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青いハンカチ

作者: 大山哲生

 「青いハンカチ」  作 大山哲生

私は、退職後家にいることが多くなった。ある日、これではいかんと思い直し近くの町に降りたって古い家並みを歩き始めた。

季節は五月。風が気持ちいい。知らない町を歩くというのは、いろいろな発見があっていいものだなと思いながら歩いていると、ぽつりぽつりときた。

「おやおや、雨か。天気予報では夕方から降ると言っていたのにちょっと早すぎるぞ」

 天気予報を信じすぎたせいか、私は傘を持っていなかった。

 早足で駅に急ぐが、駅までは一時間近くかかりそうである。そのうち、雨は本降りになってきた。私は、小走りに走りながら雨宿りできるところを探したが、民家ばかりだった。

左手に小学校が見えた。校門には「宝泉寺小学校」と書かれている。はじめて見る小学校である。ここで雨宿りさせてもらおうと思った私は、正門から横の通路を通って管理棟の玄関についた。ここは大きなひさしがあるので、雨宿りには適している。

 青いハンカチを出し帽子や上着の水を拭き取ると、ハンカチがずっくりと水を含んだ。誰かが近づいてくる足音が聞こえる。

「雨宿りですか」と聞かれたので、私は振り返りながら「はい、やむまでここにいさせてもらえますか。すみません」と言った。

 相手は、はっとした表情を一瞬見せたがすぐにもとの表情に戻り「私は教頭の田口と言います。ここでよければどうぞ」と言うと、そそくさと職員室の方へ戻って行った。

 私は夕立のようなものだと思っていたが、三十分を過ぎてもいっこうにやみそうになくむしろますます激しくなるばかりだった。

 先ほどの教頭が来て「雨が長引くようですので、休養室でお待ちいただいたらどうですか」と言う。

「もうしわけないけれど、そうさせてもらえますか。実はとても寒くて困っていたんです」

 私は職員室横の休養室に通され、そこでリュックをおろしやっと座ることができた。

 しばらくすると、教頭がお茶を出しながら「どこかでお会いしたような気がしますが」と言う。

 私は、初めて訪れる町でおまけに全く知らない小学校で知り合いなどいるはずもない。

私は熱いお茶をすすりながら「いやあ、教頭先生とは今お会いしたのがはじめてですよ」と言った。

「他人のそら似ってやつですかね」そう言うと教頭は職員室に戻っていった。

 廊下がざわざわし始めた。

ジャージーを来た教員が、休養室に入ってきて「今からここで生徒の事情聴取をしますので、校長室に移ってもらえませんか。校長先生は出張でおられませんので」と言った。

 外はますます大雨の様子なので、私は校長室に移った。校長室には応接セットがあったので長いソファーに座った。気持ちの良いソファーで私はうとうとし始めた。

 チャイムの音ではっと目が覚ますと、私はひとつ大きなあくびをした。

 上を向いた拍子に歴代校長の額が目に入った。その一番端の写真を見たときに、私の体に電気が走った。

「あ、あれは私じゃないか。なんでこんなところに私の写真があるんだろう」写真の下の氏名も確かに私だ。

 私がここの校長だったというのか。知らないところを歩いてみようと思ってこの町にきたのに、校長室に私の額があるなんて何かの間違いに決まっている。

しばらくはあれこれと思いを巡らせていた。そう言えば、この学校を見たときになんとなく懐かしい思いがふっとよぎったことを思い出した。

「それに正門から、管理棟の玄関は全く見えないのに、私は間違えずに玄関についた。やはり、この学校を知っていたということなのか」と思わずつぶやいた。

 近くにあったテレビのリモコンを見てはっとした。裏蓋をセロテープで十文字に貼ってある。

 私は思い出した。このテープを貼ったのは私だ。そうだ、私はこの宝泉寺小学校の校長室で勤務していた。去年の三月に退職した。

 私は今五十八歳。はて、どうして退職したのだろう。

「思い出されましたか」教頭がぬっと顔を出す。

「あ、教頭先生ですか。少し思い出しました。私、去年の三月までここの校長をしていたんですね。ただ、どうしてやめちゃったのかがわからないんです」

「校長先生は、頭にけがをされたんですよ」

 頭にけがと言う言葉で私は思い出した。

「ああそうでした。確か、この部屋で何者かに後ろから頭を殴られたんです。殴られた後、振り返って顔を見ようとしたんですが、すぐに気を失ってしまったようです。そのあとほとんどの記憶がなくなっていたんです」

「何か、記憶に残っているようなことはありませんか」

「そう言えば、殴られて振り返った時、口元に金歯が見えたような気がします」

「金歯ですか」

「そう、金歯でしたね」

「なるほど金歯ですか」そう言って教頭がにやりと笑う。

 えっ、口元にきらっと光るものが。私は息がとまりそうなくらい驚いた。

 恐ろしくて首を左右に振ると、私の眼下には京都市内の風景が広がっていた。

 私は稲荷山中腹のベンチに座っている。私はうたた寝をして夢をみていたようだ。

 それにしても、宝泉寺小学校とはなんだったのだろう。

 どうもキツネに化かされたのかもしれないなと思いながら、初詣客で賑わう稲荷山の参道を下り始めた。

なにげなくポケットに手を入れると、ずっくりとぬれたものが手に触る。出してみるとあの青いハンカチだった。


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