表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/92

天才と刺客 その1



 パチパチと火が爆ぜる音がする。

 まだ寝ていたい欲求を無理やり追いやって、目を開けた。


「おはよう、お寝坊さんだネ」


 そこには男がいた。


「ファッ!?」


 飛び起きる。頭が痛い。

 薬品で治そうと思い腰に手を伸ばして、気づく。袋はないのだった。

 そしてこの男についても思い出した。――刺客だ。


「おはようございます。どうして私を殺さなかったのかしら?」


 男に問いながら、そっと手を動かす。自由に動く。別に手足を縛られているわけでもない。

 拘束されるどころか、親切にも男のものと思われる上着で包まれていた。おそらく、敷物兼上掛けだろう。


「うん、食事に困ったら殺そうと思ってたヨ?」


 食う気だったのか、この人。痛む頭を抑えながら、胡乱な目を向ける。


「死にたくないからネ」


 君もそうだろう? そう問われると、うなずくしかない。


「すぐに殺さなかったのは、君が気絶する前にも言ったよネ。説明してほしいってサ」


 私は気絶したのか。本当によく生きていたものだ。


「説明してくれるネ? 異世界って何だい、ここはどこなのかナ」


 ナイフを片手に男が尋ねる。言わなければ害すると、言外に語っていた。

 特に隠す必要性も感じなかったので、一連の流れを素直に話すことにした。


 *******


「――なるほどネ。異界渡りか……。随分なものを作り出したネ」

「私、天才だから」


 ふんぞり返っていると、男はニッコリと笑って言った。


「じゃあ、天才のお嬢さん。もう一度、異界渡りを作れるネ?」


 その言葉に、しおしおと小さくなるしかない。


「それは……無理よ。作れないわ」

「一度作ったのだろう? なら、また作れると思うけどネ」

「無理よ。だってアトリエがないもの」


 私は男にもわかるように、丁寧に説明する。


「錬金術は万能だと思われているけれど、実はそうでもないのよ。難しい錬金ほど、環境が整っていなければ、材料と才能が揃っていても発動すらしないわ。そして、その環境が整っているアトリエには……戻れないのよ」


 男は、「ふむ」とつぶやいてからうなづく。


「ここが異世界だからかナ?」

「いいえ、違うわ。扉と鍵がないからよ」

「扉と鍵、ネ」

「ええ、アトリエに繋げるために必要な道具なのだけれど、今は手元にないのよ。それらがあれば理論上は異世界であろうと、入れるはずなのだけれど……」


 腰に手をやる。いつもはそこにあるはずの袋。だが、今は何もない。


「そうか、つまりもう作れないんだネ?」

「ええ、残念ながら……」


 首を横に振る。すると一気に寒気が走った。


「じゃあ、君はもう用済みだネ」


 ナイフを構え、男が言う。


「え……?」

「そうだろう? 天才の君であっても無理なのならばしょうがないネ。死んでボクの食料になってもらうヨ。知らない生物に食い殺されるよりかはマシだろう?」


 何気ない調子で言われる。だから、そうかもしれないと思ってしまった。


「そうね、そうだわ。きっとそうなのだわ……」


 死にたくないと思っていた。

 誰にも知られずに、消えていきたくないと。


 だけど、今なら。少なくとも私を殺す、この男がいる。

 笑わずに、私のことを天才だと言ってくれた。


 ――もう、これだけでいいんじゃないだろうか。



「あまり痛くないといいわ」


 諦めに似た感情で、決意する。

 男は何も言わずに、その手を振り上げた。


 綺麗な男だ。

 今になって初めて顔をよく見た。


 さげすむような瞳も、男の色気を増やす要素でしかない。


 こんなイケメンに殺されるのならいいのかもしれない。

 目に焼き付けるように男を見る。


 そしてついに、男の手が迫って来て、私を――殴った。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ