわ」
せっかくの知識披露が、エイダに割り込まれてふいになり、ちょっとショックだ。
彼女は、右手の人差し指と中指をこめかみに当てる。
敬礼でもないその仕草が妙に気になるので、聞いてみた。
「何をしているんですか?」
「ああ、彼女はテレパシーで通信しているのさ。ガロアとね」
と、その時、彼女の目が見開いた。
死後の世界 行ってみれば 普通の街
そんな一句が読めそうですが、イメージはヨーロッパの100年以上も前の下町風景。
名探偵ホームズがワトソンを連れて歩いていそうな場所に、
なぜか、もっと古い時代の数学者が姿を変えて続々と登場する。
彼らは、悪魔だけではなく、天使と戦っていく。さらに、別の組織とも戦っていく。
それが、第1章です。