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異能力者は棺の中で眠らない  作者: s_stein
第1章 死後の世界戦争

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15.絶体絶命

 声の主は、面長で銀色の髭を豊かに蓄え、翡翠色の眼をした人物。


 黒いコートを羽織り、シルクハットを少し持ち上げて、綺麗にまとめた銀髪を見せている。


「おや、東洋系の見慣れない顔があるが、どこぞの黄色い猿か」


 死後の世界にまで来て黄色い猿扱いには、さすがに温厚な僕も、憤怒で頭の血管が切れそうになった。だが、罵倒する言葉が思いつかない。


 アーベルが、指をボキボキ鳴らしながら、気合いを入れる。


「久しぶりだな、フランシス・ベーコン。貴様の登場たぁ、そっちの組織はよほどの力の入れようだな」


(いいことを聞いたぞ)


「やい、ベーコン野郎! こんがり焼いて食ってやるぜ!」


 僕も慣れない手つきではあるが、アーベルの真似をしてみせる。しかし、ポキッと1回しか鳴らなかったが。


 この挑発に乗って身構えるかと思ったが、奴はシルクハットを丁寧に被り直して鼻を鳴らす。


「ふっ。肉を食らう猿など聞いたことがない。下等な獣には、この木の実が良かろう」


 そう言いながら、ベーコンが右手を開いた。確かに、木の実らしい物が手のひらに一杯乗っている。奴は、それをこっちに向かってヒョイッと放り投げた。


「危ねえ!!」


 アーベルたちが、一斉に左右に散る。しかし、意味がわからない僕は、放物線を描くたくさんの木の実を目で追っていた。


 飛んでくる物、丸い物、危ない物、と考えて、それが爆弾だと気づいたのは、かなり接近してきた時だった。


(ヤバい!)


 しかし、遅かった。


 ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボッ!!


 空中で連鎖反応的に爆発するそれは、割玉の花火に似た音を響かせる。


 僕は最初の爆風で木箱ごと吹き飛び、壁に激突した。それから次々と襲いかかる爆風に圧迫される。


 爆発が止み、やっと解放された僕は、鼓膜が破れたかと思うほど耳が痛いし、角膜が剥がれたかと思うほど目が痛い。


 見えないので、確たることはわからないが、自分は崩れた木箱に不格好にもたれかかっているらしい。立ち上がれずに痛みを堪えていると、顔面が硬い物でギューッと押された。どうやら靴で顔を踏まれているみたいだ。


「おかしい。この猿は、この程度では死なぬのか」


 だからって踏んでも死なないぞ、と言いたかったが、別の言葉が出た。


「仲間が……助けに来る! ベーコンを……料理しに、な!」


「それは無理だ。奴らはちょうど今、わしの異能力『知識の力』で押し潰されておるからな」


「知識? ……本か?」


「いや。奴らには貴重な本などもったいない。重力で十分。

 この異能力は、石畳にめり込むほど凄まじいぞ」


 僕の脳裏に、アーベルたちが這いつくばって石畳にめり込んでいく光景が浮かんできた。


()()()()()()。これに勝る物なし」


「うるせえ、この……ガリ勉野郎!」


「何とでも吠えろ、無能の黄色い猿め」


「仲間は……他にもいるぜ!」


「ガウスとネーターか?」


 僕は、不吉な予感がした。ここは胸騒ぎするところなのだが、心臓が動いていないのでそうはならない。


「奴らも、すでに押し潰されておる。人間の押し絵など趣味ではないが、猿はどうだ? 見たいか?」


「み、見たく……ねえ!」


「なら、自分が押し絵になるか?」


「ならねえ!」


「フン、まだやせ我慢を。……ま、異能力を使わずとも、この猿は動けまい」


 奴がそう言うと、靴が顔から離れた。今が逃げるチャンスなのだが、確かに僕は痛くて体が動かせないのだ。奴の言う通りなので、無性に腹が立つ。


「そうだ、腹が減っただろう?」


 思わず頷きそうになったが、言いなりになるのが悔しいので、ここは我慢だ。


「木の実をたんと食わせてやろう」


 その言葉が聞こえたと同時に、力任せに口が開かれ、中にゴロゴロと硬い物がたくさん押し込まれた。そして、また顔が靴でギューッと踏まれる。


(なにぃ!? 爆弾を口に入れたまま踏まれる!?)


「案ずるな。わしには、爆弾など効かぬ。爆風はそよ風だからな」


 奴は、僕が心配する気持ちが読めるのか、そう言ってのけた。


「首から上が粉々に吹き飛ぶ様を想像せよ」


(するか、馬鹿野郎!!)


 でも、僕は動けない。どういうわけか、異能力も使えないのだ。


(こんな絶対絶命の時に、なぜだあああああっ!!)


 と、その時、遠くの方からソプラノの女性の声がした。


「花火は夜空に咲かせてこそ花」


「ぐはっ!」


 奴の声が聞こえたと同時に、顔を押さえつけていた靴が消えた。僕は、踏みつけていた奴が吹き飛んだのだと思った。


 だが、次の瞬間、僕は胸ぐらをつかまれて持ち上げられ、みぞおちに拳が食い込むほど強烈な一発を食らった。これで、胃の中の全てを吐き出すほど嘔吐し、口の中に押し込まれていた物を全部吐き出した。


 今度は「よいしょ!」と女性の声がして、腹が肩の上に乗せられた感じがしたかと思うと、二つ折りになってだらんとした体全体が上方へ飛んでいく。とにかく、目が開けられないので、残りの感覚で状況を把握するしかないのだ。


 左足に胸の膨らみみたいなものを感じた僕は、ああ、女性に助けられたんだ、とホッとしたその時、


 ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボッ!!


 下の方から、無数の爆発音が鳴り響いた。


哲学者のベーコンも豚肉のベーコンも、同じスペルのBaconです。

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