28.弱者
平太は棒切れを握りしめ、カオルに向かって走り出した。近付くほどに大きくなっていく目前の男に、平太は思わず歯軋りした。
デカイ。
下から見上げると、壁にしか見えない銀色の鎧は、鈍く光り、傷一つ付いていない。攻撃が効いていないのだろう。恐怖で少し足が震える。
だけど、、、と平太は考える。今は与えられた役割を全うすることでしか、剛力の想いに応えられない。いや、応えなければ、自分の存在意義は全く無い。
平太は棒を放り投げ、ポケットからフラッシュバンを取り出した。決まり手は無くとも時間稼ぎなら出来る。
平太はフラッシュバンをカオルに向けて投げようとした時だった。
「君は戦士か?」
カオルはそう言って平太に問うた。平太は口先を尖らせた。
「違う。だからなんだ?」
「分かっているのか? と聞いているのだ。お前は明らかに低レベルだ。何をするつもりかは知らんが、『アルカナプロジェクト』仕様PCで挑むと痛い目では済まないぞ」
平太は冷水を浴びせられた気分になった。全てを見抜かれている。平太は恐怖を隠しきれず、歯ぎしりした。
「去れ。戦士以外が居て良い場所ではない」
もう一度子供に諭すようにカオルは言った。平太はどうしようかと迷っていると声が聞こえた。
「......大地の怒りを味わえ。ロックランス!! 平太。距離をとりなさい。」
速水が間延びした声を出すと同時に地面が揺れ始める。
また地震か。平太が警戒して途端に揺れは収まった。平太が足元に落としていた視線をあげると、カオルはまだ足元を見ていた。
平太はそれを見て安心した。
平太が「お前も怖がっているじゃないか?」と、カオルを笑おうとした瞬間、平太の股下から『何か』が飛び出した。
それは岩の槍だった。コンクリートを破り、カオルの胸部を貫いたのだった。
「ひぅ」
平太は大事なところがカスリ、変な悲鳴をあげてしまった。
「......その程度、効かぬと言っているだろうが」
カオルは同情の念を浮かばせて、平太を見ていた。
石柱はカオルの胸部に届いていたが、当たった処から砂礫と化していた。やはり、鎧は鉄壁に近いようだ。
平太が助けを求めようと、周囲を見ると、後方が石壁に覆われていた。昴と速水は見えるが、剛力の姿は既に隠れている。
作戦は既に始まっている。後戻りは出来ない。さっきのことで恐怖は薄れた。平太は恐怖で動かない心を奮い起こした。
バックステップで距離を置くと、今度こそフラッシュバンを投擲する。
「馬鹿者め」
カオルがそう言ったように聞こえた。
放物線を描くソレは、カオルの兜に当たる。
平太は素早く反転し、耳を塞いで逃げようとしたその時だった。
顔に何かが掛かった。何だろうか? そう思い右手で顔に触れようとした。
しかし、手が顔に触れることは無かった。
視線を手首に落とすと、そこには......右手が無くなっていた。そして、眩い閃光と破裂音が弾けた。
「ああああああああああああ」
手と耳に遅れた痛みが走る。耳を塞げなかったからだ。
平衡感覚が失われ足が縺れる。同時に堪え難い痛みで、ゲロを吐いた。
しくじった。近付き過ぎたようだ。
フラッシュバンのせいで耳が全く聞こえない。
平太は地面に転がったまま周囲を見た。昴と速水が大きく口を開けて何かを叫んでいる。
速水はポケットを指差してから、何かを飲む仕草をしている。
平太はピンときて、アイテムボックスを漁ると、剛力用に使った回復薬の残りが入っていた。
震える左手で瓶状のそれを取り出すと蓋に手を掛けるが、蓋を開ける手が無いことに気付き手が止まった。
痛みで頭がどうかしそうだった。しかし、悠長な事は言ってられない。平太はチラリと背後を確認すると、カオルは足をふらつかせていた。
まだ時間はある。平太は回復薬の瓶口を前歯挟み、栓を口で引きちぎろうと引っ張るが、あまりの硬さに抜けそうにない。
平太は気付いた。手が震えてしまう。カオルに投げたフラッシュバンの効果がどのくらい続くかわかっていないが、すでに時間は無ないだろう。
いや、あったとしても確認出来ない逃げる暇が無くなる。殺される。殺されてしまう。平太は頭を抱えた。
剛力達の方へは.....。逃げられない。距離がありすぎる。
平太は周囲を見回す。埠頭の先には身を隠せるような場所は無い。ならば......。
平太は震える足に力を込め立ち上がると、海へと向かって走り出した。頭がグラつき吐きそうになる。
安全地帯は海しか無い。飛び込めば、この場からは逃げられる。
そう思ったのも束の間、何かが平太の視界を通り過ぎて行った。
何だ?平太は走りながら後ろを振り返る。そこには赤い髪を逆立てた男が平太に背を向けて立っていた。
男は煌めく光を一身に受け止めていた。それは剣が反射した光だった。何十、何百という数の剣戟は男に赤い線で染めていった。
ふらついていた筈のカオルは顔を真っ赤にして何かを振り回していた。
攻撃を受けていた男が平太の方を振り向く。男は剛力だった。ニヤリと笑う彼は剣戟が終わると同時に両膝から崩れていった。
「いやああああああ」
大きな破裂音が無音の空間に木霊した気がした。




