マッチ売りの少女が異世界でマッチ無双するらしいですよ。
正月くらいは何か作品を上げたいな、と思いまして。
ああ、冬の童話祭、参加表明しておけばよかった……なんて、一年の計が正月にあるというならば、私の一年は後悔の絶えない一年になるのでしょうか。そんなのは嫌だ。
正月から何書いてんだ。と途中で思えてきてしまった一作。よければお召し上がりください。
「あの……マッチ……マッチはいかがでしょう……」
シンシンと雪が降る中、一人の少女が路上を彷徨っていた。あっちへふらふら、こっちへふらふら。どうも迷子ではないらしい。
片手に提げた籠の中にはマッチの箱が沢山入っている。この少女はマッチを売っているようだ。しかしこのご時世にわざわざマッチをこんな路上でなんて、売れるわけがない。ましてや時は年末。小汚い少女と戯れようなんて暇のある者は一人としていない。
「マッチ、マッチは……きゃっ」
通行人に肩がぶつかる。しかし通行人は謝ることもせず、まるで何か汚いものを見るような目で少女をチラリと見た後、ぶつかった場所のホコリを払いまた歩き出した。
「はは……売れるわけ……ないよね……」
ようやく現実と向き合えたのか、少女はトボトボと家路に着こうとする。が、マッチを売り切るまでは家に入れてもらえないのでそれもできない。仕方がないので店の軒下で縮こまり寒さを凌ぐことにした。
しかし、それでも寒い。
「一本くらい……いいよね……」
少女はマッチを静かに擦った。僅かに暖かくなる。が、いかんせんマッチなので直ぐに消えてしまう。唇をとんがらせる少女。その手はもう一本マッチを擦ろうと籠の中に伸びていた。
「はぁ……あったかい……あれ?」
少女はマッチの揺れる炎の向こうに豪勢な食事が用意されているのを見てしまった。
「七面鳥にシャンパン……なんて素敵なの……」
その食事に手を伸ばそうとした瞬間、マッチの炎は消えてしまう。
「も、もう一本……」
それからはもう。少女はマッチを擦りまくった。少女の足元に落ちていくマッチの燃えカス。
「もう一本だけ……もう一本だけだから……」
その温かさに魅せられた少女が決めた最後の一本。それを擦った時、炎の向こうに見えた幻影は好きだった祖母のものだった。
「お……おばあちゃん……」
意識が遠退く少女が息を引き取った事を、往来する人々は誰一人として気付かなかった。
◇
「はっ!? ここは!?」
少女は眼を覚ました。もう開けることのない瞼を開けた。そこは少女の知っている街ではなかった。それどころか一面が白の空間。街と呼べるような場所ではなかった。
「目が覚めたかい?」
少女の眼前には一人の少年がいた。空間に溶け込むような白い服を着込み、静かに、暖かく少女を見つめていた。
「あなたは?」
「僕は神様さ」
「本当に?」
「本当だよ」
「じゃあ、何で私を助けてくれなかったんですか? あの寒空の下、何度も何度も神様に祈ったのに」
「僕は神様でも、キリストではないから」
とんだ責任逃れである。
「でもね、僕も君の事を可哀想だと思ったさ。だから君には道を提示する」
「道を?」
「異世界に行って、もう一度人生を送らないかい? 僕はね、ニートだとか善悪の区別もついていないようなガキより、君みたいな人間が異世界に行ける権利を主張するべきだと思うんだ」
「異世界? それは……」
怪訝な顔で神様を見る少女。神様は頭をぽりぽりと掻きながら。
「あんな、血が流れていないような人間はいない、良いところさ」
「そうですか……じゃあ、私、行きたいです。その、異世界ってところに」
「分かった。じゃあ君にいわゆるチート能力ってのをあげよう」
「ち、ちーとのうりょく?」
「特別な力の事さ。いいかい? 君の能力はね……」
◇
少女が眼を覚ますとそこは小鳥のさえずりが聞こえる平和な街だった。空は青く澄み渡り、雪なんて降っていない。レンガ造りの家が立ち並び、適度な喧騒もある。
「ここが異世界? 何が違うんだろう……」
大通りに出てみると、そこには猫の耳を生やした人や魔女のような風貌の女。やけにちっちゃい男もいる。
「そういえば、神様は冷たい人はいないって言ってた……」
少女は主婦らしき風貌の女に恐る恐る話しかけ、マッチは要らないかと尋ねてみた。
「マッチを売ってくれるのかい!? そりゃあありがたい! 幾らだい?」
「え、えっと……100……」
「安いね! 五箱頂戴!」
少女は主婦から銀貨を貰った。
「(すごい……こんなすんなり売れるなんて……)」
それだけではない。主婦は近所の仲良しさんにも宣伝し、少女の周りにはかなりの人だかりができていた。
「今度の遠征に必要なんだ。十箱頼む」
「こっちに七つお願い!」
「丁度切らしてたんだ! 五箱!」
なんて言っている間にマッチは完売してしまった。籠からはマッチは失せ、代わりに代金が収められていた。
「すごい……もう売り切れちゃった……」
少女は少し歩いた後、串焼きを買った。温かい、焼きたての串焼きだ。
近くの公園で食べる。久しぶりのまともな飯。少女の目は潤んでいた。
「おいしい……おいしいなぁ……」
串焼きに気をとられるあまり、背後の暴漢に勘づけなかったのは、少女の反省すべき点であった。少女の後頭部に鈍器を振り下ろす暴漢。少女はあえなく気を失った。
◇
少女が眼を覚ますとそこは暗い牢獄の中だった。冷たい石製の床に接する頬が冷えていくのを感じる。幸いなのは、頭も同時に冷えて現在の状況を冷静に判断でき始めた事か。
後頭部がまだ痛む。血は出ていないようだった。
立ち上がろうにも両手は後ろで組まれ、両手両足は麻縄のようなもので結ばれているために叶わない。
「これ……なんで……」
「お、おう、起きたか」
そこには胡散臭い髭を生やした男が中腰で、鉄格子越しに少女を見ていた。ニタニタとした表情で実に気味が悪い。まるで品定めするような表情で少女を見る。
「くくっ、マッチなんて高級品売り歩くなんて随分金持ちなんだろうなぁ。大金を籠に入れたまま外で飯を食うなんて不用心な奴」
「……っ! 返して! 私の籠!」
「何言ってんだお前。お前はこれから売られるんだよ! かかっ! 中々の上玉だからなぁ……奴隷市か娼館に売り飛ばしてやるよ」
冗談じゃない、と思った。顔面から血の気が引いていく。だが絶望はしていない。少女にはまだ奥の手があったから。
「……早くここから出して!」
「はぁ? 嫌だね。話聞いてたかガキ」
「だったら、自分で出るから」
眉間にシワが寄る男。少女が調子付いた事を言ったからか、あるいは少女が薄く笑っているからか、もしくはその両方か。
「は、はっはっは!! お前みたいなガキがどうやって!」
「それは____」
少女は右手の指を静かに動かす。親指と中指を擦るような仕草。
それはまるで__マッチを擦るような動き。
瞬間、少女が灼熱に包まれる。体の奥底から燃え上がる炎が少女を包む。
「私自身がマッチになることよ」
「なん……だと……?」
少女の手足を縛っていた麻縄はとうに灰になり役目を放棄していた。まるで巨人のようにゆっくりと立ち上がった少女は男に眼を向ける。
鉄格子に静かに手を出すと、段々と赤く赤熱していったそれは溶け落ち、少女を阻む事を止めた。
男の震えは止まらない。足が、手が震える。腰が抜ける。考えが巡る。死ぬのではないかと。このガキを攫わなければよかったと。
「一体……一体お前は何なんだーーッ!」
「__アンナ・アンデルセン。マッチ売りの少女よ」
少女の拳が男の腹を貫かんばかりに閃いた。
少女を包んでいた炎は役目を果たしたとばかりに消えていく。それはまるでマッチのように。
少女は籠を提げ直し、牢獄から出て行った。まだ知らない、異世界という未知の世界へ一歩を踏み出した。
アンナ・アンデルセンが、マッチ売りの少女ではなく、灼熱の魔術師と呼ばれるようになるのは、また別のお話。