3.とらわれの
「うー。さ、寒い」
全身に突き刺さるような寒さで平太は目を覚ました。ガチガチと奥歯が揺れる。ここはどこだろうか?
体を起こし、毛布は無いかとあたりを見回す。
そこは灰色のコンクリートに四方向を囲まれた部屋だった。
隅には汚いトイレと簡素なベッドが1つずつあり、一番異様な物が平太の目の前にあった。
それは格子だった。猛獣でも閉じ込めておくような太い物だった。
これは.......牢屋だろうか?
一瞬の駿巡の後に冷水を掛けられたような恐怖が這い上がる。あの刃物を持った男だ。
きっとあの男に捕まってしまったのだろう。
どうすれば良い? 平太は頭を掻きむしった。
「おう。お隣さん起きたかい? 」
隣から穏やかな声が聞こえてきた。
声質がガラガラとしており任侠映画で聞きそうな声だった。
あの時の男の声とは.......違う気がする。
平太は返事する余裕が無く、無視することにした。
シンとした空気が流れる。
そのままでいると空気を割るように、ドスの効いた声が響いた。
「おう、無視すんじゃねぇぞ!!」
お隣さんは激オコらしい。
平太はあまりの迫力にチビりそうになった。
「す、すみません」
「わかれば良い。わかれば」
ドスの効いた声から穏やかな声に戻る。どうやら悪い人では無さそうだ。そうだ!!
この人にここは何処か聞いてみよう。平太は恐る恐るお隣さんに尋ねた。
「変なことを聞くようですみません。ここはどこですか?」
「ここか? ここは留置場だよ。そんなことよりお前さん。人殺したらしいじゃないか?
若いのによくやるな」
いかにも、楽しそうに教えてくれた。
留置場ということは監禁されたわけではないのか?平太は安心しつつ、重要な部分を否定した。
「何にもしてないです!!無罪です」
明らかに冤罪で捕まったのだ。アンタと一緒にするな。と心の中で呟く。それを聞いた隣の人は大きく笑い飛ばした。
「か〜。わかるよその気持ち。みんな始めはそう言うんだ。けどな、真実は言うべきだぜ。刑が重くなるからな」
重苦しい金言をありがとうございます。
平太は喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
「随分、楽しそうじゃないの? 」
隣の人との会話に夢中で気付かなかったが、いつの間にか中年の男性警察官が格子の向こうにいた。
デップリとした体格の男だった。
眉間にはシワが寄っている。
平太は格子に駆け寄り、隙間に頭を突っ込んだ。
「すみません。僕無罪なんです。ここから出してください。確かに逃亡しようとしましたけど、あの時は犯人が近くにいて」
警察官は厳しい顔で平太を見つめた。
「嘘吐くな」
「本当です。だって」
平太が言い訳をしようとすると被せるように警察官が怒鳴った。
「いい加減にしろ!! クズ野郎!!証拠なら3つもあるぞ。一つ、凶器の刃物から君の指紋が出た。二つ、目撃証言がある。三つ、君はあの場から逃げた。犯人は君しかいないじゃないか」
この警察官は何を言っているんだ?
平太はナイフなんて触っていないはずだった。
平太は混乱し、頭を抱えた。
「逃げたのは、本当です。
だけど、ナイフには触っていない」
「ナイフには君の指紋しか無かった!! それに君は畦道でナイフを抱えたまま寝ていたじゃないか」
「僕は殺された人すら知らない!!」
「金欲しさに襲っておいて何を言っているんだ。
被害者の財布が君のポケットに入ってたぞ」
は、はめられた。あの時、何者かに気絶させられて全部の罪を着せられたのだ。平太は地団駄を踏んだ。
「せめて、家族に連絡を」
「接見禁止だ。残念だったな。大人しく京月博士の為に祈っていろ」
「京月博士?」
「お前みたいなクソガキに未来を奪われた哀れな被害者さ」
警察官はそう言って格子の向こう側から姿を消した。
なんということだ。平太の頭の中が真っ白になり、体から力が抜けるのを感じた。
「京月博士と言えば『over the world』の製作者じゃねぇか。ということは、お前年収数億円の相手に手を掛けたのか? 凄い奴だな」
隣の人が関心したように言う。
平太はもう考えるのも嫌になっていた。
平太はベッドを軋ませながら潜り込んだ。
頭から毛布を被り、溢れ出る涙を枕に染み込ませた。
しばらく泣いていると、眠たくなってきたので、そのまま眠ることにした。
沈み込むような眠りで、その日、夢を見なかった。