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短い話

冬の女王と、悪魔の僕

作者: でもん

なんとか書き終わった。

楽しんでもらえれば、幸いです。

 バタン!


「ううぅぅ、寒い」


 (ぼく)は外から入ってくる寒さを断ち切るように、小屋の扉を力を込めて閉めた。街から30分ほど歩いただけで、すっかり僕の肩には雪が積もってしまった。

 本当だったら、もう外には花が咲きこぼれ、だんだんと暖かくなる季節だというのに、今年は、まだ真冬のような寒さが続いている。むしろ、毎年の冬の寒さが一番厳しい頃と比べても、今の方が寒いんじゃないだろうか。


(じい)、また今日もパンの欠片しか売ってもらえなかったよ」


 小屋の隅にある2段ベッドの下で寝る爺に、僕は優しく語りかけた。


「坊っちゃん、爺はパンの欠片でも美味しく食べられますよ」


 爺は、僕の祖父の代から、僕達家族の面倒をみてくれていた使用人だ。僕の祖父も、僕の両親も、3年前の流行りの病で死んでしまっていたから、今では僕の家族は爺だけになってしまった。その爺も、この冬の寒さが身体に堪えてしまったのか、最近はベッドから起き上がるのも辛くなってきたみたいで、食料の買い出しは僕の仕事になっていた。


「ごめんね。爺。僕が『悪魔』だから、みんな、ちゃんとしたパンを僕には売ってくれないんだ」

「違いますよ、坊っちゃん。今年は冬が長く続いたから、小麦が足りなくなって、きっとパンも少なくなってしまったんですよ」


 爺はそう言ってくれるが、街へ出ると僕は街のみんなから避けられている。店に入れば、他のお客が店の外へ逃げ出す。


 それは僕の頭から生えている醜い2本の太い角のせいだ。

 他の子供には無い、黒く曲がった太い角が、僕の耳の少し上から伸びている、フードを(かぶ)って誤魔化(ごまか)そうにも、そのフードを突き破ってしまうため、隠すことも出来なかった。


「いっそ、この醜い角を切ってしまえば、パンを売ってくれるのかな」

「坊ちゃま! その角は栄えあるバルトハイム一族の証です。なりませぬぞ」


 この角は、バルトハイム家の一員と認められた場合に、生えてくるものらしい。


「でも、その栄えあるバルトハイム家は、僕しか残っていないし、今では誰もしらないじゃない」

「そんな事ありませぬ。そもそもバルトハイム家は……」


 僕がうっかり角の事を言ってしまったものだから、爺のいつものお説教が始まってしまった。


 この国が魔王に滅ぼされそうになった際に、魔王を倒したのが、今の王様だ。その王様を助けた5人の仲間たちの一人が、僕のお祖父様のバルトハイム公なんだ。この話は、物語として絵本にもなっている有名な話で、僕のひそかな自慢だった。でも、バルトハイム公は魔王との戦いで、勇者の身代わりに呪いを受けてしまい、魔王を倒した後、勇者と4人の仲間を残して、ここへ移り住んだのだ。


 その呪いの影響で、こうやって僕の頭から醜い角が生えてきてしまったらしい。この冬になって突然生えてきた角に驚いて泣いていた僕に、爺は優しく説明をしてくれた。


「その角は、勇者の仲間であった証なのです。この国の民は誰一人それを忘れず、誇り高き勇者の仲間であると褒め称えたのです」


 爺はそう言って、いつものお説教を終わらせた。


「でも爺。街のみんなは、そんな昔の事なんて、誰も覚えていないよ」

「そ、それは……」

「それに、僕のお祖父様も、お父様も、街から離れて、こんな場所で暮らしていたんだ。誰も、僕らの事を知らないんじゃない?」


 僕と爺が住む小屋は、街からだいぶ離れた山の中にある。


「むむむ、彼らは昔の事を忘れてしまっただけなのです。きっと昔を思い出せば、坊ちゃまの事もきっと……」


 その昔を知っている人は、もう居ないんだよ……

 僕はそう言いかけた言葉を呑み込んで、


「そうだね。いつかそんな日が来るといいね」


 爺にそう答えた。


 角があるだけ。

 たったそれだけの事だって、解ってくれる日がくるかもしれない。

 僕は今日もそう考え、爺が寒さで震えないように、暖炉(だんろ)(まき)()べた。



 そんなある日。


「爺、街にお触れが出ていたよ」


 僕は街で出ていた王宮からのお触れ書きの内容を爺に伝えた。


「季節の塔で生活をしていた冬の女王が、塔から出てこなくなったんだって。冬が終わらず、春が来ないのはそれが原因だから、誰か、冬の女王を塔から引っ張り出して欲しい……そう書いてあったよ」

「坊ちゃま、4人の季節の女王は、勇者となった王様を助けた仲間。バルトハイム公の友人でもあった4人の仲間です」


『魔王を倒した勇者は、この国の王となり、5人の仲間のうち、1人は山で暮らし、残りの4人は季節を(つかさど)る護り手として、王の元で生活をするようになりました。めでたし、めでたし』


 これが、魔王を滅ぼした勇者の物語の締めくくりになっている。子供の頃に読む絵本で、この国の誰もが知っている話だ。


「そんなのは知っているよ。僕のお祖父様の恋人も、その中にいたんだよね」

「そうです。バルトハイム公の奥方(おくがた)になるはずだった人だったんですが、勇者を(かば)って呪われた身体になってしまったバルトハイム公は、その方を残し、単身で山奥に隠棲(いんせい)されました」


「そうなんだ。お祖父様は魔王を倒した後、ここで暮らしていたんだよね……あれ? そういえばお祖母様ってどんな人?」


 山奥で暮らしていたお祖父様と結婚した人がいたった事だよな。

 僕の疑問に対しては、爺は優しく笑うだけだった。


「そんな事よりも、坊ちゃま。坊ちゃまは今すぐ、季節の塔に向かって下さい」

「ええ!? なんで?」

「季節の塔で待っている冬の女王様は、元々はお祖父様のお仲間です。孫である坊ちゃまが、それを助ける……これはバルトハイム家の使命に違いありません」

「そうなの」

「はい。坊ちゃま。そこの戸棚に、鎧と冬用のコートがあります。それを身に着け、季節の塔へ向うのです」


 爺は突然元気を取り戻したかのように、ベッドから起き上がり、戸棚から色々な物を取り出した。僕はあれよあれよという間に、革製の鎧を身に着け、その上からフード付きの厚手のコートをまとい、腰には小さな剣を下げた姿になった。


「よくお似合いです。坊ちゃま」

「これって……」

「はい。バルトハイム公が魔王を討伐(とうばつ)した時に身に着けていたものです」

「そんな古いものが……よくまだあったね」


 僕が着込んだ鎧は、ピカピカに磨き込まれていた。まるで古さを感じさせない……むしろ新品にも見える。爺が大切に保管してくれていたんだろう。


「ですので、お祖父様の仕事を継ぐのだと考え、坊ちゃま、必ず冬の女王様を連れ出すのです。この国に春を……そして、冬の女王様を助けてあげてください」


「助ける?」

「はい。さぁ、行って下さい! 爺はここで坊ちゃまの帰りを待っています」


 爺はそう言って、最後に僕に王宮までの地図を差し出した。


「う、うん。じゃぁ、ちょっと行ってくるね。何も出来ないで、すぐ帰ってくると思うけど……」


 僕は地図を受け取ると、懐に仕舞って小屋の扉を開けた。外は相変わらず真っ白な雪に包まれている。

 扉を閉める時に振り返ったら、爺はベッドの上で笑顔を浮かべ、僕に手を振っていた。


***


 街を出て雪深い道を一生懸命歩く。

 爺から貰った地図によれば、ここから王宮までは3つの街を通る必要がある。


 春の女王が治めている街『ハル』。

 夏の女王が治めている街『ナツ』。

 秋の女王が治めている街『フユ』。


 僕は、最初に通る春の街を目指して、雪が積もった道を一生懸命歩いた。


『旅人さん、旅人さん』


 突然、僕の耳の中に声が響いた。

 周囲は真っ白な雪景色。僕の目には誰の姿も映っていない。


「誰だい? 僕に話しかけるのは誰だい?」 


 それでも僕は、声の主を探して、返事をしてみた。


『おや、おいらの声が聞こえるのかい? これは助かった』


 またもや、耳の中で声が聴こえる。


『角のある変わった御仁(ごじん)だ。これは悪魔に声を掛けてしまったかもしれないな』

「僕は悪魔じゃないよ。人間だよ」

『悪魔でも人間でも構いやしないよ。この先にある川が雪で堰き止められてしまい、飲水が無くなってしまったんだ。どうか雪を掻き出して、水を流してくれないか?』

「そんな……僕の力じゃ、そんな事は出来ないよ』


 僕は、どこの誰かも解らない声の頼みを断ろうとした。


『大丈夫、その角が何よりの証さ。魔王の角の力を使えば、あっという間に川が流れ始めるよ』

「そうなの? でも、冬の女王を助けにいかないといけないらしいんだ。また今度でいいかな」

『大丈夫。それに、川が流れるようになれば、冬の女王の助けになるさ』

「そうなんだ」


 よくわからないけど、僕はこの声を手伝わないといけない気がしてきた。

 そこで僕は声が案内する方向へ足を進めた。少し歩くと、小さな小川に橋がかかっていた。その橋のすぐ上流に雪の塊が積もっており、そこで川が堰き止められていたのだ。


『ほら、みてごらん。あそこだよ。川が曲がっているあそこに雪が溜まってしまい。水が流れなくなったんだ。このままでは、ここに大きな湖が出来てしまう』

「うん、堰き止められているのは見えるけど……こんな小さな川が湖なんかになるもんか」

『冬が続けば、雪はどんどん積もる。上流から来る川の流れは止まらない』

「川は凍らないの?」

『この川は、魔王の城から流れてくる温かい川なんだ。だから、凍らないんだよ』

「その温かい水が、雪を()かさないの?」

『この雪は冬の女王が作った雪だから、魔王の水では融けないんだ」


 そんな馬鹿な話しはあるものだろうか。

 僕は、そう思ったけど、耳の中で聞こえる声は、雪を掻き出すように、何度もせかす。


「わかったよ。仕方が無い。僕が雪を掻き出せばいいんだね」


 僕は寒いのを我慢して、ブーツを脱ぎ、手袋を外し、溜まっている水の中に入っていった。

 

『ほら、すぐに掻き出さないと、湖になってしまうよ! 海になってしまうよ!』

 

 幸いにも水はお湯のように暖かかった。


「そんなにすぐには溢れないよ」


 なんて大袈裟な事を言うんだ。

 僕は耳の中の声に対して、そう思ったんだけど、気がつくとさっきまで足首くらいだった川の流れが、膝の上にまで(かさ)を増していた。


「わ! 本当だ! 急がないと大変だ!」


 僕は慌てて、川を堰き止めている雪を掻き出す。

 でも、川の水はどんどん増えて、僕の腰程の高さまで、上がってきた。


「どうしよう。これじゃ間に合わないよ! それに雪が冷たくて、手が凍えそうだ!」

『角の力を使って! 悪魔の力を使って!』


 その言葉に、頭から生えている角が熱くなった。


「え? 何? どうなっているの?」


『そうそう! どんどん使って! 力を使って!』

「わわ、熱い! 頭が熱いよ!」


 僕は手を止め、熱くなった角を触ろうとするけど、まるで、そこが燃えているように熱くなっていて、触ることが出来ない。


『その角で、雪を融かして! さぁ! 早く!』

「う、うん」


 僕はその言葉に、頭を積もった雪に押し付ける。

 ジューという音がして、雪が一斉に溶け出す。


「頭が冷たい!」

『頑張って!』


 僕は声の主に励まされ、必死に角で雪をかき分ける。

 角が生えていない場所は氷のように冷えてしまったけど、角の熱のおかげで雪はどんどん融けていく。



「ありがとう! ありがとう!」


 突然、声が頭の中ではなく、すぐ近くで聞こえた。


「え?」


 僕があたりを見回すと、そこはいつのまにか可愛らしい草花が咲く暖かな野原になっていた。

 僕の頭の回りには、小さな小鳥が飛び回っている。


「ありがとう! これで、この街にも女王が帰ってくる! ほら!」


 どうやら、声を出しているのは、その小鳥だったようだ。

 そして、小鳥の言葉が終わると、僕は自分のすぐそばに立つ、美しい女の人に気が付いた。


「ありがとう。あなたのおかげで、私の街は救われたわ」

「私の街?」

「ええ、私が治める春の街よ」

「私が治める? ええ!?」


 じゃぁ、この人が春の女王?


「季節の塔にいるんじゃないんですか?」

「冬の女王が出てこないので、私が治める春の街が冬に閉ざされてしまったの」

「あの雪は?」

「冬の女王の雪よ」

「どういう事なの?」


「私の口からは言えないわ。さぁ、先へ進みなさい。バルトハイムの血を引く貴方なら、きっと冬の女王の元へ辿り着けるわ。あの子を助けて」


 爺も言っていたけど、冬の女王を塔から出すんじゃなくて、助けるってどういう事なんだろう……


「先に進めば解るわ。でも、忘れないで。あなたが私の街を、水に沈みそうになった街を救ったの。でも、もう時間はあまり残されていません。早く、ナツの街と、アキの街を通り、季節の塔へ行くのです」

「う、うん。わかった。じゃぁ、もう行くね」


 僕は、春の女王に見送られ、道を先に進んだ。


***


 そういえば、さっき熱くなった僕の角は……


 そう思って、僕は自分の頭に手を伸ばした。


「え?」


 僕の頭には、醜くて太い真っ黒な角が生えていた。その長さは手の平で隠せる程の長さだったはずなのに……


「大きくなっている?」


 雪を溶かすために、熱くなっていた角は、いまではすっかり外の気温と同じ冷たさに戻っていたけど、元の長さの倍くらいに伸びていた。


「ひどい。これじゃぁ、もうどうやっても角を隠せない」


 悲しくなってきた。

 これでは街にパンを買いにいった時に、きっと悪口を沢山言われてしまう。


『旅人さん、醜い角を生やした旅人さん』


 僕が悲しくなって、シクシクと涙を流しながら歩いていたら、また耳の中で声がした。


「またなの? さっきの小鳥なら、姿を見せてよ」

『さっきの小鳥? はて、何のことでしょう。私をあの翼の生えた獣と同列に扱うなんて、酷い話しですわ』

「小鳥じゃないの?」

『小鳥じゃありません』

「なら、姿を見せてよ」

『あなたの傍にいますよ。でも、今はまだ冬の力が強くて姿を見せられないのですわ』


 僕はあたりを見回したが、それらしき姿も気配も感じられなかった。

 それでも声は耳の中から、聞こえてくる。


『この先に……』

「また、小川に雪が溜まっているの?」

『小川? はて、何のことでしょう。私が言おうとしたのは、この先にある険しい谷の事なんです』

「谷?」

『はい、この先の谷に()けられていた橋が、雪の重みで崩れてしまいました』

「橋が? それは大変だ。僕もこの先に進まなければいけないのに……」

『ですので、あなたの力で、この先の谷を通れるようにして欲しいんです』


 耳の中の声は、そんな事を頼んできた。


「谷を通れるようにって……どうすればいいの? 僕はただの子供だよ? 角の生えた子供だよ?」

『その角を使って、悪魔の力を使って、橋を架けてください』

「角を使って?」


 僕は耳の中の声と会話をしながら歩いていると、突然、道は途切れ、目の前には深い谷が広がっていた。


「橋って、あの反対側まで?」


 谷は、下が見通せないほどの深いものだった。

 そして、谷の反対側までは大きな木でも届かない程の距離があった。


「こんな距離があるのに、どうやって橋を架けるというのさ」

『大丈夫。角があれば大丈夫』

「無理だよ! 出来る訳ないよ」

『頭を下げて! 頭を下げて!』


 僕は耳の中の声に従って頭を下げた。


「うわ! また熱くなった!」


 小川の時と違って、今度は右側だけの角が、とても熱くなってきた。


「熱い! 熱い! 燃えるように熱い!」

『いいわ! いいわ! その調子、その調子』


 僕の頭の右側の角は、ドンドン伸びて、ぐんぐん伸びて、やがて谷の超え、反対側の道にまで届いてしまった。


『できた! できた! 新しい橋が架ったわ!』

「でも、どうするの! 僕はもう動けないよ。これじゃ、季節の塔に行けないよ」

『大丈夫。ほら、来たわ!』

「来た?」


 地面に耳を付ける形で横たわっている僕の身体に、軽い地響きが聞こえてきた。どうやら馬が近づいて来たらしい。

 その馬の蹄の音は僕のすぐそばまで駆け寄ってきて止まった。


「これは珍妙な。角の生えた子供か!」

「誰?」

「私はナツの街の警備隊長だ。お前は何をしている?」

「橋を架けていました」

「橋? その角が橋になったのか!」


 頭の上から聞こえる声は、そう答えた。


「でも、僕はそのせいで動けなくなったの。助けてください!」

「ふむ、解った。少しそこで我慢していろ!」


 そう言って、馬の足音は遠ざかっていった。


「どうなっちゃうんだろう」

『大丈夫、大丈夫、心配はいらないよ』


 僕の耳の中で声がもう一度響いて、それっきり、何も言わなくなってしまった。


 降りしきる雪の中で、どのくらい待っていたのだろう。

 僕の身体は雪に埋もれてしまいそうになった頃、馬の足音が戻ってきた。それも今度は何頭もの足音がする。


「待たせたな」

「助けて。このままじゃ、雪に埋もれて死んじゃうよ」

「ああ、ちょっと待っていろ」


 そう言って、声の主は、一緒にきた誰かに声をかけた。


「さぁ、ここだ。すぐ始めてくれ」

「「おう!」」


「何をするの! 変なことはしないで!」

「大丈夫だ。任せておけ」


 声の主はそう言うと、僕の角に、ギーコ、ギーコという音が響いてきた。その音がしばらく続くと、ガタっと大きな音がして、


「出来ました!」


 と、遠くから声が聞こえた。


「よし。そこの悪魔の子。立ち上がってみろ!」

「え、は、はい……あ、立てた」


 僕が立ち上がると、目の前には鎧を来た男の人と、獣の毛皮を来た何人もの屈強な男の人たちが僕を囲んでいた。


「おかげで橋を復旧する事が出来た。感謝する」

「え?」


 鎧の人の声を聞いて、僕は谷を見ると、そこには人が何人通っても大丈夫な広さの黒い橋が架かっていた。


「お前の角で出来た橋は、このナツの国の名物になるだろう。俺達もやっと街へ帰る事が出来る」


 どうやら、この人達は、橋が落ちた事で街へ戻れなくなっていたようだ。


「女王もきっとお礼を言うだろう」

 

 お礼なんて良いのに……そう思った瞬間、目の前に茶色い毛の小さな兎が飛び出してきた。


「来たよ! 夏の女王が来たよ!」

「え?」


 僕が驚くと、僕の目の前には、髪の長い女性が立っていた。


「ありがとう。これで私の街も救われたわ」

「夏の女王様?」

「ええ、そうよ。小さな勇者よ。あなたの角のおかげで、私の街に食料を運び込むことが出来るわ。本当にありがとう」

「そうなんですか。いえ、僕の力じゃなくて、角の力です」

「今はそうね」


 そう夏の女王は言うと、柔らかく微笑み、


「ならば先へ進みなさい。そして冬の女王を助けてきなさい。そうすれば、あなたは自分の本当の力を取り戻すわ」

「どういう事?」

「それは今は言えないわ。でも忘れないで。あなたが身を挺して、私の街を救った事を。さぁ、今すぐ、この先のアキの街を目指しなさい」


 僕は、自分の角で出来た橋を渡り、夏の女王の言うとおり、アキの街を目指して進んだ。


***


 僕の角、半分なくなっちゃたな。


 左の角は相変わらず長い。

 右の角は根本だけを残してなくなってしまった。


 邪魔だ、邪魔だと思っていたけど、なくなってみると少し寂しいものだ。


『片方の角の勇者様、それとも悪魔かな』

「今度は誰だい? 小鳥? 兎?」

『おいらを、羽根の生えた臆病者や、耳の長いお調子者と一緒にするなんて、どういう了見だ! 失礼な』

「どうせ、また何かをしてくれって言いにきたんだろ」

『げっ! なんで解った?』

「それで、何かをすると、秋の女王が出てきて、先に進みなさいって言うんだ」


 二度あることは三度ある。

 爺に教えてもらった諺だ。


『そこまで解っているなら話しは早い。さっそく来てくれ』

「いいよ。どこにいけばいい?」


 冬の女王に会うために必要な事なんだろう。

 僕はそう思ってい、耳の中の声に従って、進んだ。


『この洞窟の奥に棲む竜を倒して欲しい』

「ふぅん。いいよ。じゃぁ、行ってくるね」


 洞窟の前まで着くと、耳の中の声に従って、僕は洞窟の中に……ええええええ!?


「ちょっと待って! 竜? 竜がいるの? この奥に」

『そうだよ。いやぁ、話しが早くて助かる。片方の角の悪魔なら、きっと大丈夫だ。さぁ、行って! いますぐ行って! それ行って』

「いやいやいやいや! 無理だよ。無理。だって竜でしょ? 僕はただの子供だよ。角があっても、何も出来ない子供だよ」

『そうなの?』

「そうだよ」

『なんだ期待外れだな』


 声だけなんだけど、露骨(ろこつ)にガッカリしたような口調が頭の中に響く。


「他の事はなんか無い?」

『そうだなぁ……無い』

「無いんだ……じゃぁ、そういう事で、僕は先に進むね」

『本当? それだと、冬の女王には会えないよ』

「そうなの」

『多分』


 ……耳の中の声を信用していいのかな。


「竜って、どのくらいの大きさ?」

『お城よりは小さいよ』

「人間よりは?」

『だいぶ大きい』


 無理だと思う。

 お祖父様は、魔王を倒した勇者の仲間だったけど、僕は角が生えているだけの、何の力も無い子供だ。


『でも君は、春の街を救ったよね? 夏の街のために橋を架けたよね?』

「それはそうだけど」

『君にも出来ることはあるじゃないか。だったら、竜を倒せないと決めつけるのは、早くないか?』

「春の街も、夏の街も、僕の力じゃなくて、角の力だよ」

『それも君の力だ。ただ、その力を活かすのも、殺すのも君次第なんだよ』


 僕の力。

 角が生えている事が僕の力なんだろうか?

 お祖父様の功績と呪い……それを受け継いだ僕は、この角以外、何も持っていない。


『違うよ。君は君自身を持っているんだよ』

「僕自身?」

『そうだよ。角だけじゃない、全部が君の力なんだよ』


 そうか……

 角だけじゃなく、角も含めて僕の力なんだ。だったら、


「解った! 僕の力で竜を……って、無理無理! それでも竜だよ? 大きいんでしょ? どう考えても無理でしょ」

『ちっ!』

「舌打ちした! 今、舌打ちしたでしょ」


 騙される所だった。

 僕が子供だと思って、甘い言葉で誘惑しようとした耳の中の声に誘導され、意気揚々と竜が()む洞窟へ乗り込む所だった。これが詐欺師って奴か。


『じゃぁ、そこで膝を付いて、頭を洞窟の方へ向けて』

「頭を?」

『そう。残った角を使っちゃおう。さっさと竜を倒して先に進んでもらわないと、段取りが……じゃなくて、秋の街が……』

「段取り?」

『そんな事は言っていない。さぁ、膝を付いて』


 今確かに、段取りって言ったような気がしたけど、僕は仕方なく耳の中の声に従って膝を付いた。


『じゃぁ、頑張って』

「頑張る? って、また熱くなってきた!」


 今度は左側の角だけが熱くなってきた。


『キタキタ!』


 僕の左角は物凄い勢いで伸びて、洞窟の中に吸い込まれていき……やがて奥から小さく、グギャって声が聞こえた。


『ビンゴ!』

「え? どうなったの?」

『あ、やばい……』

「やばいって?」


 僕の伸びた角が、グイグイと押し戻されるような感覚を伝えてくる。


「何かに刺さって……それが刺さったまま近づいて来る?」

『正解。いやぁ、ドラゴンって丈夫なんだね』


 下げていた頭は、角の先に刺さった何かの重みで上げられないので、ちょっとだけ視線を上げると、洞窟の奥から何か出てきた。


「ちょ、ちょっと、竜だよね?」

『そうとも言う』


 お腹のど真ん中に角が刺さった竜が、そのままズン、ズンと角を刺したまま進んでくる。このままだと、角伝いに確実に僕の所に到達してしまう。


『どうしよう』

「ええ、それ、僕の台詞(セリフ)!」


 耳の中の声にツッコミを入れながらも、僕は竜の重みで身動きを取れずにいた。


 ズン、ズン。

 お腹に刺さった角の周囲から血を滴らせながら、竜がさらに歩を進めてくる。


 もう駄目だ!

 僕はすぐ近くまできた竜の姿に、思わず目をとじる。きっと、あのごつい爪で僕は身動きが出来ないまま引き裂かれてしまうのだろう。僕の冒険はこれで終わりだ。僕みたいな子供が、冬の女王を助けるなんて、無理な話だったんだよ……


 そう思って待っていたが、最期の瞬間はいつまでも来なかった。


***


「おかげでアキの街は救われました」


 僕の目の前には、ご馳走が並べられ、その向こうには秋の女王が座っている。


 あの時……もう駄目だと思った僕のすぐ目の前で、僕が伸ばした角が致命傷となっていたのか、出血多量で竜は死んでしまっていた。その後、僕のすぐそばに、声の主だったらしい仔鹿が現れ大喜び。そして、秋の女王が現れたのだった。竜にささっていた角は引き抜く事が出来なかったので、秋の女王の部下の人に、根本から切ってもらっていた。


「どういう事なんですか? 僕の角はなんで熱くなったり、伸びたりするんですか?」

「それは私の口からは言えません」

「その答えは聞き飽きました。春の女王様も、夏の女王様も、何も教えてくれません。両方の角もなくなっちゃいましたし、僕はもう家へ帰ろうと思っています」


 自分が望んでもいない事に巻き込まれているような気がして、爺には悪いけど、僕のやる気はほとんど無くなっていた。


「困りましたね。それがバルトハイム家の宿命だとしてもですか?」

「バルトハイム家といっても、僕と爺しかいないし、二人でのんびりと生きていけばいいんです」

「それも一つの生き方ですね」


 秋の女王はニコニコと笑っている。


「でも、何もしない人に、奇跡はやってきません。ただ日々を過ごすこと……それは尊い生き方でもありますが、手を伸ばす事、そのために努力する事……それは、もっと素晴らしい事だと私は思いますよ」

「手を伸ばす事? 努力する事?」

「一生懸命に生きる事は、誰もが当たり前のようにしている事なんです。その事にあなたは気が付いていますか?」


 どういう事だろう?

 僕は爺と二人で山の中に住み、角の事を馬鹿にされるのを我慢しながら、街に通い、食料を手に入れていた。なんで僕だけが……そう思う事もあったけど、それでも、一生懸命に生活をしてきたつもりだ。


「一生懸命生きる事は、誰もが同じ?」

「そうです。一生懸命、毎日努力して生きるだけでなく、何を成すべきか、何を成すのかを考えてこそ、人は成功するのです」


 僕には、秋の女王が言う言葉がよく解らなかった。


「まずはゴールを設定し、そのゴールに向かってのタイムスケジュールを引くのです。常に物事を5W2Hで考えて……」

「女王様、女王様、話が逸れています」


 秋の女王の傍にいた仔鹿が、口を挟んだ。


「え、あ、ああそうね。失礼しました」


 女王は咳払いを一つして、僕にこう言った。


「私の言葉は、今は解からなくていい。でも、もし知りたければ、先へ進み見なさい。あなたのおかげでアキの街は救われました。そして、貴方を悩ます角は失われました」


 僕はその言葉に驚き、頭に手を伸ばした。

 そこには根本だけ残した2つの醜い角があったはずだったが、それがすっかり無くなってしまっていた。


「角が無い……」

「そうです。あなたを悩ましていた醜い角はなくなったのです。さぁ、条件は揃いました。あなたの運命と……バルトハイム家が持つ忌まわしき運命と立ち向かうために、いますぐ季節の塔へ進むのです。そして冬の女王を助けてください」


 僕は、何だか頭がぼぅっとしてきたけど、フラフラとその言葉を聞いて立ち上がった。

 よく解らないなら、進んでみよう。

 

 そうだな。

 そうしよう。


 僕は季節の塔がある王宮へ向かい歩き始めた。


***


「バルトハイムの忘れ形見よ。よく来てくれた」


 冬の女王を連れ出しに来たと、王宮の門番に告げると、僕はすぐ王様の前に案内された。

 王様は、なぜだか、げっそりとやつれていた。


「王様、大丈夫ですか? お疲れのようですが……」

「い、いや気にしなくてもよい。すぐに季節の塔に向かってくれ」

「わかりました。僕に出来るかどうか解りませんが、やってみます」


 僕は王の前から退出し、兵士の案内で季節の塔に向かった。


「この最上階の部屋に冬の女王が待っている」

「そうですか」

「案内はここまでだ。ここからは一人で行ってくれ」

「はい」


 僕は季節の塔の扉を開けた。

 中から、何か食べ物が腐ったような匂いが漂ってくる。


 僕は息を止め、目の前の螺旋階段を登り始めた。


 腐ったような匂いは、上へ上がれば上がる程、キツくなっていった。


「うぇ……これは生ゴミの匂いかな……冬で良かった。夏だったら、大変な事になる所だった」


 まさか、ゴミが腐らないように冬の女王は閉じこもっているんじゃないよな。僕はそんな事を考えながら、荷物から布を取りだし、匂いを和らげるため、マスク代わりに口と鼻を覆った。

 

「ふぅ、これで少しは楽になった」


 僕はそうやって、最上階を目指して更に進んだ。


 螺旋階段の一番上に、扉があり、そこには一枚の木製の表札が出ていた。


『季節の女王詰所』


 という文字が二重線で消され、


『ゴミ屋敷』


 と、黒い筆で書かれている。

 本当にここでいいのだろうか……


「ここか……」


 僕は扉を開けようとドアを押して見るが、軽そうに見える扉はビクとも動かない。まぁ、簡単に開くのなら冬の女王は直ぐ出てきているんだろうな。僕はそう思い、扉を大きくノックしてみた。


 ドンドン! ドンドン!


「無理かな……」


 こんなんで扉が開けば苦労は無いか。

 この部屋に閉じこもったきり、冬の女王は出てこないから、冬が終わらないんだ。

 そう思っていた僕だったが、その思いに反して、扉はあっさりと開いた。


「なぁに?」


 ほんの少しだけ開いた扉から、顔を出してきたのは、垢にまみれた汚い肌、薄汚れた服に、最後に洗ったのはいつか分からないような金髪を持つ若い女性だった。そして、臭い。どうも季節の塔全体に漂う匂いは、この人が原因のようだ。


「え? うぷっ……すみません……おぇ……本当にすみません……あ、ええと、冬の女王を迎えに……」

「またなの? もう、そういうのはいいから帰って」


 そう言って、その女性は扉を締めてしまった。


「ちょ、ちょっと待って! 話を聞いて下さい!」


 せっかく開いたのに……いや、臭いから閉じていて欲しいけど……それだと僕の使命が……


 僕は慌てて、もう一度、激しく扉を叩いた。

 すると扉は再び開き、


「うるさいわね。衛兵を呼ぶわよ」


 面倒くさそうにそう言って、僕を睨みつけた。


「いえ、僕は冬の女王を迎えに来ただけで……」

「いくら言っても、私はバルトハイム様が来るまでは出ないって言ってるでしょ!」


 そういって、バタンと扉を締めてしまった。

 え? 私? じゃぁ、今の汚い女性が冬の女王!?


 もう帰ってもいいかな……駄目だろうな……


「冬の女王様! 僕はそのバルトハイムの孫なんです! 開けて下さい! みんなが困っています! お願いします!」


 僕は乱暴を叩く。


 ガチャ。

 また扉が開いた。


「バルトハイム様の孫? なんでバルトハイム様に孫がいるの!? どういう事!」


 今度は扉を前回にし、冬の女王は仁王立ちになって僕を睨みつけた。その後ろにはゴミ溜めと化している部屋が見える。確かに、これではゴミ集積所と書かれても仕方が無い。中からの空気に触れた目がショボショボとするし、鼻水が出てきた。絶対、ヤバイ状態でしょ、ここ。


 僕の状況を気にせず、冬の女王は僕の肩をつかみ、揺さぶりながら……


「結婚!? バルトハイム様が結婚!? 聞いてないわよ! 孫ってどううこう事? なんなの?」

「え? どういう事って、お祖父様が結婚をして、僕のお父様が生まれて……そのお父様とお母様の子供が僕なんですが……」


 僕の言葉に冬の女王は手を話、後ろを振り向き、ブツブツと言い始めた。


「いつの間に……私というものがありながら……あの浮気男……」

「浮気? え? えええ?」


 冬の女王は振り返ると、扉から出てきて、階段の下を覗き込んだ。

 

「それでバルトハイム様はどこ? あなたが来たって事は、来てるんでしょ?」


 あれ?

 部屋から出た。

 これで王様から出たお触れの依頼は達成って事?


「バルトハイム様! どこなの? フユはここにいますよ! 怒らないから出てきて!」 

「え? 冬の女王様? お祖父様は随分前に流行りの病で亡くなりました」

「死んだ? バルトハイム様は死んじゃったの?」

「はい。僕のお父様とお母様と一緒に3年前の冬に……」

「そんな……じゃぁ、なんで……私は……頑張って……う、う、うわーん」


 僕の言葉をきいて、冬の女王は突然、泣き始めてしまった。


「ふ、冬の女王様。泣かないでください。え、う、うわ。寒い!」


 冬の女王様が泣き始めると、背後の部屋にあったゴミがカチンコチンに凍ってしまった。


「冬の女王様、落ち着いてください。これでは僕も凍ってしまいます」

「え? あ、ああそうね。バルトハイム様の孫を凍らせる訳にはいかないものね」


 僕の言葉にあっさりと冬の女王は泣き止んだ。


「でも、バルトハイム様に孫が出来たなんて……一体、外はあれから何年経っているの?」

「え? あれからって、魔王を倒してからですか? 70年くらい前の話だって聞いてますが……」

「そうなの……もうそんなに経っていたのね。私はずっと眠っていたから、知らなかったわ」

「眠っていたんですか?」


 毎年、冬は冬の女王が季節の塔で生活をして……僕達はそう聞いていた。


「そうなの……私は……その……呪いで……魔王の呪いで長い眠りに落ちてしまっていたの」

「そうなんですか……魔王を討伐してお祖父様が呪いを受けたと伝え聞いていましたが、冬の女王様も呪いを受けていたんですね」

「目を覚ましたら、この部屋だったし、バルトハイムはいないし、王様もすっかり髭面のおっさんになっているし、ハルもナツもアキも、すっかりおばさんになっているし……」


 おばさん?

 確かに冬の女王様と比べれば、年上だとは思うけど、おばさんというのは、ちょっと酷い気もする。

 それにしても、王様も、冬の女王も、3人の女王も、物語に出ていた人たちなの? この人達って、いったい何歳?


「いま、変なことを考えなかった?」

「えっ?」


 ギロリと冬の女王に睨まれた。

 これが伝え聞く殺気というものなんだろうか。とりあえず、僕は頭の中に浮かんでいた、年齢とかババァといった単語を消し去り、引きつりながらも微笑みを浮かべ、


「何も考えていませんよ」


 と答えた。


「まぁ、いいわ。王様達がそんなんだから、びっくりして、ここに隠れていたの。バルトハイム様が来るまで外に出ないからって、頑張ってたのよ」


 それは、なんと迷惑な。


「ところで、死んじゃったバルトハイムは誰と結婚したの? 洗濯娘のクリスティーナ? それとも、配膳係のスザンヌ?」


 冬の女王は、僕の答えを聞いて満足したのか、お祖母様の事を聞いてきた。言葉に殺気が漂っているのは気のせいだろうか。 


「お祖母様は僕が生まれる前に亡くなってしまったそうです。それとお祖父様は、あまり昔の事を話さなかったし……僕もよく知らないんです」

「そう……お祖母様はどんな方かも解らないの?」

「はい……すみません」


 僕は申し訳無い気持ちになって、うつむいてしまった。


「ううん、いいの。君が悪いわけじゃないしね。じゃぁ、私との約束も聞いていない……のね」

「約束ですか?」

「うん、約束」


 僕は首を横に降った。

 お祖父様から、そんな約束なんて聞いていない。爺も教えてくれなかった。


「仕方が無いわ。でも約束は約束よ。そうね……」


 冬の女王様は少し考え、手をぽんと打ち、


「そうだわ。君が、あの人の代わりに貴方が約束を果たしてちょうだい」

「僕が約束を果たしたら、この塔を出てくれますか?」

「そうね……いいわ。あなたが、私との約束を果たしてくれれば、この塔から出てあげる」


 言葉の割に、女王の目は必死だった。それほど、僕のお祖父様との約束は大切なものだったのだろう。


「お祖父様とはどんな約束をしたの?」

「簡単なものよ」

「そうなんですか……」

「そうよ。それは勇者と言えるくらいの功績を立てて、私の父を説得し、私を迎えに来てくれる事」

「はい?」


 なんですと?


「結婚式には白馬に乗ったバルトハイム様が、私をお姫様だっこをして、教会に向うの。家はそうね……広くなくてもいい。真っ白な壁の家がいいわ……」


***


 冬の女王の独演会は30分ほど続いた。


「……という約束」

「はぁ」

「バルトハイム様が死んじゃったのなら、その約束を、孫のあなたが果たしてくれればいいわ」

「そんな……」


 お祖父様!

 なんて約束をしたんだ。


 でも、僕が勇者と同じような功績なんて立てられるわけは無い。


「ごめんなさい。僕にはきっと無理だと思います」

「出来るわよ。そんなに難しい事は言わないから」


 この国は、この先も冬に閉ざされたままだ。

 みんな、ごめん。

 僕には無理だったよ。


 僕は、この話をさっさと切り上げて、国から逃げ出そうと考え始め、どこで断るか、その糸口を探し始めた。


「ちなみに、どんな事をすればいいんですか」


 きっと臍で茶を沸かせみたいな、無理難題を言われるんだろう。


「簡単なことよ。例えば……そうね、水に沈みそうな街を救うとか、身を挺して街へ続く橋になるとか、みんなが生活道路として使っているトンネルに棲み着いたドラゴンを倒すとか……」

「ええ!」


 全部やってます。


「そんな功績があれば、勇者と言えると思うの」

「……」

「そのために、魔王の力を受け継いで……そうね。あの魔力の詰まった角を奪い取ってくれば、そのくらい余裕で出来ると思うわ」


 そういう事か……


「僕には無理だと思います。一旦、帰ってもいいですか」

「大丈夫、なぜだか、あなたなら大丈夫だと思うの」


「「「帰っては駄目よ!」」」


 突然、階段の下から複数の女の人の声がした。


「ハル、ナツ……それにアキも!」


 現れたのは3人の季節の女王だった。


「フユ……とりあえず臭いから風呂でも入ってきなさい」

「あなたのために、彼は試練を乗り越えてきたわ」

「さぁ、嫁入りの準備よ!」


 3人の女王は僕の肩を押さえ付けて動けないようにした上で、冬の女王に風呂に入ってくるように言った。


「そ、そうね。臭いのは良くないわね。すぐ入ってくるわ! あ、ついでに部屋を片付けておいて」


 3人の言葉に、冬の女王は焦ったような顔をして、すぐに奥へ引っ込んでいった。そして、部屋を片付けてとの言葉に、3人は、


「任せて、衛兵! 衛兵!」


 と、塔の下に待機している衛兵に声を掛けた。

 

「「「「はっ!」」」」


 すると何人もの衛兵が階段を上がってきて、部屋の中のゴミをバケツリレーの要領で次々と持ち出す。


「さぁ、バルトハイムの孫よ。あなたも準備するのです」

「な、何をです?」

「「「結婚式よ」」」


 なんで!?


 僕の心の叫びもむなしく、僕はゴミと一緒に衛兵達に塔の外へ連れ出されてしまった。


***


「バルトハイムの孫よ。よくやった。冬の女王もこれで外に出る気になるだろう」


 僕は、立派な正装に着替えさせられ、王座の前で呆然と立ち尽くしていた。


「展開が早すぎて、よく理解出来ていないのですが……」

「ふむ……かのバルトハイム公は、早々に察して逃げ出したというのに、お前は鈍感みたいだな」


 いえ、気が付いているから、なんとかしようと考えているんです。

 僕が周囲を見回し、逃げ出す算段をしていると、


「おい、入ってこい」


 そう王様は誰かを呼んだ。


「はい」

「爺!」


 入ってきたのは、小屋で寝たきりのはずの爺であった。


「爺、なんで?」

「坊ちゃま、すみません。爺もグルでした」


 爺、お前もか!


「これは、冬の女王が目覚めた時から始まった計画なのです」

 

 そう言って、語り始める王と爺、そして3人の女王の遠大な計画。


 そもそもの話の始まりは、約70年前、王が、将来の妃候補の4人の娘と親睦を深めるために出発した温泉旅行での出来事だった。


 その時、王のお付の武官だったお祖父様に冬の女王が盛大に勘違いをした上で一目惚れ。一目惚れされるくらいだから、当時のお祖父様はモテモテだったらしい。だが、冬の女王は勘違いに勘違いを重ね、どうやら両思いになっていると信じ込んでいたようだ。そして、王の妃にしたいと考えていた女王の実家を納得させるために、お祖父様に手柄を立てさせるといって、季節を司っていた山の神を勝手に討伐。その結果、4人の妃候補が山の神の呪いを受けて、一人ひとりが季節を司る事になってしまったらしい。


「ここまでが前説です」

「まえせつ?」


 爺が一旦言葉を切って、話を続けた。

 ところで、お祖父様達が討伐した事になっている魔王って?


「毎年、3ヶ月交代で王宮にある季節の塔で生活をしなければならない事となった4人の妃候補は、そのまま王に嫁ぐことになってしまいました。この事に納得いかない冬の女王は、今度こそ実家に認めさせようと、自ら毒を煽り昏睡状態に……」


 そして、その眠りを覚ますために、魔王を倒し、魔王が持つ秘薬を奪い、冬の女王を助ける……これが、冬の女王が描いた筋書きだったらしい。


「ところが、眠りについた冬の女王を見て、バルトハイム公は助かったと山へ逃げました。そして年月が流れ、生まれ育ったのがお坊ちゃまなのです」


 突然聞かされる僕のルーツ。

 僕が子供の頃から不便な山奥に住んでいたのは、冬の女王のせいだったんだ。


「ところが今年になって、とうとう毒の効果が切れ、冬の女王がお目覚めに……」


 それで季節の塔に閉じこもり、ストライキ状態になっていたんだね。


「そこでわしが一計を案じ、バルトハイム家に仕えていたそなたの爺と、3人の女王とともに、この計画を進めたのだ」

 

 最後に王様がこれまでの経緯をまとめた。


 王様の名を受けて爺は、まず、僕に魔王の力を与えるために、魔王をあっさりと討伐。

 その往復で爺は体力を使い果たし寝たきりになってしまったが……なんとか魔王の角の一部を持ち帰り、僕の頭に移植したらしい。


 ちなみに魔王は、温泉地の管理人だったらしい。

 それって魔王なの? 


「まぁ、伝説の物語なんて、種を明かせばこんなものなのだ」

「話は分かりました。それで、僕に何をさせたいのです? ……いえ、解ってます。解ってますけど、せめて自分の口からは言いたくないんです」


 だが、僕のそんなささやかな願いも虚しく、王様が答える前に、扉が大きく開け放たれた。


「バルトハイム様! お待たせしました! ハル達に聞きましたよ! あなたはすでに勇者と並び立つ功績を立ててきたのですね」

「げっ」


 純白のウエディングドレスに身を包み、すっかり綺麗な姿に変わった冬の女王が入ってきたのだ。

 見た目は、確かに可愛らしい。

 僕のお祖父様と同世代って事さえ目をつぶれば、お嫁さんにするには最高の人かもしれない。


 でも……


「僕はバルトハイムの孫です。本人じゃありません!」


 誰かの身代わりで結婚するなんて嫌だ。


「細かいことは気にしないわ! さぁ、これでお父様も、認めてくれるはず……え? お父様は、とっくに老衰で死んじゃっている。あら、なら反対する人はもういないわね」

「僕が反対します」

「聞こえないわ! さぁ、いきましょう。外に白い馬を待たせてあるわ……あなたは、まだ小さいから私が抱っこしてあげるわね」

「嫌です……ゴフ」


 冬の女王の姿が一瞬ブレたと思うと、その左拳が僕の腹に食い込んだ。


「それでは王様、ハルにナツに、アキ。御機嫌よう! 新居にはいつでも遊びにいらしてね」

「ああ、そのうち遊びにいくよ」


 腹の痛みで声が出ない……

 王様! 助けて! 王様!


「バルトハイムの孫よ! そうかそうか。涙が出るくらい嬉しいのか」


 違います!

 これは違います!


「うむ、そなたの働き、見事であった! よくぞ季節の塔から冬の女王を連れ出してくれた! 褒美に、冬の女王を授けよう! 末永く幸せに暮らすのだぞ! 返品は不可じゃ! これは王命だぞ」

「うあああああああああ」


 爺が目元に浮かぶ涙を拭っている。

 3人の女王も涙を浮かべ拍手をしながら見送っている。


「たった一人の犠牲で済んで、本当によかった……」


 僕の耳に、誰かの呟きが残った。そして……


「さぁ! 幸せになりましょうね。ダーリン!」


 ロリババァに担がれ、僕は物語から退場した。


***


 昔、昔、ある所に季節の塔に交代で住む4人の女王がいました。


 春の女王が住めば、季節は花が咲き誇る美しい春に、

 夏の女王が住めば、太陽が眩しい爽やかな夏に、

 秋の女王が住めば、畑や田圃(たんぼ)が色づく実り豊かな秋に、

 冬の女王が住めば、寒さは厳しくとも力を蓄える冬に。

 

 そんなある年、冬が終わらない事がありました。

 冬の女王が、季節の塔から出てこなくなったのです。

 困った王様は、街にお触れを出します。

 『冬の女王を季節の塔から連れ出してくれれば、素晴らしい褒美を取らす』


 そのお触れに立ち上がった若者がいました。


 若者は手始めに、魔王を倒しました。

 そして魔王から魔法の力を手に入れたのです。


 その後、若者は、雪のために溢れた川により沈みそうな春の街を救い、

 雪のために崩れてしまった谷に架かる橋の代わりに、その身を使い、夏の街へ食料を届け、

 他の街と繋がるトンネルに棲み着いたドラゴンを討伐して、秋の街を救いました。


 勇者となった若者は、季節の塔に向かい、冬の女王を外へ連れ出したのです。


 そして二人は白い教会で結婚式を上げ、末永く末永く、幸せに暮らしましたとさ。


 めでたし、めでたし。

書き始めは、自分の子供に読んでもらおうと、「みんな違っていい」という言葉を軸に、角のある男の子が冒険をし、成長をして、自分を好きになり、社会からも受け入れられるようになる物語にするつもりだったのに……ドウシテコウナッタ


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