6.人形劇
剛力を見送り、平太と昴はゆっくりと後を追う。
停電した館内は暗く、昴が持つライトだけが頼りだった。
時折、光が倒れた人々を照らす。
積み重なった人々に大きな外傷は無く、皆静かな寝息を立てている。
「昴さん。この人達は何者なんですか?」
平太は黙って前を歩く昴に質問した。
「・・・」
昴は何も言わずに歩み続けた。
何か怒らせただろうか?平太が考えを巡らせると一つの回答を思いついた。
「昴さま。この人達は何者なんですか?」
「この人達は一般市民よ。洗脳されているけどね」
どうやら様付けでないと反応しないらしい。
なんて嫌な性格だろうか。
平太は昴から見えないよう中指を立てた。
だけど、それ以上に気になったのは、その言葉だった。
「洗脳ってどういうことですか?」
「サブリミナル効果って知ってる?」
「サブリミナル効果? 確か、テレビとかで人間も気付かないくらいの一瞬に、ポップコーンを食べている画像を入れるとポップコーンを買いたくなる奴ですよね」
「正解よ。つまり。そういうことよ」
「というと?」
平太は首をかしげた。
「始めは、ゲームをやっていた人が見る画面に洗脳映像を放送したの。洗脳された人は公共電波をジャックしてまた洗脳映像を流したのよ。そうやって見た人は見てない人を捕まえて見させて増えていったのよ。今は私達が周辺の変電所を破壊してこの地域を停電させたから映像が止まって、みんな動かなくなってるけど......。それら再開したら、また酷い事になるわよ」
平太は何を言ってるのかわからなかった。
「そんなこと不可能ですよ。幾らテレビだからってそんな......」
「本当にそう言えるかしら? 昔からメディアの目的は大衆の洗脳よ。民衆は愚かだから自分の意見と他人の意見を区別が出来ない。だからこそ、本気でやれば民衆を洗脳。いや、傀儡に出来るわ」
春川はそう言って、微笑みながら振り返る。平太は立てていた中指を鼻に突っ込んで誤魔化す。
春川は見てはいけないものを見てしまったような顔をして前へ向き直った。
平太は恥ずかしいような嬉しいような不思議な感覚に快楽を感じてしまった事を恥じた。
「あなたの牢屋の中にテレビがあったけど、放送を見たの?」
「放送は見てません。漫才DVDは見ましたけど」
「そう。なら良いわ。もし見てたら、殺さなければいけなかったから」
「え!?」
「・・・」
「・・・」
「嘘よ」
なんなんだよ。平太は頭を掻いた。
「だけど、本当に良かったわ。賭けだったから」
「賭け?」
長い廊下が終わり、玄関の扉を抜けると、久しぶりの空が見える。夕刻だろうか。赤い光と冷たい風が入ってくる。
何だか臭い。平太は手で口と鼻を覆った。何かが焼けたような匂いだった。
「こんなところにまで迎えに来て、君が洗脳されていたら、私たちは絶望してしまうもの」
そう言って春川は外を指差した。街路灯が消えた道路と火を付けられた廃墟のような街並み。あまり見ない光景だが、それ以上に異常なのは。
人が立っていることだ。
いや、立っている事は異常じゃない。
異常なのは何千人という人間がこちらを向いていることだ。
まるで、鍛えられた兵士のように均等間隔に、一人一人が全く同じ姿勢で、足を崩すこと無く立っていた。
「何なんだこれ」
平太は恐怖に引きつった声を漏らす。
「何って洗脳された人々よ。まあ、日本人口の半数くらいだけどね」
「そんな.....」
「春川の姉御ー」
そうこうしている間に剛力が救急車に乗って人と人の合間を抜けて走ってきた。
「事実は小説より奇なりってね。それより行くわよ」
「行くってどこへですか?」
「世界を救いに......よ」
昴はそう言ってもう一度笑った。