17.ジェルマンとの決闘
「目を開けると、可愛いじゃない?」
コワレフスカヤが、金髪を少し揺らして笑う。だが、ジェルマンが僕の胸ぐらをいきなりつかんで引き寄せる。
「礼の言葉もないのか? ああん?」
彼女の極めて不機嫌な顔へ、僕の困惑顔が急接近する。ちょっと微香が漂ったが、怖さが先に立って、何の香水かなど考えている暇はない。
「あ、ありがとう……ございます」
反射的に口から漏れ出た抑揚のない言葉。自分の言葉なのに、聞いていてイヤになるほど情けない。
これは、感情を込める暇を与えられなかったからだが、理由はなんであれ、助けてくれた恩人に失礼だったはず。彼女は、僕以上にイヤになっただろう。現に、舌打ちしそうな顔をしている。
「誰だ、こんな馬の骨を拾ったのは?」
「僕だけど」
挙手しながらガロアが近づいてきた。
「なぜ?」
「異能力の素質があったから」
これは、おそらく、僕を守るための後付けの理由だろう。出会った瞬間にわかるわけがない。
「精神力は? 知能は? 運動能力は?」
矢継ぎ早に尋ねるジェルマンに、今度はデデキントが挙手をする。
「それはまだまだだと思うけど、異能力は抜群さ。他が足りない分をカバーするくらい」
無難なフォローだ。でも、精神力も知能も運動能力も足りないことを認めているのと同じなので、ちょっとカチンとくる。
「じゃあ、私と手合わせするか?」
デデキントからこちらへ視線を移した彼女は、僕をつかんでいた手を離して立ち上がる。やっと解放されたのはいいが、今度は手合わせと来た。僕は立ち上がり、震えながら答えた。
「まだ異能力をコントロールできません……」
「敵を前にして、今の言葉を口にするのか?」
「さすがにそれは、相手に弱点を見せるようで――」
「なら、私をフィロソフィーの連中だと思って、その異能力を見せてみよ」
「えっ?」
「見せてみよ」
「…………」
「敵が襲ってきたと思って、見せてみよ!」
「ですから――」
「言い訳はするな!」
彼女の一喝に、僕だけではなく、全員が沈黙した。
「敵が目の前にいるのに、異能力が使えない。そういう自分をどう思う?」
「……情けないです」
と、その時、彼女の強烈な平手打ちが四発飛んで、僕は蹌踉めいた。
「こっちが情けないね。時代が下ると、ふぬけな男しか生まれてこないのか?」
もうガロアもデデキントもアーベルも、手を差し伸べてくれない。
僕は、彼女の叱責に一人で耐えるしかなくなった。
ここで脱兎のごとく逃げ出せば、手っ取り早く、気が楽になるのかも知れない。
でも、行くところはあるのだろうか? 右も左もわからない死後の世界だ。
僕らを潰そうとしているフィロソフィーの連中が虎視眈々と狙っている。その目から逃れたとしても、無数の使者たちがいる。まだ天使は見ていないが、エージェント・スミスみたいな悪魔はうんざりするほど見た。
僕は、考えた。自分は今、何をすべきかを。
自分が助かりたいのか。仲間を助けたいのか。
どちらかか? いや、どちらもだ。
どちらもかなえるのだ。
新生ゲートを見つけて、全員でこの世界から抜け出るのだ。
だから、互いに力を合わせて、立ち塞がる敵を倒していく。これは一人では出来ない。仲間の協力が不可欠だ。
そのためには、仲間の信頼を得る。
それには、自分の武器となる異能力をコントロール出来ないといけない。
おいおい、コントロール以前に、発動出来るのか? ジェルマンの目の前で見せられるのか?
それが出来ないのなら、今敵が現れたら一巻の終わりではないか。
もしかしたら、彼女は、これらのことを僕に伝えようとしているのではないか?
そう思ったら、腹が決まった。
僕は足を踏ん張った。
「時代が下ってふぬけになるなら、古代エジプト人から見て、ローマ人は全員ふぬけです。時代なんて関係ありません。これは個人の問題です」
ジェルマンが、初めて笑みを浮かべた。
「ほう。むちゃくちゃな例えを言い出すから、何かと思えば……。
最後は、腑に落ちることを言うから、よしとしよう。
で、どうする?」
「あなたと戦います」
僕の言葉に、ガロアたちが一斉に後退した。
「ほう。手合わせの意味がわかったと見える。
上等上等。
手加減はしないぞ」
「望むところです」
「これは決闘だが、いいな?」
「いいです」
ガロアたちが僕とジェルマンを遠巻きにして見守る中、僕らの決闘が開始された。
決闘というと生死をかけた一対一の勝負が多いですが、取り決めた方法で闘って勝負をつけることも決闘ですから、その取り決めた方法に依存します。
ここでは、互いの異能力で相手を動けなくすれば勝ち、という決闘になります。




