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8.レース

遅くなりました



 ガン。ガン 。一定周期で車を叩かれる音を聞いて平太は目を覚ました。平太はしがみついた姿勢はそのままに周囲を見回す。


 とりあえず自分自身は生きているようだ。擦り傷がいっぱいだが。車内はメチャクチャだった。

 あちこちに紙や計器の破片が散乱し、フロントガラスは陥没して沈み込んでいた。車両後部から星が見えている事を考えると斜めになった状態で止まっているのだろう。

 また、運転席と助手席は無事なようだ。二人の元気が良い問答が聞こえる。


「おいおい救急車が台無しじゃないか!!」


「何で男って真っ直ぐ走る事が出来ないのかしら。あっちへフラフラ。こっちへフラフラ。猪の方がまだマシよ。それにあなたもいつまでしがみついてるの?」


 昴と剛力は頭についたガラスの粉を落としながら吠えていた。


 特に昴は元気が良すぎるみたいだ。恐る恐る平太は問い返す。


「.......なんでわかったんですか?」


「あなたが男だからよ。獣の気配でわかるわ」


 気配って.......そんなに敏感ならあなたの方が獣なんじゃ.......。

 平太は腹の中で笑おうとした。


「痛っっっ」


 平太の右手に石臼ですり潰されたような激痛が走る。何が起こっているんだ? 平太は右手を抜こうとするがピクリともしない。


「さて、夕凪平太君。何か言うことはある?」


 痛がる平太に昴が優しく声を掛ける。声音は優しいが、その奥に地獄の釜を開いたかのような殺意と熱気を感じた。


「す、すみません」


「.......わかれば良いわ」


 平太の右手が解放される。同時にドクドクと血が流れる感触を感じた。



「次、笑ったらお尻にコイツの軽い頭をねじ込むわよ」


「理不尽!!」


 剛力は吠える。痛みでそれどころでは無いが、剛力に対して少しの親近感を覚えていた。


「いつものことじゃないですか」


「お前は何でそんなに馴染んでるの!? 俺のいつもを何でお前が知ってんの!?」


 つい口に出てしまった。危ない。平太は口を押さえた。


「黙れ。人間のクズについた糸くず。さっさと行くぞ」


「.......サーイェっさー」


 剛力と昴はシートベルトを外すと、後部へスルリと入ってくる。二人は平太の横をすり抜けると限られた空間で手早く、固定されたバイクを外した。


「夕凪は俺と来い」


 剛力が真剣な表情を作る。平太も気を引き締める。春川はどこ吹く風といったようにこちらに目もくれなずに微笑む。


「あなたが子守をしてくれるとは思わなかったわ。ちゃんと日本語で話しなさいよ。ゴリラ語じゃわからないから」


「言われなくても。足止めはお願い出来るか?」


「あなたは誰に向かって物を言っているの?」


 昴がエンジンを掛ける。小気味の良い排気音が狭い車内に響く。

 昴はスカートの裾を気にせず、フワリとバイクに跨った。


「地蔵峠の悪魔とは私のことよ」



 昴は思い切りアクセルを吹かすと外へ飛び出した。昴の星空に吸い込まれて行くような大ジャンプに平太は心を奪われた。

 カッコイイ人だな。そう思った。


「キャハハハハ」


 肉と骨が砕ける音ともに聞こえてくる高笑いを聞くまでは。


「.......昴はな。辞めた方が良いぞ。顔はお人形さんみたいだが、中身はズボラな上に暴力ふるからな。鬼と書いて、鬼ん形さんだからな」


 剛力に座布団1枚。平太はバイクにエンジンを掛ける剛力に聞く。


「アイツら俺を狙ってました」


「そうだな」と剛力が返す。


「俺、狙われるような覚えは無いんですけど」


「答えは後で話す。今は怖くても付いて来い」


 剛力が優しくはにかむ。平太は剛力の言葉で心が軽くなったような気がした。


「さあ、お喋りの時間は終わりだ。出るから乗れ」


 剛力はバイクに跨り、自分の背を親指で刺す。平太は剛力の背中にしがみつくようにバイクに乗った。大きくてゴツゴツとした背中だった。

 父親の背中とはこういうものなんだろうか? 平太は答えの出ない考えを巡らせた。


「行くぞ。オラァァァ!!」


 剛力がアクセルを捻ると、バイクが金切り声をあげ、星空に飛び込んだ。身体が置いていかれそうになる程の加速感の後、着地する。尻から頭の先まで衝撃が駆け抜け、頭痛がした。


「遅かったじゃない。お片付けは終わったわよ」


 昴が凛とした声を掛ける。平太が昴の居る方向を見ると、そこは地獄絵図だった。


 道路のあちこちに老若男女問わず、数十人もの人々が地面に這いつくばっていた。全員、血は流して居ないが、ボコボコにされていた。


「ひょー」平太から、思わず感嘆の声が出た。


「姉御、流石っすわ」剛力も若干引きながら褒めた。


「おだてつつ崇め奉りなさい」サラリと髪を撫でつつ悪魔が笑う。

 この人はヤバイ。平太は心のメモ帳に記録した。


「夕凪平太だな?」


「夕凪平太だな?」


「夕凪平太だな?」


「夕凪平太だな?」


「夕凪平太だな?」


 ぞくりと平太の背に悪寒が走る。通りの奥。暗闇の向こうから人々が一人また一人と顔を出す。


「まだ居ますよ!?」


 平太の言葉に剛力が思案したように顎を摩った。


「まあ、仕方がない。こういう時は......」


「こういう時は?」


「逃げるのさー!!」


「まあ、そうするしかないわね」


 剛力と昴がアクセルを吹かす。

 タイヤが空転するような音と共にバイクは発進した。


「待て!!」


「待て!!」


「待て!!」


「待て!!」


「待て!!」


 その言葉を置いてきぼりに平太達は加速する。瓦礫の散乱する街をジグザグにひた走る。


 時速80kmに達した時、平太がチラリと後ろを見ると、人々は追いついて来ていなかった。


「やった。奴ら付いて来ていませんよ!!」


 平太は喜びの声をあげようとした。


「上だ!! しっかり捕まれ!!」


 反論するように剛力が叫ぶ。


 えっ? 平太が声をあげる暇もなく、上から何十人もの人々がパラシュートも着けずに落ちてきていた。


 次々と落ちてくる人々は着地する瞬間に、

アスファルトを砕き、ミルククラウンの様に礫を飛び散らせた。


 剛力は落ちてくる人々と礫を、数ミリ単位で回避しながら、加速する。


 落ちて来た人々は着地すると同時に追い掛けて来る。平太は自分が夢を見ているような気がしてきた。


 平太は加速した時の風圧で首が持って行かれそうになり、上を見た。すると、バイクの通り道に、人が落ちて来ようとしていた。


「危ない!!」平太は怒鳴った。


「しがみついてろよ!!」


 剛力も共鳴するように怒鳴ると同時に強烈なブレーキを掛けた。ブレーキは甲高い叫び声を上げながらロックした。


 バイクは蛇行運転を始める。


 平太はこれは死んだなと思った。


 剛力はバイクが大きく揺れるのと同時に車体を地面と平行にするように倒した。


 人が落ちてくる。


 剛力はバイクが倒れた状態を維持しながら加速した。


 バイクは落ちて来た人のつま先ギリギリを掠るようにすり抜ける。


 バイクはすり抜けると同時に元の姿勢に戻り、軽くウイリーした。平太の精神は壊滅的だった。二度とこんなことしたくない。そんな平太に剛力は怒鳴る。


「おい!! 聞こえるか!? 夕凪」


「はいぃぃ どうぅしましたぁぁ」


「見えるか!! 目的地だ!!」


「あのビルですか!?」


「........嬉しそうだな」


「そんな事はウワッ」


 突然、平太の肩が引かれる。後ろを振り返ると男が居た。追い付かれた。殺されてしまう。平太は色んな考えが頭をよぎった。

 そして、静かに目を閉じた。


 どの位そうしていただろう。平太が目を開けると男が消えていた。


「入り口を突き破るぞォォォォ」


 剛力の叫び声を聞いて、平太はしがみつき直した。何故、男は僕を逃したのだろう。

 平太は考えたが、答えは出なかった。

次回解説回です

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