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7.狂気

「なんで救急車なんですか?」


 平太の問いに剛力は嬉しそうに「乗ってみたかったんだぜ」と応えた。


 救急車に乗ってから既に1時間。現在は街の中を走っているらしい。景色は、正面以外真っ暗で周りが見えない。

 単調過ぎてつまらなかった。


 運転席に剛力、助手席に春川が座っている。平太は席が無かったので、ストレッチャーの上に座っていた。

 シートベルトが無く、座り心地も悪いので尻が痛くて仕方がなかった。


 車内は外と同様に暗くなっており、周りが見えない。救急車の中は結構広いが、剛力が積み込んだタイヤのゴツゴツしたオフロードバイク二台が場所をとり、狭くて仕方がない。



「あと、一時間位で付くからな」


 剛力が平太を気遣ったのか猫撫で声を出す。昴は髪をクルクルと弄っている。


「もっと飛ばしなさいよ」


「それは無理っすわ。人を避けながらだと最速ですわ」


 剛力はフロントガラスの向こうを指差す。

 ライトの光に呆然と立つ幽霊のような人々が映し出される。操られていた人々だ。


「言い訳は未練がましいわよ。少し寝るわ。起こしたら殺すからよろしく」


 ふてくされたように昴は両手を挙げ、伸びをした。


「泣いていいかな? 俺? そろそろ転職すべきかな」


 剛力は泣く泣くハンドルを握る手に力をこめる。コレがブラック企業って奴かな? 平太は少し同情した。


「それにしても真っ暗ですね。街灯は点かないんですか?」


「ああ。変電所を壊してきてるからな。あいつらが直そうとしない限りここらの街灯は点かないはずだぜ」


「ふーん」


 そう言って平太は何の気なしにサイドミラーを見る。暗い街に並ぶ複数の棒達の中、動く光が見えた。


「?」


 平太は目を凝らした。蛍光塗料のような緑色。コンサート会場等で使われるパキッと折る棒状のアレ......サイリウムだろうか?


 闇の中をフラフラ浮いているそれは横のまま上下している。


 そう思っていたら、3本の棒が形を作った。「下」という字に見えないこともない。

 平太は剛力に問いかけた。


「剛力さん後ろにあるアレって一体なんですか?」


「はぁ? 何を言って...」


 ゴン。車の後部ドアを叩く音がする。外には誰もいない筈だけど。



「アレ。なんだろ?」


「頭を伏せろォォォォ!!!」


 剛力が吠えた。同時にバキバキという音が後方から聞こえる。


 なんだろう? 平太は振り返った。後部のドアの形が変わっていた。


 一見、後部ドアの内側に大小様々な突起物が生えたかのように見える......。しかし、それは、よく見ると、人の腕や足や首だった。



 後部のドアは、破壊され、沢山の人々が中へ入ろうともがいていたのだった。それはゾンビ映画で見たような光景だった。一点違うのは......。


「夕凪平太だな。降りろ」


「降りろ」

「降りろ」

「降りろ」

「降りろ」

「降りろ」


 全員が無表情で呟く。一人に続き、他の奴らも同じように呟く。機械的に、心を含まずに呟く。平太は背筋がゾワッとした。


「剛力さんこいつら動いています!!」


「俺が知るか!! 奴らが変電所の設備を復旧してきたんだろ」



 目が死んだ人々は、車内へ入ろうと、お互いの肩がぶつけあう。人間で出来た肉の壁は、その度に蠢き、蠕動し、

 肉が潰れるようなひしゃげた音を出していた。



「いくぞ。オラァァァ」


 唐突に、剛力がハンドルを切る。片輪が浮き上がる感覚と共に、中にある道具が宙を舞う。同時に肉の壁は崩れていった。


 投げ出された人々は絶望の表情を浮かべる事無く、外へ投げ出される。


「嘘だろ」


 隙間が空いた瞬間に、壁と化していた人々が入ってきた。平太は咄嗟に座っていた担架を蹴り飛ばした。

 人々はボーリングのピンの如く、蹴り出された担架と一緒に外へ落ちていった。


「ざまみr」


 両輪が地面に着く衝撃で平太は舌を噛んだ。瞬間、後ろの様子がよく見えた。何十人、何百人という人間が車と同じ速度で走っていた。


「剛力さん!! こいつら車と同じ速度で走ってます!!」


「そんな訳あるか!! 時速50kmだz」


 ガン。ガン。車の側面を何度も叩く音がする。音の間隔は一定で、明らかに何かにぶつかっている音ではない。


「嘘だろ? 人間技じゃねえ」


「もう食べられないよう」


 剛力がアクセルを踏むのと同時に昴が寝言を言う。気持ち良さそうに眠っていたのだった。この人はよく眠れるものだなと平太は感心した。


 平太は視線を前に移すと、ライトに照らされて5〜10人ぐらいの横に並んだ人々が見えた。


「なんなんだよ。こんなの聞いてねえぞ!!」


 剛力はクラクションを鳴らす。人々は動く様子無く、立ち尽くしている。


「剛力さんどうするんですか!?」


「俺が知るかよ!! 道が狭くて避けられねぇんだ!! 最悪、轢くしかねぇ!!」


「ええええええ!?」


 平太の叫び声も虚しく、剛力はアクセルを踏む。急激に距離が縮まり、相手との間隔が10mくらいになった時だった。


 目の前の人々は横綱の土俵入りのように右足を挙げてから地面に落とした。アスファルト片が飛び散り、片足が埋まった。


「や、野郎どもいい度胸じゃねえか」


 剛力の声は震えていた。その間にも人々は、左足も同様に埋めた。


 激突まで5m。剛力が叫ぶ。


「昴が飛んでいかないように抑えとけ、お前自身もしっかり何かに捕まれ!!」


 激突まで3m。平太は言われた通り、昴を抑え、座席に組みついた。


 激突まで0m。平太は身を固めた。


 ドン。体を貫くような衝撃を感じた。平太は見ていた。目の前の人々は手では無く、全身で車を止めていた。


 平太は、恐ろしい程の狂気を感じていた。


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