三話 魔書召喚
お父さんに抱えられたまま連れてこられたのは、床に複雑な模様や文字のようなものがびっしりと描かれている魔術陣がある部屋だった。
魔術陣はうっすらと光を放っていて、神聖なものだと伝わってくる。この部屋の中央の陣の中で魔書召喚の儀式をするのだろう。
さて、寝室からこの部屋まではそれほど距離は無かったが、両親の名前や、ちょっとしたお話を聞くことが出来た。
両親の名前は、まずお父さんはシュラ=サンフォードと言って、僕が生まれたこの街、調教師の街キューズのちょっとした有名人なんだとか。神父さんがお父さんを見る時の目が尊敬の眼差しだし、ちょっとすごい人なのかな?
お母さんは、ユキノ=サンフォード。お父さんが世界各地で放浪していた時に駆け落ちという形で、この街で結婚したのだとか。清楚で可憐、その雪のように白い肌と、美しく輝く銀髪で男どもを魅了し物凄く美人ときたものだからこの街に来た当初、お父さんには怨嗟の声が飛び交ったという。
日本で生きていた時の両親のこともあるけど、もう戻れないだろうから父さんと母さんと呼ぼう。
あとは、僕は先程産まれたばかりという話。なるほど、だから母さんはあんなに憔悴しきっていた顔をしていたのか。お疲れ様です。
そんなこんなで、僕はこれから魔書召喚の儀式とやらを受けさせられる。父さんはうっすらと輝く魔術陣の中心に僕をゆっくりと優しく寝かせた。
「では、サンフォードさん。始めますが、よろしいですね?」
「はい。よろしくお願いします……」
父さんは、こちらを心配気に見つめている。そんなに心配しなくても……。と思ったが、僕はまだ産まれたてだ。ちょっとした事で死んでしまうかもしれない。というか、頭打った時点で普通の産まれたての赤ん坊は死ぬんだぜ?
「サンフォードさん、そんなに心配なされなくても、この儀式ではお子さまに危害は生じません。安心なさってください」
「し、神父様がいうなら信じることができます……。すみません、取り乱して」
「いえいえ、初めてのお子さまですし、過剰に心配するお気持ちはよく分かります。あなた方夫婦は良き御両親になれるでしょう」
神父さんは父さんに向かって安心させるように笑いかけた。僕も感じていたが、いい両親に恵まれたな。二人ともすごく優しそうだ。
「では、魔書召喚を行います」
「お願いします!」
「我等を見守る神々よ──」
神父さんがなにやら念仏みたいなものをぶつぶつと唱えだした。魔書召喚を行うための呪文なのかな?
神父さんが唱えだしたとたんに、魔術陣が目も眩むような白い光を放ち始めた。すごい仕様だな。
──さて、いよいよ貴方の魔術書が召喚されます。事前に言っていたように、生前の善行によって多少の優遇はさせて頂いておりますので、期待していてくださいね。
女神様の言葉通りなら、僕の魔術書はかなりのチート魔法を放つことができる魔術書なのだろう。もう、ワクワクが止まらないよ!
期待で胸をふくらませながら眩しい光に耐えていると、やがて徐々に光が弱まっていき、あっという間に光は収まった。
そして、寝かせられた僕の横にはいつの間にか、産まれたばかりの僕よりも少し大きい、眩しいほどの純白な魔術書? が置いてあった。
何故、疑問形なのかというと、まずその本らしきものにはページが無かった。
いわゆる、チリの部分しかなかった。
僕の横に置いてあるものを見て、神父さんや父さんも困惑した表情を浮かべていた。
僕だってそうだ。散々期待して結果がこれじゃあかなりショックだ。
だけど、女神様だけは違う反応だった。
──まさか……。『魔導書』? しかも私も見たことがない魔書です。ページがないなんて……。もしやこれは……。はっ、もうこんなに神力を使ってしまいました。もう戻らなくては。では、また会える時まで頑張ってくださいね。
(唐突ですね? 魔術書じゃなくて、魔導書っていうんですか? この本みたいなものって。そもそもページが無かったら意味無いじゃないですか。あっ! ちょっと──)
どうやら女神様はお帰りになってしまったらしい。さっきまで感じていた不思議な感覚が消え去っていた。
くそー、大事っぽい所は教えないで帰るなんて! しかもこの場にいる大人二人の視線が痛い。そんな哀しい目で見ないで!
とりあえず、僕は外側だけなら純白で綺麗な魔導書とやらを手に入れたのだった。